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2000年(平成12年)

平成11年広審第4号
    件名
プレジャーボート足立丸防波堤衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年9月6日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

釜谷奬一、中谷啓二、横須賀勇一
    理事官
安部雅生

    受審人
A 職名:足立丸船長 海技免状:四級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
船首部が圧壊、同乗者の1人が頭部に切傷

    原因
船位確認不十分

    主文
本件防波堤衝突は、船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年10月23日22時15分
山口県徳山下松港
2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボート足立丸
総トン数 1.51トン
登録長 7.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 33キロワット
3 事実の経過
足立丸は、船体中央部よりやや後方に操舵室を有するレーダーを装備しないFRP製のプレジャーボートで、山口県徳山下松港の夜市川河口から約400メートル上流の左岸を係留地とし、ここを基地として同港周辺海域での魚釣りを行うもので、A受審人が1人で乗り組み、友人3人を乗せ、いか一本釣りの目的で、船首0.3メートル船尾0.4メートルの喫水をもって、平成10年10月23日17時50分同基地を発し、その西方約5海里の山口県八崎岬南方海域の釣り場に向かった。
ところで、夜市川の南側海域は、同川河口を中心として南方に向け八の字状に開いていて、その右岸河口からは、幅約3メートル高さ約2.7メートルの防波堤が南方に向けて直線状に約370メートルにわたって延びており、その南端部で西方に向けほぼ直角に屈曲し、その西端までの距離は約80メートルとなって東室尾防波堤(以下「東防波堤」という。)を形成し、同防波堤西端から西方約50メートル沖合には、ここから南東方に向け50メートルにわたって西室尾防波堤(以下「西防波堤」という。)がそれぞれ構築されていた。

これら両防波堤上には、平成9年ごろから灯火が設置されていたものの、いずれも簡易標識で、西防波堤の両端部には、防波堤上面からの高さ約1.4メートルのポール先端に6ボルト3ワットの黄色点滅灯が、東防波堤南端の屈曲部には同高さ約5.5メートルのポール先端に200ボルト300ワットの水銀灯がそれぞれ設置されており、これらのうち西防波堤のものについては、平成9年水路通報により告示されていたが、東防波堤のものは目視によって初めて知り得る状況となっていた。
A受審人は、平成6年ごろ同人の父が足立丸を購入したあたりから、同船を年に約2回使用するようになり、夜間における航行経験も数回程度はあったが、その目的地の釣り場は、専ら夜市川南方約2海里の同県黒髪島とその西方の大津島付近の海域で、夜市川西方の海域で釣りを行い、夜間航行をして帰途に就くのは今回が初めてのことであった。

A受審人は、夜間、平素、黒髪島から帰途に就くときは、東防波堤の東側近くの海域を夜市川河口に向け直進して同防波堤にほぼ並航して北上する進路をとっており、このときは夜市川河口の左岸にある自動車学校の教習場西端の明るい灯火がとぎれたあたりを船首右舷方に見て、これを目安に北上していたことから、これら各防波堤のポール状構造物先端の灯火についてはその存在を知っていたものの、灯質については格別気に止めていなかった。
こうしてA受審人は、18時10分ごろ前示釣り場に着いて釣りを行った後、22時ごろ成規の灯火を表示して帰途に就くこととし、同時13分徳山下松港東ソーセメント1号桟橋灯台から277度(真方位、以下同じ。)1.4海里のところに設置された新南陽灯浮標から248度1,450メートルの地点に達したとき、針路を東防波堤南端の200メートル南方沖合に向首する060度に定めて手動操舵とし、正船首方一帯に前示自動車学校の教習場の明るい水銀灯を見る状態となって機関を全速力前進にかけて17.0ノットの対地速力(以下、速力という。)で進行した。

22時14分A受審人は、前示灯浮標から251度960メートルの地点に達したとき、東防波堤南端のポール上の水銀灯を左舷船首24度410メートルに視認し得る状況となったが、背後の明るい灯火に紛れてこれを識別することができず、減速しないまま続航していたところ、左舷船首45度ばかりに黄色点滅灯の灯光を視認し、これが西防波堤の簡易灯標のものであったが、一瞥しただけで、これが東防波堤南端のポール上の明かりで、自船はそろそろ夜市川河口に向けて左転しても、無難に同防波堤を替わる位置にいるものと思い、双眼鏡を使用するなどして周囲の状況を把握し、船位の確認を十分に行うことなく、機関の回転数をわずかに減じて15.0ノットとし、その後左転を開始することとした。
22時14分半A受審人は、新南陽灯浮標から256度730メートルの地点に達したとき、左転を開始し、007度の針路としたところ東防波堤の南端を正船首200メートルに見る状況となったものの、このことに気付かずに続航中、22時15分少し前、船首至近に東防波堤の壁面を認めたがどう対処することもできず、22時15分足立丸は、新南陽灯浮標から273度660メートルの地点において、原針路、原速力のまま東防波堤南端部付近にほぼ直角に衝突した。

当時、天候は曇で風はほとんどなく、月齢は19.3で潮候は上げ潮の末期であった。
衝突の結果、足立丸は船首部が圧壊し、のち修理され、同乗者の1人が頭部に切傷を負った。


(原因)
本件防波堤衝突は、夜間、徳山下松港西方の八崎岬南方海域で釣りを終え、同港夜市川の係留地に向け帰航中、港奥の夜市川河口に向け左転して北上しようとした際、船位の確認が不十分で、東室尾防波堤に向首進行したことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、夜間、徳山下松港西方の八崎岬南方海域で釣りを終え、同港夜市川の係留地に向け帰航中、港奥の夜市川河口に向け左転して北上しようとした場合、転針方向に東防波堤が存在していたのであるから、同防波堤に向首進行することのないよう、双眼鏡を使用するなどして周囲の状況を把握し、船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、西防波堤の灯火を一瞥してそろそろ夜市川の河口に向けて転針しても無難に東防波堤は替わる位置にいるものと思い、船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、防波堤との衝突を招き、足立丸の船首部を圧壊させ、同乗者1人の頭部に切傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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