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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年1月9日17時50分 伊万里湾東部 2 船舶の要目 船種船名
貨物船第八正和丸 漁船漁房丸 総トン数 499トン 4.98トン 全長 68.00メートル 登録長 64.11メートル
10.50メートル 機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力 735キロワット 漁船法馬力数
25 3 事実の経過 第八正和丸(以下「正和丸」という。)は、船首部甲板上にジブクレーン1基を備えた船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人ほか3人が乗り組み、B指定海難関係人を乗せ、捨石約480立方メートルを積載し、船首3.2メートル船尾4.4メートルの喫水をもって、平成7年1月9日17時30分長崎県福島町喜内瀬免の石材積出し桟橋(以下「石材桟橋」という。)を発し、福岡県相ノ島に向かった。 ところで、指定海難関係人有限会社R商会(以下「R商会」という。)は、砂利、砕石などの買い付け販売業のほか、内航貨物船6隻を所有して海運業等を営み、これら各船の運航管理や乗組員の労務管理を自社で行っていた。しかし、正和丸を石材桟橋から出航させるに当たって、A受審人が同船船長としての有資格の海技免状を受有していたことから、船長の有資格者が1人乗船しているので、次の寄港地で交替の船長を手配すれば問題ないものと思い、休暇で下船した船長の代わりとして同受審人を船長として任命するか、若しくは有資格者を船長として乗船させることをしなかった。そして自社の運航部長であるB指定海難関係人が正和丸船長としての有効な海技免状を受有していないことを知っていたが、伊万里湾東部の福島と佐賀県肥前町及び波多津町の 間の狭い水道の水路事情に通じていたので、石材桟橋発航後の操船指揮に当たらせた。 一方、A受審人は、R商会から何らの指示も受けず、また、B指定海難関係人が同商会の重要な業務に従事し、運航船舶に乗船することが多く、また、船員の指導に当たることもあったので、有効な海技免状を受有し、下船した船長の交替で乗船してきたものと思い、発航に当たって二等航海士として船首配置に就いた。 こうして、B指定海難関係人は、石材桟橋発航時から1人で操舵操船に当たり、可航幅数百メートルの、福島東岸沖合の狭い水道を北上し、17時45分平瀬灯標から152度(真方位、以下同じ。)2,480メートルの地点に達したとき、法定の灯火を表示したうえ機関を微速力前進にかけて6.0ノットの対地速力とし、針路を350度に定めて自動操舵により進行した。 定針したとき、B指定海難関係人は、左舷船首3度1,000メートルの、前島の東方沖合90メートルばかりに漁房丸の白い船体を初めて視認し、その動きが遅いことと各種多数の灯火を点灯していることから同船が漁ろうに従事しているものと思い、そのまま続航するうち、17時47分半平瀬灯標から147度2,020メートルの地点で、漁房丸が左舷船首1度500メートルに接近したのを認めた。17時48分半少し前B指定海難関係人は、漁房丸が右舷船首7度300メートルに替わったところで東方を向いて停留したのを認めたが、同船は底引き網のえび漕ぎ漁を行っているのだろうから、その船尾方を少し替わせば大丈夫と思い、双眼鏡を使用して漁房丸の動静を監視しなかったので、同船の船尾部から浮子が取り付けられたいわし船曳網が延出されていて、そのまま続航すれば、これに衝突のおそれがあることに気付かず、速やかに右転して漁房丸の船首方の、通航余地のある水域に針路を転ずるなど、狭い水道で漁ろうに従事する同船を避けないまま進行した。 17時49分半B指定海難関係人は、漁房丸が100メートルに接近したとき、同船からの点滅する灯火を認め、衝突の危険を感じて機関を中立とし、左舵を少しとったが、効なく、17時50分平瀬灯標から141度1,600メートルの地点において、正和丸は、ほぼ原針路、原速力のまま、その船首が漁房丸の船尾から約40メートル後方の漁具に、前方から66度の角度で衝突した。 当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で、日没時刻は17時30分であった。 一方、船首配置に就いていたA受審人は、離桟後の片付けを終え、B指定海難関係人の見張りの補助に当たるつもりで昇橋の途中、転覆しかけている漁房丸を認め、同船と衝突したことを知って事後の措置に当たった。 また、漁房丸は、いわし船曳網漁に従事するFRP製漁船で、C受審人のほか、同人の妻と長男の2人が乗り組み、操業の目的で、船首尾とも0.5メートルの喫水をもって、同月9日15時30分福島町塩浜免の係留地を発し、佐賀県高串漁港に寄って氷を積み込んだのち、平瀬灯標周辺の漁場に向かった。 ところで、いわし船曳網漁は、上部に浮子がついた長さ約400メートル、深さ約30メートルの長方形の網をほぼ円形に投網して漁網の両端を連結し、これに取り付けた長さ約40メートルの曳網索2本でもって漁網を絞ったのち、錨を入れて揚網する漁法であった。 C受審人は、漁場に到着後魚群探索をしながら南下し、前島東方のほぼ衝突地点付近に至って魚影を認め、17時40分ごろマスト灯、両色灯及び船尾灯のほか、マスト頂部に白色全周灯、マスト灯の下に紅色全周灯をそれぞれ掲げ、その他に黄色回転灯及び作業灯3個をそれぞれ点じ、南西方向に約2.5ノットの速力で直径約130メートルの円を描くように投網を始めた。 C受審人は、投網中、ネットホーラーに漁網を絡ませて多少手間取ったが、17時47分半平瀬灯標から141度1,570メートルの地点で135度を向首して投網していたとき、右舷船首34度500メートルにほぼ自船に向首して接近する正和丸を初めて視認した。 やがて、C受審人は、投網を終えて曳網索2本で漁網を絞る準備をし、17時48分半少し前平瀬灯標から140度1,630メートルの地点で、104度を向いて停留を始めたとき、右舷船首73度300メートルに正和丸を視認し、同船が自船の船尾方を向いて漁具と衝突のおそれのある態勢で接近しているのを認めたが、自船の船尾方には通航余地はなかったけれども、船首方には十分な通航余地があったので、正和丸は針路を転じて自船の船首方を航過するものと思い、速やかに漁具の方向に向けて灯火を点滅するなどの注意喚起信号を行わなかった。 17時49分半C受審人は、依然、正和丸が自船の船首方に針路を転じることなく、100メートルに接近したとき、長男と2人で正和丸に向けて作業灯と携帯電灯を点滅させたが、効なく、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、正和丸は、船首に擦過傷を生じたのみであったが、その球状船首が漁房丸の曳網索をすくって引きずったため、同船は、これに引っ張られて右舷側に転覆し、各種機器類に濡れ損を生じた。また、同船の乗組員全員が海中に投げ出され、C受審人の妻Dが肺に海水を吸い込み、4日間の通院加療を受けた。
(原因) 本件漁具衝突は、日没後の薄明時、伊万里湾東部の狭い水道において、正和丸が、動静監視不十分で、漁ろうに従事する漁房丸を避けなかったことによって発生したが、漁房丸が、速やかに注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。 正和丸の船舶所有者が、船長を休暇のため下船させた際、有資格者を船長として乗船させないまま運航したことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為) C受審人は、日没後の薄明時、伊万里湾東部の狭い水道において、漁ろうに従事中、自船の漁具に向首して接近する正和丸を認めた場合、速やかに漁具の方向に向けて灯火を点滅するなどの注意喚起信号を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、自船の船首方には十分な通航余地があったので正和丸が針路を転じて自船の船首方を航過するものと思い、速やかに注意喚起信号を行わなかった職務上の過失により、漁具と正和丸との衝突を招き、同船の船首に擦過傷を生じさせるとともに、漁房丸を転覆させて各種機器類に濡れ損を生じさせ、また同人の妻に4日間の通院加療を要する傷害を与えた。 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、日没後の薄明時、伊万里湾東部の狭い水道において、有効な海技免状を受有しないまま操船指揮に当たり、双眼鏡を使用するなど前路で停留する漁房丸に対して動静監視を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。 R商会が、正和丸船長を休暇のため下船させた際、有資格者を船長として乗船させないまま運航したことは本件発生の原因となる。 R商会に対しては、その後適切な配乗を励行していることに徴し、勧告しない。 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成10年9月18日長審言渡 本件漁具衝突は、第八正和丸が、漁ろうに従事する漁房丸を避けなかったことによって発生したものである。 |