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2000年(平成12年)

平成11年横審第76号
    件名
遊漁船信栄丸遊泳客負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成12年3月31日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

西村敏和、猪俣貞稔、河本和夫
    理事官
小金沢重充

    受審人
A 職名:信栄丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
遊泳客1人が、約1箇月の入院加療を要する右大腿四頭筋断裂及び両下肢挫創等

    原因
遊泳客を入水させる際の安全に対する配慮不十分

    主文
本件遊泳客負傷は、遊泳客を入水させる際の安全に対する配慮が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年10月10日09時30分
伊豆諸島御蔵島沖合
2 船舶の要目
船種船名 遊漁船兼旅客船信栄丸
総トン数 8.5トン
登録長 11.80メートル
幅 3.48メートル
深さ 1.08メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 301キロワット
3 事実の経過
信栄丸は、フラップラダーを備えた旅客定員25人のFRP製遊漁船兼旅客船で、A受審人が1人で乗り組み、B及びCほか6人の遊泳客を乗せ、遊泳によるいるかウォッチングの目的で、船首1.0メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成9年10月10日08時30分伊豆諸島三宅島坪田漁港を発し、御蔵島北方海域に向かった。
ところで、信栄丸は、船体の中央部に操舵室、旅客室及び機関室を、前部に船首甲板及び後部に船尾甲板をそれぞれ配し、船首甲板には、船首端から約3メートル後方にやぐらが設けられ、甲板上の高さ約5メートルのところに見張り台があって、同所で遠隔操作による操舵及び主機の操縦を行うことができ、同甲板左舷側ブルワーク中央部に高さ0.5メートル幅1.0メートルの切り込み間口があって、航行中は差し板で閉鎖され、遊泳時にはこれを取り外して昇降口としていた。また、同船の推進器翼は、回転直径が78センチメートルの右旋回4翼一体型で、同翼の中心は海面下約1メートルのところに、同翼の外縁は舷側端から約1.35メートル内側にそれぞれ位置していた。

A受審人は、自らもスキューバダイビング(以下「ダイビング」という。)の経験を有し、信栄丸を遊漁船として使用するほか、ダイビングポイントへのダイバーの輸送などにも使用していたところ、数年前から御蔵島北東岸のいるかの群遊海域における遊泳によるいるかウォッチングを請け負うようになった。
また、B(以下「B代表者」という。)は、約10年のダイビング歴を有し、PADI JAPAN(プロフェッショナル・アソシエイション・ダイビング・インストラクタージャパン)と称する潜水指導団体から、ダイビングの指導補助ができるアシスタント・インストラクターの認定を受け、Rと称するダイビング用品店などを経営する傍ら、同店に集うダイビング仲間の会であるチームSの代表者として、会報を発刊したり、ダイビングツアーなどを企画して伊豆半島や神子元島などへ頻繁に出かけており、一方、C(以下「C遊泳客」という。)は、約8年のダイビング歴を有し、潜水指導団体からCカード(サーティフィケート・カード)と称する認定証を受け、チームSの会員となってダイビングツアーなどに参加しており、両人ともダイビングの経験は豊富であった。

B代表者は、伊豆諸島御蔵島におけるいるかウォッチングとダイビングとを兼ねたツアーを企画したところ、C遊泳客ほか6人の会員から応募があったので、三宅島所在のTダイビングサービスに同ツアーの実施を申し込んだが、このとき現地でのインストラクターやガイドの手配については依頼しないまま、自らが同ツアーの代表者として同行することにした。
Tダイビングサービスは、ペンションやダイビングショップを経営する傍ら、インストラクターやガイドの手配、乗船船舶の手配、客の送迎などを行って現地での各種ツアーを実施しており、B代表者からの申込みを受けて、A受審人に対し、信栄丸によるいるかウォッチングの実施を依頼し、10日早朝、船便で三宅島に到着したB代表者らツアー一行8人を迎え、その際同代表者からいるかウォッチングは初めてであることを聞いたが、午前中にいるかウォッチングを行い、午後にダイビングを行う旨のスケジュールを告げただけで、同代表者らに対し、いるかウォッチングの要領及び注意事項などについては説明せずに、一行を信栄丸が待機する坪田漁港に案内した。

A受審人は、坪田漁港で一行を迎え、B代表者と挨拶を交わした際、いるかウォッチングは初めてであることを聞いたが、同人がインストラクターやガイドの手配を依頼しなかったことから、同人が一行のリーダー格で、同人に対して指示などを伝えさえすれば、各遊泳客に周知されるものと思い、同人をはじめ各遊泳客に対し、いるかウォッチングの要領や注意事項などについて指示や説明をせず、相互に十分な打ち合わせを行わないまま発航した。
08時32分A受審人は、坪田漁港を出たところで、針路を160度(真方位、以下同じ。)に定め、機関回転数毎分1,700の全速力前進にかけ、12.0ノットの速力で、手動操舵によって御蔵島に向かい、09時20分御蔵島港ふ頭灯台から073度1.1海里の御蔵島北方海域に到着して停留し、いるかウォッチングの準備に取りかかった。

A受審人は、いるかウォッチングを行う際には、いるかを左舷側に見るように操船し、いるかに接近したところで機関を中立にして遊泳客を船首甲板左舷側の昇降口から入水させ、入水後は前進惰力で左回頭して船尾を右に振り、同客から船体を遠ざけるとともに、いるかの前方に回り込む操船方法を採っており、遊泳客が右舷側から入水すると、船尾を右に振ったときに同客に船体が接近して船体や推進器翼などが接触するおそれがあるから、左舷側から入水するよう指示を徹底する必要があった。
A受審人は、いつものように見張り台で操船しながらいるかを探すことにし、操舵室を出て左舷側の通路を通って見張り台に向かう途中で、左舷側ブルワークの差し板を取り外して昇降口を開放したとき、同所にいたB代表者に対し、「ここから入って下さい。」と告げて昇降口から入水するよう指示し、近くにいた遊泳客2人にも同指示が伝わったものの、B代表者に指示したことで全員に同指示が周知されるものと思い、船首甲板中央部や右舷側にいたC遊泳客ら5人に対しては入水場所を指示せず、また、いるかウォッチングの際の自船の動きや注意事項などについても説明しないまま、遊泳準備に取りかかるようにとだけ告げて見張り台に昇った。

09時22分A受審人は、見張り台で腰をかけて遠隔操作による操船を行い、機関回転数毎分1,300の半速力前進にかけ、6.0ノットの速力で、御蔵島北東岸の100ないし200メートル沖合を、いるかを探しながら海岸線に沿って南下したところ、しばらくして左舷前方に、南東方に向けてゆっくりと泳ぐ数頭のいるかを発見してこれに向け、いるかに追いついたところで機関回転数毎分600の極微速力前進として2.0ノットの速力に減じて続航した。
A受審人は、B代表者に昇降口から入水するように指示したので、同指示が各遊泳客に周知され、全員が左舷側から入水するものと思い、C遊泳客ら5人が右舷側ブルワークに海面を背にして腰をかけ、背面から入水する準備を整えていたが、依然として入水場所についての指示が遊泳客全員に周知されたか否かを同代表者に確認することも、自ら各遊泳客に直接指示することもしなかった。

こうして、A受審人は、09時30分少し前、いるかを追い越したところで、機関を中立にすると同時に見張り台で腰をかけたまま左下を向いて遊泳客に「入っていいです。」と告げて、行きあしを止めずに入水の指示を出し、間もなくB代表者が昇降口から入水するのを認めたので、全員が順次左舷側から入水するものと思い、その後は左舷側から入水した遊泳客に気をとられ、右舷側からC遊泳客らが後方回転して入水したことに気付かないまま、左舷側で遊泳を始めた同代表者らから船体を遠ざけるつもりで、約2ノットの前進惰力で左舵20度をとって船尾を右に振ったところ、船尾が右舷側から入水したC遊泳客に急接近することになり、09時30分御蔵島港ふ頭灯台から102度1.8海里の地点において、左回頭中の船首がほぼ東方を向いたとき、惰性で回転していた推進器翼がC遊泳客に接触した。
当時、天候は曇で風力2の南東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は、船尾方に衝撃を感じて同方向を向いたとき、左舷船尾付近にC遊泳客を認め、大声を聞いて事故の発生を知り、直ちに事後の措置に当たった。
また、B代表者らツアー一行は、同月9日22時ごろ京浜港東京区を発した旅客船に乗船して三宅島に向かい、翌10日05時ごろ同島に到着し、Tダイビングサービスで待機したのち、同サービスの案内で坪田漁港に待機中の信栄丸に乗船し、御蔵島沖合の遊泳海域に向かった。
発航に先立ってB代表者は、ツアー一行がいるかウォッチングは初めてであることを告げたが、TダイビングサービスからもA受審人からも、いるかウォッチングの要領や注意事項について指示や説明を受けず、相互に十分な打ち合わせを行わないまま遊泳海域に向かい、信栄丸が御蔵島北方海域において停留したとき、A受審人から左舷側にある昇降口から入水するように指示され、右舷側にいたC遊泳客らに同指示が伝わっていないことを知っていたが、ダイビングではいつも両舷から入水しており、右舷側から入水しても危険なことはないものと考え、同指示をC遊泳客らに周知しなかった。

一方、C遊泳客は、信栄丸が停留したとき、A受審人が昇降口を開放したのを知っていたが、同受審人やB代表者から入水場所についての指示がなかったことから、ダイビングの入水時と同様にどちらの舷から入水してもよいものと思い、ウェットスーツ、マスク、スノーケル及びフィンを装着し、自身を含め5人の遊泳客が海面を背にして右舷側ブルワークに腰をかけ、後方回転して一斉に入水するつもりで遊泳準備を整え、いるかを同船の左舷側に見ながら入水の指示を待った。
こうして、C遊泳客は、入水の指示を待っていたところ、09時30分少し前、見張り台上のA受審人から入水の指示があり、B代表者が昇降口から入水したのに続いて、右舷側から後方回転して入水し、海中で1回転して海面に浮上していたとき、信栄丸の船尾が急接近して右舷船尾船底部に頭が当たり、至近に回転中の推進器翼を認めたので、危険を感じて急いで同翼から遠ざかろうとしたが、及ばず、前示のとおり接触した。

その結果、C遊泳客は、約1箇月の入院加療を要する右大腿四頭筋断裂及び両下肢挫創などを負った。

(原因)
本件遊泳客負傷は、伊豆諸島御蔵島沖合において、遊泳によるいるかウォッチングを行うにあたり、遊泳客を入水させる際、遊泳客の安全に対する配慮が不十分で、左舷側にある昇降口とは反対舷の右舷側から入水した遊泳客に、惰性で回転中の推進器翼が接触したことによって発生したものである。


(受審人の所為)
受審人Aは、伊豆諸島御蔵島沖合において、遊泳によるいるかウォッチングを行うにあたり、遊泳客を左舷側にある昇降口から入水させる場合、入水後に前進惰力で左回頭して同客から船体を遠ざける操船方法を採るのであるから、遊泳客が右舷側から入水すると、同客に船体が接近して船体や推進器翼などが接触するおそれがあるので、各遊泳客に対して入水場所についての指示を徹底させるなど、遊泳客の安全に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、遊泳客の代表者に左舷側にある昇降口から入水するよう指示したので、同代表者から遊泳客全員に同指示が周知されたものと思い、同指示が遊泳客全員に周知されたか否かを同代表者に確認するなり、自ら各遊泳客に対して直接指示するなど、遊泳客の安全に対する配慮を

十分に行わなかった職務上の過失により、機関を中立にすると同時に入水の指示を出し、同代表者らが左舷側にある昇降口から入水したのに続いて、右舷側からも遊泳客が入水したことに気付かず、左舷側から入水した遊泳客から船体を遠ざけるため、前進惰力で左回頭したところ、船尾が右舷側から入水した遊泳客に急接近し、惰性で回転中の推進器翼が接触して右大腿四頭筋断裂などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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