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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年11月11日10時00分 和歌山県勝浦港東南東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船笑栄丸 漁船佐代丸 総トン数 4.9トン 1.2トン 登録長 11.95メートル 6.74メートル 機関の種類 ディーゼル機関
ディーゼル機関 出力 264キロワット 漁船法馬力数
25 3 事実の経過 笑栄丸は、ひき縄漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、まぐろの幼魚を獲る目的で、船首0.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、平成10年11月11日04時00分和歌山県大島漁港を発し、05時30分同県新宮港東方沖合の漁場に至り、しばらく操業を続けたものの、全く漁獲がなかったことから、帰途に就いた。 A受審人は、帰航の途中で獲物が掛かることを期待し、操舵室両舷から正横方に出した長さ8メートルの各竿からそれぞれ3本及び船尾から1本の長さ10メートルのひき縄を海中に投入した状態で、09時36分新宮港南防波堤灯台から099度(真方位、以下同じ。)1.6海里の地点を発進と同時に、針路を210度に定めて自動操舵とし、機関を半速力前進にかけ、10.0ノットの対地速力で進行した。 ところで、笑栄丸は、航走を始めると次第に船首が浮き上がり、速力が10ノットになると、操舵室右舷寄りの舵輪のすぐ後ろに備えられたいすに腰を掛けた状態では、右舷船首5度から左舷船首15度の範囲にわたって死角が生じるので、A受審人は、平素はいすから下りて同室左舷側に移動したり、いすの上に立って同室上部の天窓から顔を出したりして船首方の死角を補う見張りを行っていた。 A受審人は、漁場を発進したころ、前路に何も認めなかったことから、他船はいないものと思い、操舵室のいすに座ったまま左右に体を動かす見張りで十分と考え、いすに腰を掛け、船首方に死角のある状態で、主に後方に流したひき縄を見ながら、時折、振り返って前方に視線を向けるだけで続航した。 09時57分少し前A受審人は、那智勝浦鰹島灯台から074度1.1海里の地点に達したとき、正船首1,000メートルに佐代丸が存在し、やがて同船が船尾マストに三角帆を掲げて漂泊していて、これに衝突のおそれがある態勢で接近しているのを認めることができる状況にあったが、依然、前路に他船はいないものと思い、いすから下りて操舵室左舷側に移動したり、いすの上に立って同室上部の天窓から顔を出したりして船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかったので、そのことに気付かず、佐代丸を避けることなく進行した。 A受審人は、10時00分那智勝浦鰹島灯台から101度1,550メートルの地点において、船首部に衝撃を感じ、笑栄丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、佐代丸の右舷前部に前方から50度の角度で衝突した。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期であった。 また、佐代丸は、FRP製の漁船で、B受審人が知人の船舶所有者から借りて1人で乗り組み、魚釣りの目的で、船首尾とも0.5メートルの喫水をもって、同日09時00分和歌山県勝浦港を発し、同時15分同港東南東方沖合の、衝突地点付近の釣り場に至り、機関のクラッチを切って中立回転としたうえ、船尾マストに青色の三角帆を掲げ、漂泊して釣りを始めた。 B受審人は、09時57分少し前衝突地点付近で、船首が340度に向いた佐代丸の船尾部で腰を下ろし、左舷側から竿を出して釣りをしていたとき、右舷船首50度1,000メートルに笑栄丸を視認することができ、その後同船が自船に向かって衝突のおそれがある態勢のまま、自船を避けずに接近するのを認めることができる状況にあったが、三角帆を掲げた自船の様子から、他船が漂泊中と判断して自船を避けてくれるものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかったので、そのことに気付かず、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、更に接近したとき機関を前進にかけて移動するなど衝突を避けるための措置もとらないまま漂泊を続けた。 10時00分わずか前B受審人は、ふと右舷前方に目を向けたとき船首至近に迫った笑栄丸を初めて視認して驚き、立ち上がって同船に向かって大声をあげたが効なく、佐代丸は、340度に向首したまま、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、笑栄丸は、バルバスバウに破損及びプロペラに曲損などを生じたが、のち修理され、佐代丸は、右舷側外板に破口を生じ、浸水して間もなく沈没し、そのまま全損となった。また、B受審人は、海中に投げ出されたが、笑栄丸により救助された。
(原因) 本件衝突は、和歌山県勝浦港東南東方沖合において、笑栄丸が、見張り不十分で、漂泊中の佐代丸を避けなかったことによって発生したが、佐代丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) A受審人は、和歌山県勝浦港東南東方沖合を帰航する場合、操舵室右舷寄りのいすに腰を掛けた状態では、船首の浮上によって死角を生じる状況であったから、前路の他船を見落とさないよう、いすから下りて左舷側に移動したり、いすの上に立って天窓から顔を出したりして船首方の死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、前路に他船はいないものと思い、船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中の佐代丸に気付かず、これを避けないまま進行して同船との衝突を招き、笑栄丸のバルバスバウに破損及びプロペラに曲損などを生じさせ、佐代丸の右舷側外板に破口を生じさせてこれを沈没させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、和歌山県勝浦港東南東方沖合において、機関のクラッチを切って中立回転とし、漂泊して釣りを行う場合、右方から接近する笑栄丸を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、三角帆を掲げた自船の様子から、他船が漂泊中と判断して自船を避けてくれるものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、右方から接近する笑栄丸に気付かず、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、更に接近したとき機関を使用して衝突を避けるための措置もとらないまま漂泊を続け、同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、自船を沈没させるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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