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2000年(平成12年)

平成11年神審第67号
    件名
旅客船ニューあかし岸壁衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年2月18日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

佐和明、西田克史、西林眞
    理事官
平野浩三

    受審人
A 職名:ニューあかし船長 海技免状:三級海技士(航海)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
右舷中央部防舷材下部外板に幅約3メートル長さ約12メートルの破口、主配電盤後面からの主電路が切断、機関室に海水が浸入、主機及び各機器が損傷、岸壁南西角付近のコンクリート及びゴム製フェンダーが損傷

    原因
気象・海象(風圧流)に対する配慮不十分

    主文
本件岸壁衝突は、突風を伴う強風下、風圧流に対する配慮が不十分で、曳船の支援を得ないまま離岸したことによって発生したものである。
船舶所有者が、運航についての安全管理が十分でなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年4月13日17時37分
大阪港堺泉北区助松ふ頭
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ニューあかし
総トン数 14,988トン
全長 185.50メートル
航行区域 限定沿海区域
機関の種類 ディーゼル機関
出力 23,830キロワット
3 事実の経過
(1) 指定海難関係人R株式会社
ア 会社概要
指定海難関係人R株式会社(以下「R社」という。)は、昭和41年4月に設立された資本金12億円の会社で、九州本部を福岡県北九州市門司区に、神戸支店を兵庫県神戸市に、泉大津支店を大阪府泉大津市にそれぞれ置き、主として一般自動車航送及び旅客定期航路事業等を行っていた。
イ 航路及び就航船舶
同社は、ニューあかし及びニューはりまなど、13,000トン(総トン数、以下同じ。)から15,000トンまでの大型カーフェリー6隻を保有し、うち2隻で関門港(新門司)と神戸港(六甲アイランド)間を毎日上下各1便、他の4隻で関門港(新門司)と大阪港(泉大津)間を毎日上下各2便それぞれ就航させていた。

ウ 船舶の安全管理
R社は、海上運送法により運航管理規程を定め、船舶運航及びそれに付随する陸上業務の安全管理等に関する責任体制及び業務実施の基準を明確にし、自社船舶の安全運航を図っていた。そのため、同社代表取締役社長により選任された運航管理者1人を九州本部に常駐させるほか、副運航管理者及び運航管理補助者などの運航管理要員を複数定め、九州本部、神戸支店及び泉大津支店にそれぞれ配置していた。
運航管理者は、取締役海務部長を兼ねており、運航管理規程に基づき、船員法に定められている船長の職務と権限以外の船舶運航に関する安全管理や運航管理要員及び乗組員に対する安全指導などを実施することとしていた。
(2) A受審人
同人は、昭和41年にR社に航海士として入社し、平成3年から船長職を執り、本件発生の約半年前からニューあかしに乗り組んでいた。

(3) ニューあかしの船体構造及び操縦性能
本船は、幅26.80メートル深さ14.75メートルの船首船橋型旅客船兼自動車渡船で、上甲板上にC甲板、B甲板、A甲板、航海船橋甲板及び羅針儀甲板の5層の甲板を有し、上甲板から羅針儀甲板までの高さが19.40メートルであった。
主機としては、11,915キロワットのディーゼル機関を2基装備し、それぞれが可変ピッチプロペラ外回りの推進器につながり、舵2枚を備えており、操縦性能は、海上公試運転成績書によると、全速力前進時(主機出力4/4)の最大縦距が右旋回時577メートル、左旋回時596メートルで、旋回圏が右717メートル、左669メートル、最短停止距離が1,004メートルであった。
また、本船には、船首及び船尾にそれぞれ1基のスラスタが装備されており、船首スラスタの推力は21.7トン、船尾スラスタの推力は18.5トンで、同船のバラスト状態(燃料及び清水各50パーセント積載)での入出港時における正横からの受風面積が3,297平方メートル、水線下側面積が959平方メートルあり、建造造船所の試算によると、この条件で正横から風速毎秒12.6メートル(以下、風速については「毎秒」を省略する。)の風による風圧が両スラスタ使用時の能力限界であった。

(4) 大阪港における専用岸壁及び待機岸壁
同港におけるR社の専用岸壁(以下「泉大津岸壁」という。)は、堺泉北区第5区の、泉北大津東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から135度(真方位、以下同じ。)1,500メートルばかりに設けられており、船首をほぼ242度に向けて左舷付け出船で係留されるようになっていた。
そして、泉大津岸壁の北側に幅350メートルの水路を挟んで助松ふ頭があり、同ふ頭西側には、南西方に向けて長さが約360メートル、幅が200ないし300メートルの突堤3本が設けられており、中央の突堤南東面を助松ふ頭第3号岸壁(以下「第3号岸壁」という。)、北西面を助松ふ頭第4号岸壁(以下「第4号岸壁」という。)とそれぞれ称し、第3号及び第4号岸壁西端間の、長さ200メートルの岸壁(以下「待機岸壁」という。)には同社カーフェリーが接岸待機できるよう防衝構2基が設置されていた。また、北側突堤の南東面は、助松ふ頭第5号岸壁(以下「第5号岸壁」という。)と称し、同岸壁と第4号岸壁との距離は約190メートルであった。

(5) 曳船使用状況及びスラスタ能力限界についての船長への周知
R社は、運航管理規程の運航基準において、「(副)運航管理者は、出入港時に岸壁付近の風速が17メートル(10分間平均)に達しているとき及び達するおそれがあると認めるときは、船長と協議のうえ、あらかじめ曳船を手配するものとする。」旨の曳船使用基準を定めていたが、同社が設立された当初は6,000トン級のカーフェリーを関門港(小倉)と神戸港(魚崎)間のみに就航させており、これらカーフェリーには船首スラスタが装備されていたものの船尾スラスタが装備されておらず、また、接岸岸壁の事情もあって、両港にそれぞれ専用の曳船を配備していたことから、曳船使用基準にかかわらず、船長が必要としたときに適宜曳船を使用することが可能であった。
しかし、R社は、昭和50年代後半から受風面積の大きい10,000トン以上の大型カーフェリーを次々と就航させ、平成3年には、同社就航船全てに船首及び船尾スラスタを装備したことから、曳船常駐制度を廃止した。その結果、泉大津岸壁又は待機岸壁において各船船長が曳船を必要と判断したときは、曳船の手配等でその約1時間半前に泉大津支店に連絡しなければならないようになった。

ところが、R社は、このような状況の変化に対応して曳船使用基準の改定を検討せず、また、スラスタの能力限界などを調査して各船船長に周知するなど安全管理を十分に行っていなかった。
(6) 気象状況
平成11年4月13日09時00分の気象庁発表地上解析図によれば、朝鮮半島東方の日本海に984ヘクトパスカルの低気圧があって発達しながら北東に進み、これに続いて1,022ヘクトパスカルの高気圧が大陸から接近しており、大阪管区気象台は、同日05時00分に強風波浪注意報を発表するとともに、海上では翌14日にかけて、突風を伴う13メートルから18メートルの西寄りの風が吹くので船舶は注意するようにと呼びかけていた。
(7) 岸壁衝突に至る経緯
ニューあかしは、平成11年4月13日09時00分泉大津岸壁に着岸し、関門港からの乗客及び積載車両を降ろしたのち、当日第1便として16時30分に出航するニューはりまに同岸壁を開けるため待機岸壁にシフトし、09時50分東防波堤灯台から138度500メートルばかりにある同岸壁に船首を320度に向けて右舷付け出船の状態で係留した。

A受審人は、入手していた各種気象資料で、当日は突風を伴う西風が強まるものと判断し、待機岸壁に接岸するに当たり、離岸時に使用するため左舷錨を投じて錨鎖3節をほぼ直角方向に延出し、船橋において風速計などで気象の変化に留意していたところ、13時半ごろ南西の風が西に変わり、15時ごろから20メートルばかりの突風を交える15メートル前後の西風が左舷船首55度方向から吹き付けるようになった。
A受審人は、曳船の手配を依頼するかどうか判断に迷ったが、西風が10メートル以上吹いた状態で待機岸壁から泉大津岸壁にシフトするときは、待機岸壁沖合の狭い水域で船体を回頭させず、いったん防波堤外に出て回頭したのち泉大津岸壁に向かうことにしており、以前にも14ないし15メートル程度の西風のときに、延出していた左舷錨鎖を利用しただけで、曳船を使用しないまま離岸し、泉大津岸壁に着岸させた経験があったので、正午ごろ998ヘクトパスカルにまで下がった気圧が16時にようやく999ヘクトパスカルに上昇しただけで、今後さらに突風を伴う西風が強まるおそれがあったが、当時風が一時的に弱まっていたことや、自らの経験上4月に吹く西風は長続きしないので大丈夫と思い、突風による風圧流に配慮して曳船の支援を得て離岸しようとせず、

16時00分ごろ泉大津支店に、防波堤外にいったん出るので予定より離岸を15分ほど早めるとのみ連絡した。
一方、泉大津支店の海務監督で運航管理補助者のBは、西風が強いことから、15時00分ごろ泉大津岸壁に左舷付け出船で係留されていたニューはりまに赴き、同船の風速計で、20メートルばかりの突風を交えた15メートル前後の西風が吹いており、船長に曳船の要否を確かめたところ、ほぼ船首方向からの風を受ける態勢であり、曳船を使用しないで離岸できるとの回答を得たので、ニューあかしも大丈夫であろうと思い、待機岸壁において横からの風を受けて離岸しなければならないニューあかしに曳船の要否を確認しないまま、16時20分ごろ泉大津岸壁近くにある同支店に戻り、ニューはりまは、16時30分曳船を使用しないで出航した。
こうして、ニューあかしは、A受審人ほか33人が乗り組み、空倉のまま、船首4.80メートル船尾6.16メートルの喫水をもって、船橋及び船首尾に乗組員を配置したうえ、時折突風を交えた15メートル前後の西風が吹くなか、曳船の支援を得ないまま、17時26分係留索を全て放して泉大津岸壁へのシフトを開始した。

A受審人は、左舷錨鎖を徐々に巻き揚げさせ、これを適当に緊張させながら船首を岸壁から少し離し、17時28分右舵一杯、船尾スラスタを左一杯にかけて船尾を岸壁から離し、続いて同時28分半これを助けるため右舷機微速力後進、左舷機微速力前進をかけたが、間もなく左舷錨鎖が残り1節弱まで巻き揚がったところで、約20メートルの西寄りの突風が吹き付け、船首が右方に落とされ始めた。
そこで、A受審人は、17時31分半主機を停止して船首スラスタを左一杯としたところ、間もなく突風が収まって船首が待機岸壁から約50メートル船尾が約25メートル離れて船首がほぼ306度を向いた状態となり、そのころ錨が海底から離れた。
A受審人は、この状態で前進すれば大丈夫と思い、17時34分両舷機を約9ノットの微速力前進にかけて前進を開始したが、再び20メートルを超す突風によって右方に圧流され始め、船尾が第4号岸壁西端から5メートルばかりに接近したので、同時34半両舷機を約14ノットの半速力前進にかけたところ、行き脚がつくとともにスラスタの効力が減殺され、約22度右方に圧流されながら前進し、同時36分第5号岸壁西端付近に船体が衝突する危険を感じ、両舷機停止、左舷機微速力後進にかけたが及ばず、ニューあかしは、17時37分東防波堤灯台から136度310メートルの第5号岸壁南西角に、船首を285度に向けた状態で右舷側中央部付近が約4ノットの速力で衝突した。

当時、天候は曇で約20メートルの突風を伴う風力7の西風が吹き、潮候は高潮時であった。
(8) 損傷模様及び衝突後の措置
衝突の結果、右舷中央部防舷材下部外板に幅約3メートル長さ約12メートルの破口を生じ、機関室右舷側の機関監視室外板に接していた主配電盤後面からの主電路が切断して電源を喪失し、機関が停止したうえ、岸壁の返し波で破口から機関室に大量の海水が浸入し、主機及び各機器が損傷を生じて航行不能となった。
その後ニューあかしは、曳船で第4号岸壁に引きつけられて応急処置を受け、造船所に回航されたのち修理され、また、第5号岸壁南西角付近のコンクリート及びゴム製フェンダーなどにも損傷を生じたが、のち修理された。
(9) R社の対応
R社においては、本件発生後、代表取締役社長を委員長とする事故調査委員会を設置するとともに、建造造船所にスラスタの能力限界を試算させ、船長・機関長安全会議においてこれを検討のうえ、運航管理規程の運航基準中の曳船使用基準を、各港の専用岸壁及び待機岸壁ともに風速12メートル以上と改め、船長、機関長、航海士及び陸上の運航管理要員を含めて気象・海象に関する講習会などを開催した。


(原因)
本件岸壁衝突は、突風を伴う強風下、大阪港堺泉北区助松ふ頭の待機岸壁を離岸する際、風圧流に対する配慮が不十分で、曳船の支援を得ないまま離岸し、強い突風によって第5号岸壁南西角に向けて圧流されたことによって発生したものである。
船舶所有者が、曳船使用基準を見直すなど運航についての安全管理が不十分であったことは、本件発生の原因となる。


(受審人等の所為)
A受審人は、大阪港堺泉北区の待機岸壁において、岸壁に向けて吹き付ける横風を受けて離岸する場合、強い突風が予測されていたのであるから、風圧流に配慮して曳船の支援を得て離岸すべき注意義務があった。しかるに、同人は、風が一時的に弱まっており、離岸時の横風に備えて投錨延出しておいた錨鎖を利用すれば、曳船の支援を得なくとも大丈夫と思い、突風による風圧流に配慮せず、曳船の支援を得ないまま離岸した職務上の過失により、横からの強い突風を受けて圧流され、風下側の岸壁との衝突を招き、右舷中央部防舷材下部外板に大破口を生じ、機関室に大量の海水が浸入して主機関ほか各機器に損傷を生じさせ、また、第5号岸壁南西角付近を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

R社が、自社運航船が大型化して受風面積が拡大し、強風時の操船に多大の影響を及ぼすおそれがある際、自社で定めていた曳船使用基準の見直しを行わず、スラスタの能力限界を調査して船長に周知するなどの安全管理が不十分であったことは、本件発生の原因となる。
R社に対しては、本件発生後、代表取締役社長を委員長とする事故調査委員会を設置して事故原因を調査するとともに、船長・機関長安全会議を開き、運航管理規程の運航基準中の曳船使用基準を、各港の専用岸壁及び待機岸壁ともに風速12メートル以上に改め、さらに船長、機関長、航海士及び陸上の運航管理要員を含めて気象・海象に関する講習会を開くなど、同種海難の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。


よって主文のとおり裁決する。






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