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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年10月25日14時50分 熊本県河内港沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第3公明丸 漁船(船名なし) 総トン数 3.37トン 0.6トン 登録長 9.70メートル 2.79メートル 機関の種類
電気点火機関 電気点火機関 出力 66キロワット 漁船法馬力数
30 3 事実の経過 第3公明丸(以下「公明丸」という。)は、のり養殖漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか1人が乗り組み、のり網の洗浄を行う目的で、船首0.20メートル船尾0.30メートルの喫水をもって、平成10年10月25日14時47分熊本県河内港を発し、同港沖合の同人に割り当てられたのり養殖区画に向かった。 ところで、河内港沖合一帯には、陸岸に沿って距岸約1,500メートルまでのり養殖施設が設置され、同港防波堤入り口から南西方に延びて外海に通じる幅約150メートルの主水路がのり網によって形成され、主水路の両側の養殖施設には枝分かれした幅約100メートルの水路が縦横に設けられていた。 A受審人は、右舷後部の操縦台に腰掛けて操舵と見張りに当たり、14時49分河内灯台から310度(真方位、以下同じ。)220メートルの防波堤の入り口において、針路を主水路に沿う227度に定め、機関を全速力前進にかけ17.0ノットの対地速力とし、船首が浮上して船首方各舷約10度の死角を生じた状態で、手動操舵により進行した。 定針時A受審人は、左舷船首3度520メートルのところに自船の前路を右方に極低速力で進行する漁船(船名なし)を認めることができたが、操縦台から立ち上がるなどして前方の死角を補う見張りを行わなかったので、これに気付かないまま続航した。 14時49分半少し前A受審人は、同針路、同速力で船首をわずかに左右に振りながら進行していたとき、漁船(船名なし)が左舷船首2度350メートルに移動してその方位がわずかに変化していたが、船首が振れて同船に向くことがあったことから衝突の危険が認められ、同船が極低速力で、かつその形状から見て同船が操縦容易でない船舶と認めることができ、自らが衝突を避けるための措置をとらなければならない状況であったが、依然として死角を補う見張りを行わず、減速するなど衝突を避けるための措置をとらないまま続航した。 14時50分わずか前A受審人は、河内灯台から251度560メートルの地点において、右舷前方の枝分かれした水路に向かう予定転針地点に達したとき、漁船(船名なし)が右方に移動して右舷船首5度34メートルとなったが、依然として衝突の危険が切迫した状況の中、同船の存在に気付かないまま同水路に向けてわずかに右転したところ、14時50分公明丸は、河内灯台から250度600メートルの地点において、原速力で船首が252度に向いたとき、その船首が漁船(船名なし)の右舷船尾部に直角に衝突した。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、視界は良好であった。 また、漁船(船名なし)は、河内港沖合ののり養殖場においてのり網の整備作業に従事する舵柄付き船外機を有するFRP製の長さ3.66メートル幅3.06メートル深さ0.71メートルの箱形船で、B受審人ほか1人が乗り組み、船首尾とも0.35メートルの喫水をもって、のり網の活性処理作業を行う目的で、同日12時40分河内港を発し、5.0ノットの全速力で同人に割り当てられたのり養殖区画に向かった。 13時00分B受審人は、主水路の南東側に位置する養殖区画に至り、船首部甲板上にのり網に使用する活性処理液の容器に200リットルの海水を積み込んで作業を行い、14時38分船首0.50メートル船尾0.35メートルの喫水として同区画を発進し、枝分かれした水路を航行して北西側の養殖区画に向かった。 B受審人は、船尾左舷側に腰掛け右手で舵柄をもって操縦に当たり、14時48分河内灯台から237度620メートルの地点において主水路に入ったとき、針路を342度に定め、船首トリムのため速力を上げると船首から海水をすくい上げるため、2.0ノットの対地速力として進行した。 14時49分B受審人は、ほぼ主水路の中央部を過ぎた河内灯台から244度600メートルの地点において、右舷船首62度520メートルのところに防波堤の入り口から出てくる公明丸を認め、その後動静監視を続けながら同速力で続航し、同時49分半少し前右舷船首63度350メートルのところから同船が接近し、その船首がわずかに振れて自船に向くこともあったことから衝突の危険を感じ、自船の操縦性能からして、後退することも急旋回することもできない状況で、機関を中立として公明丸の衝突を避けるための措置に期待して惰力で進行した。 14時50分わずか前B受審人は、右舷船首75度34メートルに迫った公明丸の船首が自船の船尾に向いていたので、依然として衝突の危険を感じ、同船の船首方向からできるだけ遠ざかるため、前方ののり網が間近であったことから、そこまで行けば公明丸が近付いてこないと思い、機関を前進にかけて発進したところ、その直後同船が右転してきたが、どうすることもできず、342度の針路、2.5ノットの速力で進行中、のり網まで約10メートルのところで、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、公明丸はほとんど損傷を生じなかったが、漁船(船名なし)は、右舷船尾ブルワーク及び船外機にそれぞれ損傷を生じたほか、B受審人は右膝開放骨折、膝蓋靱帯断裂、右撓骨開放骨折、右手指伸筋腱断裂などの入院加療を要する重傷を負った。
(航法の適用) 衝突地点が、幅員約150メートルの水路で、海上衝突予防法第9条に規定する狭い水道等に該当することから、狭い水道の内側でなければ安全に航行することができない他の船舶の通航を妨げる場合には、狭い水道を横切ってはならないとする同条第5項の適用について検討する。 両船が互いに視認しうる状況となったとき、漁船(船名なし)は主水路の中央部を過ぎており、また公明丸の操縦性能、喫水、水路の幅及び水深からみて、公明丸は狭い水道の内側でなければ安全に航行できない状況になく、したがって同条第5項の適用はない。 次に公明丸と漁船(船名なし)が互いに視認しうる状況となったとき、作図上海上衝突予防法第15条の横切り関係となるので、同条の適用について検討する。 漁船(船名なし)が公明丸を視認しうる状況となったのは、衝突の1分前(14時49分)防波堤入口通過時の右舷船首62度520メートルに認めたときで、それから動静監視を行い、衝突のおそれがあると判断できるまで、折から公明丸の船首がわずかに左右に振れていたので、その動静判断にはコンパスを使用した場合よりも、更に時間を要し、20秒程度必要である。衝突約40秒前(14時49分半少し前)には公明丸は、右舷船首63度350メートルに迫っていたことから、作図上、公明丸は漁船(船名なし)の前方約10メートルを通過する状況であった。この距離は公明丸の船首の振れを考慮すると操縦容易でない漁船(船名なし)にとって、後退したとしても必ずしも自船の前方を公明丸が通過するとは限らず、漁船(船名なし)としては、衝突の危険が生じた特殊な状況にあったと認められる。 一方、公明丸において、衝突の1分前(14時49分)左舷船首3度520メールに極低速力の漁船(船名なし)を認めたとすると、その動静監視の結果(同時49分半少し前)同船が極低速力であるのは、その船形からみて、操縦が容易でない船舶と判断するのが常識的であり、見かけ上は横切り船の関係であるが、相手船が避航動作をとったとしても自船の船首方向から十分な距離を隔てたところまで移動することはできず、衝突の危険を解消できないことは明らかで、針路速力を保持して協力動作をとるべき間近に接近するまで航法を遵守すると、衝突の危険が更に増す結果となり、同条の衝突のおそれを早期に解消する目的とは相反することになる。したがって同法第15条の適用はなく、ほかに適用すべき航法がないので、同法第39条の特殊な状況により必要とされる注意によって律するのが相当である。
(原因) 本件衝突は、熊本県河内港沖合に設置されたのり養殖施設漁場内において、公明丸が、外洋に向かう主水路を航行する際、見張り不十分で、前路を極低速力で航行する操縦容易でない漁船(船名なし)に対し、減速するなどの衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、熊本県河内港沖合に設置されたのり養殖場において、外洋に向かう主水路を航行する場合、高速力により船首が上がって船首方に死角を生じていたから、死角内を航行する他船を見落とすことのないよう、操縦台から立ち上がるなどして船首方の死角を補う見張りを行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は前路に何もないと思い、死角を補う見張りを行わなかった職務上の過失により、漁船(船名なし)に気付かないまま進行して衝突を招き、漁船(船名なし)の右舷船尾ブルワーク及び船外機にそれぞれ損傷を生じさせ、B受審人に右膝開放骨折、膝蓋靱帯断裂、右撓骨開放骨折、右手指伸筋腱断裂など負傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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