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2000年(平成12年)

平成11年門審第20号
    件名
貨物船第参百五明力丸貨物船くまの丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年7月4日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁

西山烝一、原清澄、供田仁男
    理事官
坂爪靖

    受審人
A 職名:第参百五明力丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:くまの丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
明力丸・・・・左舷側後部外板に凹傷を伴うペイント剥離
くまの丸・・・右舷側前部外板に擦過傷及び同中央部外板などに凹損

    原因
明力丸・・・・狭視界時の航法(信号、速力、レーダー)不遵守(主因)
くまの丸・・・狭視界時の航法(信号、レーダー)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、第参百五明力丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことによって発生したが、くまの丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年2月13日10時20分
福岡県苅田港北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第参百五明力丸 貨物船くまの丸
総トン数 499トン 199.99トン
全長 66.302メートル
登録長 50.11メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 735キロワット
3 事実の経過
第参百五明力丸(以下「明力丸」という。)は、主に瀬戸内海での石材輸送に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人ほか4人が乗り組み、石材約1,500トンを積載し、船首3.8メートル船尾5.6メートルの喫水をもって、平成10年2月13日07時30分山口県三田尻中関港を発し、霧模様のため法定灯火を掲げ、福岡県苅田港北東方沖合の新空港建設埋立地(以下「埋立地」という。)に向かった。
A受審人は、霧が次第に濃くなるなか周防灘を航行し、苅田港第1号灯浮標(以下灯浮標については苅田港を省略する。)の東方1海里ばかりに差し掛かったころ、視程が100メートルに狭められ、濃霧で埋立工事の作業が中止されることもあることから、09時50分同灯浮標から122度(真方位、以下同じ。)470メートルの地点で、機関を中立回転として漂泊し、工事事務所に電話連絡をして同作業が実施されていることを確かめたのち、同時58分漂泊地点を発進し、霧中信号を行わないまま、埋立地の東方沖合の待機場所に向け航行を再開した。

A受審人は、機関長と甲板員を船橋での見張りに就け、3海里レンジとしたレーダーを時々見ながら1人で操舵操船に当たり、掘り下げ水路(以下「水路」という。)の南側を西行し、10時10分苅田港北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から074度3.2海里の地点に達したとき、針路を待機場所に向く315度に定め、機関を回転数毎分260にかけて8.0ノットの対地速力としたものの、安全な速力としないまま手動操舵により進行した。
10時12分半A受審人は、水路を横断したところで、左舷船首12度1,390メートルのところに、先航するくまの丸のレーダー映像を初めて認めたが、一瞥(べつ)して、同船が錨泊しているようなので、少し右転すれば無難に航過できるものと思い、その後レーダーによる動静監視を十分に行うことなく、同船との航過距離を離すため、同時13分北防波堤灯台から068度3.0海里の地点で、針路を320度に転じて続航した。

10時15分A受審人は、くまの丸が左舷船首16度930メートルのところに接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、依然レーダーによる動静監視が不十分で、このことに気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを止めることもなく進行中、同時20分少し前左舷船首間近にくまの丸の右舷側船体を視認し、右舵一杯としたが及ばず、10時20分北防波堤灯台から050度2.86海里の地点において、明力丸は、船首が346度を向いたとき、原速力のまま、その左舷側船首部がくまの丸の右舷側前部に後方から14度の角度で衝突し、続いて明力丸の左舷側後部がくまの丸の右舷側中央部に衝突した。
当時、天候は霧で風はほとんどなく、潮候は高潮時で、視程は約100メートルであった。
また、くまの丸は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、B受審人ほか2人が乗り組み、粒鉄約650トンを積載し、船首2.80メートル船尾3.82メートルの喫水をもって、同日09時15分苅田港本港4号岸壁を発し、霧により視程が300メートルばかりに狭められていたので、法定灯火を掲げ、関門港若松区に向かった。

B受審人は、1人で操舵操船に当たり、防波堤を通過したころ機関を8.0ノットの半速力前進にかけ、第9号灯浮標に並航したとき左転して水路の外に出て北上し、09時40分北防波堤灯台から058度1.3海里の地点に至ったとき、視程が更に狭められて100メートルとなったので、視界が回復するまで埋立地の東方沖合1,600メートルの地点に投錨仮泊することとし、針路を067度に定め、機関を微速力前進に減じ、霧中信号を行わないまま、手動操舵により2.8ノットの対地速力で進行した。
B受審人は、10時05分北防波堤灯台から062度2.5海里の地点で、予定錨地に向けるため針路を000度に転じて続航し、レーダーレンジを1.5海里と0.75海里に適宜切り替えて監視に当たり、同時12分半北防波堤灯台から056度2.65海里の地点に至ったとき、右舷船尾57度1,390メートルのところに明力丸の映像を探知できる状況にあったが、操舵に当たりながらレーダー画面の船首方向だけを注視していたことから、明力丸の映像を見落とし、同船の存在に気付かないまま進行した。

10時15分B受審人は、明力丸が右舷船尾56度930メートルのところに接近し、その後、同船が右舷後方から衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めることができる状況にあったが、前方に散在する作業船の映像に気を取られ、レーダーによる後方の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、明力丸に対して避航を促すための注意喚起信号を行うことなく進行中、同時20分わずか前同船船首部を右舷正横至近に視認し、左舵一杯としたが効なく、くまの丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、明力丸は、左舷側後部外板に凹傷を伴うペイント剥離を生じ、くまの丸は、右舷側前部外板に擦過傷及び同中央部外板などに凹損を生じたが、のち修理された。


(原因)
本件衝突は、両船が霧による視界制限状態となった苅田港北東方沖合を北上中、明力丸が、霧中信号を行うことも安全な速力に減ずることもせず、レーダーによる動静監視不十分で、前路に探知した先航するくまの丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことによって発生したが、錨地に向かうくまの丸が、霧中信号を行わず、レーダーによる見張り不十分で、後方から接近する明力丸に対して注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。


(受審人の所為)
A受審人は、霧による視界制限状態となった苅田港北東方沖合において、埋立地付近の待機場所に向け北上中、レーダーにより左舷前方に先航するくまの丸の映像を認めた場合、同船と著しく接近することを避けることができない状況となるかどうか判断できるよう、レーダーによる動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、レーダー画面を一瞥して、くまの丸が錨泊しているようなので、少し右転すれば無難に航過できるものと思い、レーダーによる動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、くまの丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも必要に応じて行きあしを止めることもなく進行して同船との衝突を招き、明力丸の左舷側後部外板に凹傷を伴うペイント剥離を、くまの丸の右舷側中央部外板などに凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、霧による視界制限状態となった苅田港北東方沖合において、視界が回復するまで投錨仮泊するため、錨地に向けて北上する場合、後方から接近する他船を見落とさないよう、レーダーによる後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、前方に散在する作業船の映像に気を取られ、レーダーによる後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、明力丸の映像を見落とし、同船が右舷後方から接近していることに気付かず、同船に対して注意喚起信号を行わないまま進行して衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。

以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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