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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年5月3日07時57分 千葉県勝山漁港沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船作栄丸 プレジャーボート(船名なし) 総トン数 6.6トン 全長 3.6メートル 登録長 11.97メートル 機関の種類
ディーゼル機関 無動力 漁船法馬力数
120 3 事実の経過 作栄丸は、一本釣り漁業などに従事するFRP製漁船で、A受審人ほか同人の長男及び次男が乗り組み、きんめだい漁の目的で、船首0.2メートル船尾1.6メートルの喫水をもって、平成11年5月1日10時00分千葉県勝山漁港を発し、東京都神津島南方約7海里の漁場に向かい、同日16時ごろ同漁場に到着して操業を始め、きんめだい約550キログラムを漁獲して操業を終え、同月3日03時00分同漁場を発進し、勝山漁港に向け帰途に就いた。 ところで、勝山漁港は、東京湾に面した房総半島西岸に位置し、同漁港の西方約1,000メートルのところに浮島及び小島があり、小島と同漁港南方の海岸との間には、東京湾口からの南寄りの波浪の影響を少なくするため、小島の東端から117度(真方位、以下同じ。)方向に長さ60メートルの西消波堤があり、幅員が120メートルの水路を隔てて、勝山浮島灯台から123度400メートルの地点から、同方向に長さ120メートルの中消波堤があって、更に幅員が60メートルの水路(以下「中水路」という。)を隔てて、同方向に長さ90メートルの東消波堤が、いずれも消波ブロックを積み上げて築造されており、A受審人は、漁場との往復時に両水路を頻繁に通航していた。また、浮島、小島及び各消波堤によって囲まれた勝山漁港沖合海域では、同漁港と外海の漁場や浮島付近に設置された養殖施設及び定置網との間を往来する漁船に加え、小型漁船が操業するほか、釣りのシーズンには遊漁船やプレジャーボートなどによる釣りも盛んに行われていた。そのため、地元漁業関係者は、遊漁船や貸ボートなどの関係業者に対して、漁船の主要な通航路となっている同漁港の出入口付近及び浮島北方の定置網と傾城島との間の水路付近では、遊漁船や貸ボートなどによる釣りを自粛するなど、漁船の通航の妨げとならないよう協力を求めたり、掲示板に注意事項を記載するなどして周知していた。 A受審人は、船橋当直を自らと2人の息子による単独当直とし、当直時間を定めずに疲れたら交替することにして、漁場発進後は次男を船橋当直に就け、勝山漁港魚市場での1回目の競りに間に合うよう、08時までに同魚市場岸壁に着岸するため、機関回転数毎分1,800の16.0ノットの速力で、房総半島洲埼西方約1.5海里に向けて北上し、05時45分ごろ伊豆大島竜王埼南南東方約6海里の地点において、次男を休ませて長男を船橋当直に就け、次いで07時00分ごろ洲埼灯台から220度7.0海里の地点において、長男と交替して自らが同当直に就き、このころ、東京湾口に達して小型漁船が多くなったので、長男をそのまま在橋させてレーダー見張りに就け、07時22分ごろ洲埼西方約1.5海里の地点を通過したところで、富浦沖灯浮標を船首目標にして進行した。 07時46分半A受審人は、勝山浮島灯台から199度2.8海里の地点において、富浦沖灯浮標の西方約20メートルを通過したところで、針路を中水路の中央部に向く025度に定め、操舵室内で高さ約40センチメートルの台上に立ち、舵及び主機の遠隔管制器を手に持って同室天井の開口部から頭部を出し、手動操舵によって操船に当たり、そのころ、自船の右舷前方に同水路に向かって先航する僚船(以下「先航船」という。)がいたので、その動静に注意しながら続航した。 07時56分A受審人は、勝山浮島灯台から151度680メートルの地点において、中水路まで340メートルとなったとき、ほぼ正船首470メートルのところに漂泊中のプレジャーボート(船名なし)(以下「1号ボート」という。)を視認し得る状況であったが、先航船との船間距離がかなり縮まって中水路を十分に見通すことができず、先航船の動静に気をとられ、同船の後方を左右に移動するなどして、前路の見張りを十分に行わなかったので、1号ボートの存在に気付かなかった。 07時56分半わずか前A受審人は、勝山浮島灯台から136度590メートルの地点に達して、中水路まで150メートルとなり、1号ボートまで270メートルに接近したとき、先航船との船間距離が更に縮まって同水路が見通せないことに不安を感じ、船間距離を開けて前路の見張りを行うため、機関回転数毎分1,500の13.0ノットの速力に減じたものの、同水路付近を一見しただけで、依然として1号ボートの存在に気付かず、同水路付近に漁船を認めなかったので、前路に他船はいないものと思い、減速したのちもなお左右に約4度の範囲にわたって船首方約200メートルまで船首死角が生じた状態で、船首死角が解消できる速力まで減じることもなく、その後は幅員が狭い同水路の中央部を通過するため、両側の消波堤を確認しながら先航船の操舵室を船首目標にして進行し、このころ、長男が着岸準備のため操舵室を離れた。 こうして、A受審人は、07時57分少し前、勝山浮島灯台から121度550メートルの地点において、中水路の中央部を通過したとき、100メートル前方の先航船が1号ボートを左舷側に約10メートル隔てて通過し、自船が同ボートに向首進行していたが、船首死角が解消できる速力まで減じなかったので、既に同ボートが船首死角に入っていて、このことに気付かず、同ボートを避けずに続航中、07時57分勝山浮島灯台から112度550メートルの地点において、作栄丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、1号ボートの船尾部に後方から約25度の角度で衝突した。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期にあたり、流速約1ノットの下げ潮流があり、視界は良好であった。 A受審人は、推進器翼に衝撃を感じて事故の発生を知り、事後の措置に当たった。 また、1号ボートは、千葉県安房郡鋸南町所在の民宿まつのや(以下「まつのや」という。)が所有する全長3.60メートル、幅1.15メートル及び深さ0.38メートルのFRP製2人乗り手漕ぎボートで、同ボートを賃借してB指定海難関係人が1人で乗り組み、知人のD(以下「D同乗者」という。)を乗せ、両人とも救命胴衣を着用し、釣りの目的で、船首尾とも約0.2メートルの等喫水をもって、同月3日07時20分勝山浮島灯台から060度1,300メートルの地点に当たる、まつのや前の勝山海水浴場を発し、中消波堤北側の釣り場に向かった。 ところで、C指定海難関係人は、前年の夏にもB指定海難関係人とともにまつのやに宿泊し、貸ボートで中消波堤付近において釣りを行っており、釣果が良かったこともあって、再びC指定海難関係人がB指定海難関係人を誘い、D同乗者ほか1人とともに、連休期間中の5月2、3日の両日貸ボートで釣りを行うことにした。そして、C指定海難関係人は、2日06時ごろボートで釣りに出掛けるに当たり、B指定海難関係人に対して、中消波堤付近は潮流が速いので錨泊して釣ること、ボート内では立ち上がらないこと、及び救命胴衣を必ず着用することなどについて注意を与えたうえで、知人1人とまつのやの貸ボートに乗り、B指定海難関係人及びD同乗者が別の貸ボートに乗って、両指定海難関係人がそれぞれオールを漕いで釣り場に向かい、C指定海難関係人が魚探で探した中消波堤北側の釣りのポイントで錨泊して釣り始め、時折ポイントを移動して15時ごろまで同釣り場で釣りを行い、同日は4人ともまつのやに宿泊し、翌朝06時から再び4人で同釣り場に出掛けることにした。 翌3日、C指定海難関係人は、B指定海難関係人が目を覚まさなかったので、先に出掛けることにし、まつのやの貸ボート(以下「2号ボート」という。)を賃借して1人で乗り組み、知人1人を乗せ、両人とも救命胴衣を着用し、釣りの目的で、06時00分勝山海水浴場を発し、中消波堤北側の釣り場に向かい、同時15分勝山浮島灯台から105度420メートル付近に到着し、簡易魚群探知機(以下「魚探」という。)を使用して、試し釣りを行いながら釣りのポイントを探し始めた。 一方、2号ボートに遅れて出発したB指定海難関係人は、1号ボートの中央座席で船尾方を向いてオールを漕ぎ、D同乗者を船尾座席に着かせ、傾城島東側水路を経由して、07時47分勝山浮島灯台から081度570メートルの地点に当たる、沖防波堤西方約170メートルのところで2号ボートと会合し、C指定海難関係人と挨拶を交わし終えると、早速、漂泊して釣りを行うことにし、オールをボート内に取り込み、D同乗者の釣りの準備を手助けし、同人が左舷側から釣り竿を出して釣りを始めた後、自らの釣り具の準備に取りかかり、前日の釣りで仕掛けを失ったので、仕掛け作りを行っているうち、折からの約192度方向に流れる流速約1ノットの下げ潮流によって、1号ボートが中水路付近に向けて流され、ポイントを探しながら中消波堤北側に移動する2号ボートから徐々に離れた。 07時52分C指定海難関係人は、自船の東方に当たる、勝山浮島灯台から096度540メートルの地点で漂泊中の1号ボートが釣りを始め、徐々に中水路付近に流されて行くのを見て、B指定海難関係人に対し、「そちらは釣れないよ。」と声をかけて注意を促したが、同人が気にも留めずにそのまま漂泊を続けたので、中消波堤北側の中水路から外れた安全なポイントで錨泊して釣ることができるように、中消波堤に向かってオールを漕ぎながら、魚探を使用してポイント探しを続けた。 07時56分B指定海難関係人は、勝山浮島灯台から109度540メートルの地点において、船首を北北東方に向けて漂泊していたとき、自身の正面に当たる、ほぼ正船尾470メートルのところに中水路に向けて進行中の作栄丸とその少し前方に先航船をそれぞれ視認し得る状況で、その後両船とも自船に向首進行していたが、下を向いた姿勢のまま仕掛け作りを行って、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、中水路付近から離れて他船が航行しない安全な海域に移動するなど、衝突を避けるための措置をとらずに漂泊を続けるうち、更に下げ潮流によって中水路の方向に流された。 07時56分半B指定海難関係人は、前示衝突地点付近に至り、正船尾100メートルのところに中水路を通過中の先航船が、更にその後方100メートルのところに作栄丸が、それぞれ自船に向首進行していることに気付かず、同時57分少し前、先航船が自船の右舷側約10メートルのところを通過し、その航走波によって1号ボートの船体が左右に動揺したため、B指定海難関係人及びD同乗者が両手で舷側を掴んで体を支え、難は逃れたものの、続いて2隻目の作栄丸が通過するとは思い及ばず、仕掛け作りを急ぐあまり、周囲の状況を確認することもせずに、動揺が治まって再び下を向いて仕掛け作りを行いながら漂泊を続け、同時57分わずか前、ふと顔を上げたとき、船尾至近に迫った作栄丸を認め、大声を上げ、衝突を避けようとして急いで左手でオールを1回漕いだが、効なく、船首が少し左に回頭してほぼ北方を向いたとき、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、作栄丸は、損傷がなく、1号ボートは、船尾部に亀裂を伴う損傷を生じ、B指定海難関係人及びD同乗者が衝突により海中に投げ出され、B指定海難関係人は、2号ボートに救助されたものの、D同乗者(昭和47年4月9日生)は、海面に浮いていたところを作栄丸に収容されたが、脳挫傷により死亡した。
(原因) 本件衝突は、千葉県勝山漁港沖合において、漁場から同漁港に向けて帰航中の作栄丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中のプレジャーボート(船名なし)を避けなかったことによって発生したが、プレジャーボート(船名なし)が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為) A受審人は、千葉県勝山漁港沖合において、漁場から同漁港に向け帰航中、同漁港沖合の消波堤間の水路を航行する場合、先航船がいて前路の状況が十分に見通せない状況であったから、前路の他船を見落とさないよう、先航船の後方を左右に移動するなり、船首死角が解消できる速力に減じるなどして、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、一見して消波堤間の水路付近に漁船を認めなかったことから、同水路付近に他船はいないものと思い、先航船の後方を左右に移動することも、船首死角が解消できる速力に減じることもせず、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中のプレジャーボート(船名なし)に気付かず、そのまま進行して衝突を招き、同ボートの船尾部に亀裂を伴う損傷を生じさせ、同ボートの同乗者を死亡させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。 B指定海難関係人が、千葉県勝山漁港沖合の消波堤間の水路付近において、ボートで釣りを行うに当たり、周囲の見張りを十分に行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。 以上のB指定海難関係人の所為に対しては、海難審判法第4条第3項の規定による勧告はしないが、ボートで釣りを行うに当たっては、できる限り消波堤間の水路付近などの他船が航行する海域を避けるとともに、周囲の見張りを十分に行い、接近する他船があれば、早期に衝突を避けるための措置をとって事故防止に努めなければならない。 C指定海難関係人が、千葉県勝山漁港沖合の消波堤間の水路付近において、B指定海難関係人らが乗ったボートと2隻で釣りを行うに当たり、B指定海難関係人が漁船などが航行する水路付近で漂泊して釣りを始めたのを認めた際、同人に対して、同水路付近を避けて安全なところで錨泊して釣りを行うよう、強く指示しなかったことは遺憾であるが、同人に対して、予めボートで釣りを行う際の注意事項を伝えていたこと、前日に釣りを行った際にも、消波堤北側の他船が航行しないポイントを指示し、同ポイントで錨泊させていたこと、また、事故前にも同人に声をかけて注意を促していたことに徴し、本件発生の原因とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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