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2000年(平成12年)

平成10年仙審第47号
    件名
漁船第五十一みつ丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成12年3月22日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

長谷川峯清、高橋昭雄、上野延之
    理事官
大本直宏

    受審人
A 職名:第五十一みつ丸船長 海技免状:三級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
左舷船首ボラード及びシフター等を損傷、機関長が、頸椎骨折で即死

    原因
被曳航索の係止方法不適切、乗組員に対する安全確保の指示不十分

    主文
本件乗組員死亡は、被曳航索の係止方法が適切でなかったことと、被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示が十分でなかったこととによって発生したものである。
受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年6月27日15時50分
青森県八戸港北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第五十一みつ丸
総トン数 125トン
登録長 29.25メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 691キロワット
3 事実の経過
(1) 船体及び上甲板配置
第五十一みつ丸(以下「みつ丸」という。)は、沖合底びき網漁業に従事する船首船橋型の鋼製漁船で、上甲板(以下「甲板」という。)の船首端から後方約5.6メートルに幅約4.3メートル長さ約2.9メートルの船橋楼、同楼の船尾側1.3メートルにトロールウインチ及び同楼前壁から前方に約3度の舷弧を有する船首甲板が配置されていた。
(2) トロールウインチ及び曳網索
トロールウインチ(以下「ウインチ」という。)は、ブレーキ力16トンの電動油圧駆動方式で、ワイヤリール(以下「リール」という。)が船尾向きに左右各1個配置され、各リールの船尾側にそれぞれ両端が軸受部で固定されたネジシャフトに取り付けたウインチ巻き込みロープ整列巻きシフター(以下「シフター」という。)が装備されていた。

曳網索は、直径56ミリメートル(以下「ミリ」という。)、破断力約37トン、最小曲げ半径約185ミリ及び1丸の長さ200メートルの伸縮性が小さく直線性状の強いコンパウンドロープ(以下「CPR」という。)で、左右各リールにそれぞれ10丸がシャックルやスプライスでつないで巻き込まれ、操業時期に合わせて新換えされていた。
(3) 船首部の主な甲板金物設置状況
船首甲板には、船橋楼前壁から船首方約0.8メートルで正船首尾線から左右各約1.8メートルの位置に左右各舷ボラード及び同船首方約2.1メートルの位置に幅約3.8メートル高さ約0.5メートルで船首端から両舷ブルワーク沿いに広がる船首ステージがあり、また、同線わずか左の高さ約1メートルの船首ブルワーク頂部に呼び径150のオープンチョック(以下「チョック」という。)及び同楼前壁わずか船首方の左右各舷ブルワークにムアリングホールを有するフェアリーダなどの甲板金物がそれぞれ設けられていた。なお、係留索をボラードからチョックに導くと、これら甲板金物の設置上の高低差により、同索が船首ステージ船尾側端に当たって屈曲するため、ボラード基部から巻き付けることができなかった。

(4) 船首ボラード
船首甲板の各ボラードは、それぞれブルワークに沿って同甲板に溶接された幅約300ミリ長さ約800ミリ高さ約100ミリ及び板厚7ミリで箱形の鋼製礎板上に、呼び径150A呼び厚さスケジュール80高さ約700ミリの圧力配管用炭素鋼鋼管製の係柱2本が約350ミリの間隔で、船尾側係柱が礎板に直角及び船首側係柱が船首方に約8度傾斜して溶接され、各係柱の頂部には直径185ミリ板厚8ミリで張り出し幅約10ミリの鋼製天板が同甲板に平行に取り付けられていた。また、各係柱の崩壊荷重は、礎板から100ミリの位置で約62.9トン、500ミリの位置で約12.6トン及び650ミリの位置で約9.7トンであった。
(5) 本件発生に至る経緯
みつ丸は、かけ廻し式沖合底びき網漁の目的で、A受審人、B指定海難関係人及び機関長Cほか9人が乗り組み、船首1.80メートル船尾3.80メートルの喫水をもって、平成9年6月27日03時00分八戸港を発し、同港北東方沖合の漁場に向かい、04時25分操業を開始した。

12時15分A受審人は、鮫角灯台から029度(真方位、以下同じ。)14.6海里の地点で揚網を行っているとき、貝殻が付着した投棄網がプロペラに纏絡(てんらく)し、絡網量が多過ぎて洋上での取り外しができず、航行不能と判断し、2ないし3海里離れて操業中の僚船第三新勝丸(以下「新勝丸」という。)(総トン数160トン、機関出力860キロワット。)に曳航を依頼し、B指定海難関係人に被曳航準備を行わせることとした。
B指定海難関係人は、長時間曳航される際には被曳航索を船橋楼などに大回しに取るという係止方法について聞いたことがあったが、今回は八戸港まで2ないし3時間の短時間のうえ、海上が平穏で船体の動揺もないので、同方法を採らなくても無難に曳航されるものと思い、被曳航索の係止方法について十分に検討しないまま、長さも強さも十分にあるCPRを被曳航索として船首ボラード(以下「ボラード」という。)に係止し、チョックを介して新勝丸に曳航されることとし、被曳航準備作業(以下「準備作業」という。)に取りかかった。

B指定海難関係人は、左舷側リールからCPRを繰り出して船首甲板に巻き重ね、最初のつなぎ目がシフターを通り過ぎたときに繰り出しを止め、同つなぎ目から長さ約30メートル先のCPRを、左舷ボラード係柱の基部から上方へ8の字状に巻き付けたところ、CPRの直線性状が強くてボラードに密着させることができなかったが、そのまま6段巻き付けて最上部の2段をセンニットで固縛し、同基部からチョックに斜めに導き、余分のCPRをウインチの横に巻き重ねて準備作業を終えた。
A受審人は、準備作業状況を見たとき、被曳航索がボラードに密着させて巻き付けられていなかったこと、ボラードからチョックに斜めに導かれていたこと及びCPRの半径がボラード天板の張り出し幅より大きかったことなどから、同索に曳航力がかかって緊張するとボラードの上方に向かってずれ上がり、同張り出しを越えて外れ、その衝撃でボラードを破損するおそれがある被曳航索の係止方法であったが、巻き付けたCPRの上2段をセンニットで固縛してあるから、ボラードから外れることはないものと思い、B指定海難関係人に対して被曳航索を船橋楼などの大型の固定物に大回しで巻き止めるなど同索の適切な係止方法について十分に指示しないまま、新勝丸の到着を待った。

15時25分A受審人は、鮫角灯台から036度16.3海里の地点で来援の新勝丸と会合し、同船が船尾左右各舷から伸出したワイヤロープに、被曳航索の先端をシャックルで連結し、全長約270メートルの曳航索となる綱取り作業を行ったのち、乗組員に対して被曳航中は危険なので船室内に入っているように指示し、B指定海難関係人と2人で船橋当直に就き、同時30分八戸港に向けて曳航され始め、同時40分同灯台から036度15.7海里の地点で、被曳航索のほぼ中央が海面下に潜って被曳航速力(以下「速力」という。)が6.0ノットに落ち着いたとき、針路を220度に定め、手動操舵で進行した。
15時48分B指定海難関係人は、纏絡網確認のため船尾に行って船橋に戻るとき、ウインチ後部の甲板上でシフターに注油作業を行っているC機関長を認め、被曳航中は危険だから注意するように声をかけたのち、船橋に戻ってA受審人に同機関長がウインチの後方に出てきていたことを伝えた。

15時49分A受審人は、操舵しながら振り返って船橋の船尾側窓越しにウインチ後部の甲板上で注油作業を行っているC機関長を認めたとき、ウインチ周辺は被曳航索が突然走出するなど不測の事態が発生するおそれのある危険な場所であったが、甲板上にいるので同事態が発生してもすぐに逃げることができると思い、同機関長に対し、同場所での作業を直ちに中止して安全な場所に退避するよう命じるなど、被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示を十分に行うことなく、その後同機関長がリールの上に移動して同作業を続けたことに気づかないまま、再び船首方の被曳航索を見ながら手動操舵に当たった。
このころ、曳航されて張力がかかった被曳航索は、次第にボラード上方に向かって巻き締められ、最上段が天板の張り出しを越えて外れ、下段の同索が一瞬緩んで上方に滑り、再び締まったときに衝撃的な力が発生した。その後、引き続き2段目及び3段目が外れて被曳航索がボラード礎板から高さ約500ミリの位置にずれ上がったとき、同索にかかった張力に同衝撃的な力が加わってボラード係柱の崩壊荷重を超え、船尾側係柱基部が曲損するとともに礎板溶接部を座屈させ、同係柱が船首方に倒壊した。この結果、被曳航索を固定する力が失われ、巻き重ねてあった余分のCPRが船首方に引っ張られ、大きな擦過音を発して船橋楼左舷外壁をこすりながらシフターのところまで走出し、ウインチのブレーキ力によって走出が止まった。

15時49分半A受審人は、大きな音を耳にしたとき、船尾側の窓越しに左舷側リール上に船首方を向いて立っているC機関長を認めるとともに、被曳航索が緊張してシフターがぎしぎしという音を発しているのを聞き、B指定海難関係人が同機関長に早く逃げろと叫んだが及ばず、15時50分鮫角灯台から035度14.3海里の地点において、シフターのネジシャフト両端の軸受部が破損し、シフターが船橋楼左舷後部方向に跳ね飛び、同リール上にいたC機関長の背中を直撃した。
当時、天候は曇で風はほとんどなく、海上は平穏であった。
A受審人は、直ちに無線電話で新勝丸に停船の連絡をしたのち、C機関長の救出に当たった。
その結果、みつ丸は左舷船首ボラード及びシフター等を損傷したが、のち修理された。また、C機関長(昭和23年10月3日生、四級海技士(機関)免状受有)は頸椎骨折で即死した。

その後みつ丸は、同じ被曳航索を両舷フェアリーダを通し、船首部外側を大回しにして船首前方で連結する係止方法に変更し、引き続き新勝丸に曳航されて19時30分八戸港に帰港した。

(原因に対する考察)
本件乗組員死亡は、底びき網操業中、投棄網がプロぺラに纏絡して航行不能となり、被曳航索として自船のCPRを使用し、同索を左舷ボラードに係止して僚船に曳航されている際、ボラードが倒壊してウインチから繰り出していた同索が走出し、シフターを破損して船首方に跳ね飛ばし、リール上で注油作業を行っていた乗組員を直撃して発生したものである。以下、倒壊したボラードの強度、被曳航索の係止方法及び被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示について検討する。
1 ボラードの強度
被曳航索を係止したボラードは、建造時に船舶所有者からの要望により作製された形状のものでJIS規格品ではなかったが、通常の係留に使用されることを想定して製作され、検査上の問題はなかった。
ボラード係柱の高さは、JIS規格の呼び径160では250ミリであるのに対し、みつ丸では700ミリと背の高い形状になっている。

同船のボラードの計算強度は次表のとおりとなる。
これによれば、ボラード係柱の曲げ許容荷重や崩壊荷重はJIS規格を上回るが、柱高が大きいために、張力がかかる高さによってボラード係柱基部における曲げモーメントが増大し、650ミリのボラード係柱上端部に水平力が作用するときには、曲げ許容荷重6.05トン、崩壊荷重9.67トンとなり、いずれも新勝丸の約11トンの曳航力以下に減少する。
直径56ミリのCPRがボラード係柱の礎板上350ミリの位置にあるときには、曲げ許容荷重11.23トンで新勝丸の曳航力と均衡するが、500ミリの位置では曲げ許容荷重7.86トン、崩壊荷重12.58トンであり、被曳航索に衝撃的な力が作用する場合には、同索にかかる曳航力に加わって崩壊荷重を超えてしまうことが推測される。
以上のことから、新勝丸の曳航力が、ボラード係柱中央部の礎板上350ミリ以下の位置にかかっていれば、ボラードが倒壊することはなかったものと認められることから、ボラードの強度については本件発生の原因とは認められない。

2 被曳航索の係止方法
被曳航索として使用されたCPRは、伸縮性が小さく直線性状が強いので、ボラード係柱に密着させて巻き付けることができず、ボラードに巻き付けたCPRの上2段をセンニットで固縛したものの、CPRとボラード係柱との接触が悪く、十分な摩擦力が得られず、曳航力を受けて滑る可能性があった。また、甲板金物の配置上、チョックからボラード係柱基部までかなりの下り傾斜をなしており、更に船首ステージ後端部に接触して屈曲していたことから、被曳航索が曳航力を受け、ボラードに巻き付けられた最下部のCPRが締まり始めると、上部数段のCPRは十分な摩擦力を持たないので上方へのずれを抑えることができず、下段のCPRに押し上げられる形で上方にずれ、ボラード係柱天板の張り出し幅9.9ミリがCPRの半径26ミリより小さかったことから、最上部のCPRが同張り出しを越えて外れ、一瞬緩んで滑ったCPRが再び締まるときに衝撃的な力が発生した。しかし、この時点では、曳航力に衝撃力が加わった被曳航索の張力は、ボラード係柱の崩壊荷重を超えることはなかったが、引き続き2段目及び3段目のCPRが外れ、同索がボラード礎板から高さ約500ミリの位置に来たとき、同係柱の崩壊荷重を超えたものと認められる。その結果、ボラードが倒壊して被曳航索を固定する力が失われ、ウインチ左舷船尾側に巻き重ねていた余分のCPRが船首方に走出し、ウインチのブレーキ力で一時的に走出が止まったものの、曳航力が直接シフターに作用して同シフターの破損を招いたものと認められる。
以上のことから、被曳航索をボラードに係止する際、直線性状の強いCPRをボラードに密着させて巻き付けることができなかったこと及びセンニットで上2段のCPRを固縛したものの、曳航力がかかってCPRが締まると同時に上方に向かってずれ始め、天板の張り出しを越えて外れたときに衝撃的な力が発生し、曳航力に同衝撃的な力が加わってボラードの倒壊を招いたものと認められることから、被曳航索を船橋楼などの大型の固定物に大回しで巻き止めるなど適切な係止方法を採らなかったことは、本件発生の原因となる。

3 被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示
A受審人が、被曳航に先立って乗組員に対し、被曳航中は危険なので船内に入っているように指示したものの、纏絡網の確認から操舵室に戻ってきたB指定海難関係人からC機関長がウインチの後方に出てきていたことを聞き、操舵しながら振り返って船尾側の窓越しに同機関長がウインチ後部の甲板上でシフターに注油作業を行っているのを認めた際、ウインチ周辺が同ウインチから繰り出していた被曳航索が突然走出するなど不測の事態が発生するおそれがある危険な場所であったのに、同機関長に対して被曳航索付近の危険な場所での作業を直ちに中止して安全な場所に退避するよう命じず、被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。


(原因)
本件乗組員死亡は、八戸港北東方沖合において、底びき網操業中に投棄網がプロペラに纏絡して自力航行不能となり、CPRを被曳航索として僚船に曳航される際、同索の係止方法が不適切で、被曳航索がボラードから外れた衝撃でボラードが倒壊したことと、被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示が不十分で、走出した被曳航索によって破損したシフターが同作業中の乗組員を直撃したこととによって発生したものである。
被曳航時の運航が適切でなかったのは、船長が、漁撈長に対して適切な被曳航索の係止方法について十分に指示しなかったこと及び機関長に対して被曳航中の安全確保のための指示を十分に行わなかったことと、漁撈長が、被曳航索の係止方法を適切に行わなかったこと並びに機関長が、被曳航中に被曳航索付近の危険な場所で作業を行ったこととによるものである。


(受審人等の所為)
A受審人は、八戸港北東方沖合において、僚船に曳航されて航行中、被曳航索を繰り出していたウインチのシフターに注油作業を行っている機関長を認めた場合、ウインチ周辺の同索付近は突然被曳航索が走出するなど不測の事態が発生するおそれがある危険な場所であったから、同機関長に対して、同場所での作業を直ちに中止して安全な場所に退避するよう命じるなど、被曳航中に甲板作業に従事する乗組員に対する安全確保のための指示を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、甲板上にいるから、被曳航索が突然走出してもすぐに逃げることができるものと思い、同機関長に対して被曳航中の安全確保のための指示を十分に行わなかった職務上の過失により、突然走出した被曳航索がシフターを破損し、跳ね飛んだ同シフターが同機関長を直撃して死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、八戸港北東方沖合において、僚船に曳航されるにあたり、被曳航索としたCPRをボラードに密着した状態で巻き付けることができなかった際、同索を船橋楼などの大型の固定物に大回しで巻き止めるなど被曳航索の係止方法を適切に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告しない。


よって主文のとおり裁決する。






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