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2000年(平成12年)

平成10年第二審第40号
    件名
漁船海福丸プレジャーボートスイミィー衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年2月21日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審門司

山崎重勝、米田裕、養田重興、吉澤和彦、上中拓治
    理事官
亀井龍雄

    受審人
A 職名:海福丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:スイミィー船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
海福丸・・・・・船首外板に擦過傷
スイミィー・・・左舷後部外板に破口、船外機が海没、のち廃船、船長が1年間の入院加療を要する左膝蓋骨骨折、左膝内側側副靱帯及び同半月板損傷等、同乗者が右肩、両膝及び両下腿挫傷

    原因
スイミィー・・・法定灯火不表示、自船の存在を示す適切な措置をとらず

    二審請求者
受審人A

    主文
本件衝突は、錨泊中のスイミィーが、法定灯火を表示しなかったばかりか、自船の存在を示すための適切な措置をとらなかったことによって発生したものである。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年7月4日03時50分
唐津湾
2 船舶の要目
船種船名 漁船海福丸 プレジャーボートスイミィー
総トン数 14.33トン
全長 17.80メートル
登録長 2.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 280キロワット 3キロワット

3 事実の経過
海福丸は、2そう引網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか2人が乗り組み、操業の目的で、船首0.8メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成8年7月4日03時40分福岡県船越漁港を発し、相前後して出航した20隻余りの僚船とともに、マスト灯、両舷灯、船尾灯のほか操舵室後部の作業灯を点灯して小呂島東方沖合の漁場に向かった。
A受審人は、発航時から単独で操舵及び見張りに当たり、ほぼ200メートルの間隔で航走する漁船の先頭から6番目に位置し、鷺ノ首沖合に設置された定置網を右舷側近くに航過したのち、03時46分少し過ぎ筑前ノー瀬灯標(以下「ノー瀬灯標」という。)から135度(真方位、以下同じ。)1.8海里の地点で、針路を同灯標の灯火を船首わずか右方に見る314度に定め、機関を11.0ノットの全速力前進にかけ、先頭から5番目を航行する第二海福丸の船尾灯を操舵目標とし、操舵位置からは航走中の船首浮上により正船首から左右約3度の範囲が死角となっていたので、これを補うため1分間に1回程度の割合で船首を左右に振って手動操舵により進行した。

定針したころ、A受審人は、正船首1,300メートルのところに航行不能となったスイミィーが錨泊灯を表示しないで錨泊し、その後、時折、釣り用に持参していたヘッドランプを先航する僚船の方に向けており、その明りをほんの一瞬視認できることはあったものの、これに気付かず、同船に向首したまま続航した。
03時50分少し前A受審人は、ノー瀬灯標から135度2,200メートルの地点に達し、正船首のスイミィーまで100メートルに迫ったとき、同船のヘッドランプが自船に向けられたが、船首方向の死角に入っていたので、依然、そのことに気付かず、その後スイミィーが発した呼子の音にも気付かないまま進行中、03時50分ノー瀬灯標から135度2,100メートルの地点において、原針路、原速力のままの海福丸の船首が、スイミィーの左舷側後部に後方から64度の角度で衝突した。

当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、スイミィーは、船外機を装備し、汽笛を備えないFRP製プレジャーボートで、B受審人が一人で乗り組み、友人Cを同乗させ、遊漁の目的で、船首0.2メートル船尾0.3メートルの喫水をもって、同日03時10分福岡県岐志港西防波堤灯台から096度650メートルの引津ノ浦の海岸を発し、沖ノ瀬の釣り場に向かった。
B受審人は、スイミィーの灯火設備として、蓄電池を電源とする白色全周灯を取り外し式のマストに取り付け、夜間の遊漁の都度、これを船体に据え付けて使用していたところ、同日は同灯火設備を福岡市の自宅に置き忘れたまま前示の海岸に到着し、発航前にそのことに気が付いたが、持参したヘッドランプで代用できるものと思い、日出を待たずに発航したものであった。

ところで、持参したヘッドランプは、ベルトで前頭部に装着し、手元や足元を照らすときには照射面を下方に倒して使用される単三乾電池4個を電源とする局所照明用の灯具で、レンズによって集光されたビーム状の光(以下「ビーム光」という。)を発する構造になっていることから、ビーム光が直接向けられているときは視認距離2海里の白色全周灯と同程度の明るさがあるが、ビーム光から外れるにつれて照度が著しく低下して見え難くなるものであった。
B受審人は、発航の際、クーラーボックスに入れておいた3個のヘッドランプのうちの1個を取り出し、乾電池4個を新品に取り替えた上、顔の向く方向を照らすことができるよう前頭部に装着して点灯し、発航後C同乗者を前部甲板に座らせ、自らは船外機の操作に当たり、機関を微速力前進にかけて沖合に向かい、03時40分前示衝突地点に至ったとき、浮遊していた漁網片をプロペラに絡ませ、機関が停止して航行不能に陥った。

B受審人は、船外機を甲板上に取り込んで絡網状態を調べたところ、漁網片を取り除くにはかなりの時間を要することが分かり、自船のいるところが鷺ノ首方面から出航してくる漁船の通航路に当たっていることを知っており、錨泊灯を表示しないまま同所に留まることは危険な状況であったが、接近する船がヘッドランプの明かりを認めて避航してくれるものと思い、櫂(かい)を使って速やかに通航路から離れる措置をとらなかった。そして、同受審人は、重さ4キログラムの錨に長さ3メートルの錨鎖及び長さ30メートルの錨索を取り付けて水深約10メートルのところに投入し、C同乗者を見張りに当たらせ、自らは後部甲板に座って船外機を膝の上に乗せ、ヘッドランプの照射面を下方に倒して手元を照らしながら漁網片の除去作業を開始した。
03時44分B受審人は、C同乗者に告げられて鷺ノ首の方向を見たとき、同沖合に漁船の灯火を視認し、その後、200メートルばかりの間隔を保ちながら漁船が後続し、それらが自船の近くを通って漁場に向かう一団であることを知り、著しく接近する漁船があればヘッドランプを同船に向けることによって自船の存在を示すこととした。

03時47分B受審人は、スイミィーが250度を向いていたとき、左舷船尾64度1,000メートルのところに海福丸の白、紅、緑3灯を初認し、やがて同船が自船に向首したまま接近することを知ったが、それまでに同船に先航する漁船が顔を向けただけで避航したように見えたことから、海福丸に対しても、もっと接近した時点で同船の方に顔を向ければ、ヘッドランプの明りで自船の存在に気付いて避けてくれるものと思い、同ランプを同船に向けて高く掲げて大きく振るなどして自船の存在を示すための適切な措置をとらないまま、時折、目を上げて海福丸に先航する漁船の方を見ながら作業を続けた。
03時50分少し前B受審人は、第二海福丸の通過後、それに後続する海福丸に目を向けたところ、同船が自船に向首したまま約100メートルのところに迫っているのを認め、ヘッドランプを装着した顔をしばらくその方向に向けていたが、同船に避航の様子がないので、急いで救命胴衣の呼子を吹鳴したものの、効なく、スイミィーは250度を向いたまま前示のとおり衝突した。

衝突の結果、海福丸は、船首外板に擦過傷を生じただけであったが、スイミィーは、左舷後部外板に破口を生じて船外機が海没し、海中に投げ出されたB受審人及びC同乗者は海福丸に救助されたものの、B受審人が1年間の入院加療を要する左膝蓋骨骨折、左膝内側側副靱帯及び同半月板損傷等、C同乗者が右肩、両膝及び両下腿挫傷を負い、スイミィーはのち廃船とされた。
 
(原因の考察)
本件は、夜間、唐津湾において、多数の僚船とともに漁場に向かって航行中の海福丸と、法定灯火を表示しないで錨泊中のスイミィーとが衝突した事件であるが、以下、その原因について検討する。
本件時、B受審人が所持していたヘッドランプの明るさは、カタログによれば約250ルックスであるから、光源の光度は約250カンデラである。海上衝突予防法施行規則第3条に規定されている次に示す光度の算定式により、250カンデラの光源の視認距離を求めると約7海里となり、理論的には、その距離以内であれば視認可能ということになる 。


したがって、B受審人が海福丸を初認したという距離1,000メートルの時点で、ヘッドランプのビーム光が直接向けられていれば、海福丸の操船者がこれを視認できることになる。
しかし、ヘッドランプは、ビーム光によって局所を照明する灯具であることから、同光が直接観測者に向けられたときにのみ、前示の視認距離を有しているのであって、同光から外れたところでは照度が著しく低下し、視認距離が減じることは当廷において行った照射テストにおいても明らかである。
また、ヘッドランプは、ベルトによって頭部に装着し、照射面を下方に傾斜させることができるようになっており、通常、手元や足元を照射するときには照射面を下方に傾斜させて使用される。したがって、ビーム光は、この傾斜角によって照射方向が大きく異なるので、傾斜させた状態で顔を相手船に向けたとしても、同光が正しく相手船に向けられたことにはならない。

B受審人は、当廷において、「網を外すときに照射面を下方に傾斜させていたかどうか覚えていないが、座って船外機を膝に抱きかかえて作業していた。」旨供述しており、プロペラに絡んだ漁網片を取り除く際、手元を照らすために同ランプの照射面を下方に傾斜させていたと推認することができる。
B受審人は、同人に対する質問調書中、「網は非常に堅く、ニッパーで2、3本切ったところで漁船が来るという報告を受けてその方向に顔を向けた。」旨の供述記載があり、また、同人は当廷において、「近付いてくる漁船に対し、作業を止めて頭部にヘッドランプを装着したまま顔を同船の方に向けた。海福丸にだけ同ランプを向けたのは100メートル手前になってからである。座ったまま同ランプを同船の方に向けた。ヘッドランプを頭から取り外して相手船に向けて振るとかはしていない。」旨供述している。更に、D証人の原審審判調書中には、「後続する海福丸とは、200メートルばかり離れていた。自船の前方に僚船の灯火以外の灯火を認めていないし、僚船から無灯火の船がいるとの無線連絡もなかった。」旨の供述記載があり、また、E証人は、当廷において、「自船は先頭ではないが、海福丸の前を走っていた。鷺ノ首を回って間もなく、ノー瀬灯標を目標にして針路を向けたときチカッと光が目に入った。その後確認のため船橋の窓を全部開けて監視を続けたが、明かりを見たのはその1回だけであった。」旨供述している。
これらのことから、B受審人が次々と近付いて来る漁船に対して顔を向けていたことは認められるが、その際、ビーム光が漁船の方を照射するように照射面の角度が修正されたのかどうか、また、修正されないまま顔を向けたとすると照射面がどのくらい傾斜していたのか、明らかでないものの、いずれにしても、スイミィー側における自船の存在を示すための措置としては極めて不十分なものであったと言わざるを得ない。同受審人が、ヘッドランプを漁船に向けて高く掲げて振るなどの積極的な措置をとっていないことは、同受審人に対する質問調書中の供述記載や当廷における同人の供述から明らかであり、同受審人が漁船に対して顔を向けたということをもって、スイミィーが自船の存在を示すための措置をとったと認定することはできない。

また、B受審人は、距離が1,000メートルの時点で海福丸を初認したものの、その後同船が100メートルに接近するまで、自船の存在を示すため連続して同灯火を示すなどの措置をとっておらず、同船に顔を向け続けたのは100メートルに接近してからである。しかしながら、この時点では、ヘッドランプの明かりは、そのビーム光が海福丸に向けられていたとしても、同船の航行による船首浮上の有無に関わりなく、座った姿勢での同ランプの海面上の高さから見て、船体構造上必然的に生じる船首死角に入っており、海福丸側において、もはやそれを視認できる状況にはなかったものと認められる。
以上のことから、スイミィーが、錨泊した際、法定灯火を表示しなかったこと及びヘッドランプを海福丸に向けて高く掲げて振るなどして、自船の存在を示すための適切な措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。

一方、A受審人は、同人に対する質問調書中及び原審審判調書中、「全速力前進で航行すると船首の浮上により、正船首から左右約3度の範囲が死角となる。定針後1分間に1回程度の割合で船首を左右に振って死角を補っていた。」旨の各供述記載があり、当廷においても同旨の供述をしている。
海上衝突予防法は、見張りについて、「船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその他の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない。」(第5条)と定めているが、衝突のおそれを判断しなければならない他の船舶とは、夜間であれば、灯火を表示してその存在を示している船舶であって、無灯火状態の船舶までも対象としているものでないことは明らかである。また、常時しなければならない適切な見張りとは、視覚、聴覚及びその他の状況に適した手段をとっておれば視認できる船舶を見落とさないよう、当該船舶の状態に適した方法で行う見張りであり、船首方に死角がある船舶が、船首を左右に振って同死角を補う場合においては、そのときの客観的状況に照らし、船首を左右に振る角度及びその頻度が適切なものであったかどうかが検討されなければならない。
本件の場合、スイミィーが、海福丸との距離が1,000メートルとなった時点以後、自船の存在を示すために継続してヘッドランプのビーム光を同船に対して照射していれば、当時、11.0ノットの対地速力で航行していた海福丸の1分間に進む距離が約340メートルであったから、海福丸側においては、スイミィーの存在とともに同船との衝突のおそれを判断することが十分にできたと認められ、A受審人の行った1分間に1回程度の船首死角を補うための見張りが不十分なものであったとすることはできない。また、B受審人が、来航する海福丸の方を向いた際に、同船側においてほんの一瞬ヘッドランプの灯火を視認できたとしても連続したものではなく、それをもって、A受審人に対してスイミィーの存在とともに同船との衝突のおそれを判断することを要求することはできない。
以上のことから、A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。


(原因)
本件衝突は、夜間、唐津湾引津ノ浦において、スイミィーが、錨泊した際、法定灯火を表示しなかったばかりか、海福丸に対し、所持していたヘッドランプにより、自船の存在を示すための適切な措置をとらなかったことによって発生したものである。


(受審人の所為)
B受審人は、夜間、唐津湾引津ノ浦において、航行不能に陥って錨泊中、自船に向首して接近する海福丸を認めた場合、法定灯火を表示していなかったのであるから、ヘッドランプを海福丸に向けて高く掲げて大きく振るなど、自船の存在を示すための適切な措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、海福丸に先航する5隻の漁船が、ヘッドランプを装着した顔を向けただけで避航したように見えたことから、海福丸に対してもっと接近した時点で顔を向ければ自船に気付いて避けてくれるものと思い、自船の存在を示すための適切な措置をとらなかった職務上の過失により、海福丸に自船の存在を気付かせることができずに同船との衝突を招き、海福丸の船首部に擦過傷及び自船の左舷後部外板に破口を生じさせるとともに船外機を海没させ、同受審人自身は1年間の入院加療を要する左膝蓋骨骨折、左膝内側側副靱帯及び同半月板損傷等の負傷を負い、C同乗者にも右肩、両膝及び両下腿挫傷を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は本件発生の原因とならない。


よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成10年11月16日門審言渡
本件衝突は、海福丸が、見張り不十分で、白灯を表示して錨泊中のスイミィーを避けなかったことによって発生したが、スイミィーが、法定灯火を掲げなかったばかりか、注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。


参考図






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