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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年7月25日07時55分 北海道宗谷岬東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八十八正憲丸 総トン数 124.36トン 全長 38.30メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
753キロワット 3 事実の経過 第八十八正憲丸(以下「正憲丸」という。)は、主としてオッタートロール式沖合底びき網漁業に従事する2層甲板型の鋼製漁船で、推進器として可変ピッチプロペラ1個を備え、上層の甲板上には、前部に船首楼、船橋及びトロールウインチが設けられ、中央部にマスト、漁ろうブーム及びウインチが配置され、トロールウインチの後部から船尾端まで約24メートルの漁ろう甲板となっており、船尾端にギャロースが立ち、上甲板の船尾中央部は後方に傾斜して長さ約4メートル幅約2.5メートルのスリップウェイとなり、スリップウェイ前部両舷側から漁ろうウインチ内側の間に高さ約70センチメートルのインナーブルワークが設けられていた。 スリップウェイ外側両舷側の漁ろう甲板にはオッターボード作業台(以下「作業台」という。)が設けられ、同甲板後端とスリップウェイ前端との間には、横ローラが上下に各1本設けられ、作業台の両舷側外側のブルワークには、その後端から約2.5メートル前方にムアリングホール1個が開口されており、その付近甲板上にビットが2本設置され、作業台後端には高さ3.3メートルのギャロース支柱が立てられ、その上部ビーム内側には、オッターボードを引き揚げるトップローラが取り付けられていた。 オッターボードは、縦約3メートル横約2メートル空中重量約1.6トンの翼型の鋼製開口板で、前面中央部にはブライドル及びトーイングチェーンが取り付けられ、オッターボードの後縁の上端及び下端に直径18ミリメートル長さ約18メートルのオッターペンダントワイヤロープ(以下「オッターペンダント」という。)が取り付けられ、オッターボードの後縁に振れ止めチェーンを連結するアイピース1個が取り付けられ、直径18ミリメートル長さ約23メートルの遊びワイヤロープ(以下「遊びワイヤ」という。)の前端とえい網索の後端がトーイングチェーンと連結し、遊びワイヤの後端が直径18ミリメートル長さ約48メートルの網手綱の前端に、その後端が網ペンダントにそれぞれ連結され、網手綱に8型リングの一方が通され、他方に上下オッターペンダントがオタフクシャックルにより連結されていた。 この8型リングは、網手綱に通されて前後に移動し、投網及びえい網時には、遊びワイヤと網手綱の連結部のエンドリンクに移動を止められて網手綱の張力をオッターペンダントにかけ、揚網時には、遊びワイヤ及び網手綱を巻き込むと、網手綱の後端と網ペンダントとの連結部のスイべルに移動して止まり、これがスリップウェイから漁ろう甲板に引き揚げられたとき、担当作業員によりオッターペンダントが取り外されるもので、遊びワイヤと組み合わせて、オッターペンダントの連結及び取り外し作業を迅速に行うための付属品であった。 揚網作業は、トロールウインチの直径22ミリメートルのえい網索で底びき網を船尾付近まで引き寄せ、えい網索に連結しているオッターボードをギャロースのトップローラ一杯に引き揚げ、作業台にオッターボードストッパーをとって、トップローラに吊り下げ、オッターボードにとった振れ止めチェーンをムアリングホールを通してビットに係止し、トーイングチェーンからえい網索を外してトーイングチェーンに連結されている遊びワイヤをえい網索に連結してスリップウェイに落とし、遊びワイヤ及び網手綱を巻き込んで、網手綱に通されている8型リングがスリップウェイから揚がってきたら、8型リングからオッターペンダントを取り外して漁ろう甲板に取り込み、その後網手綱を巻いて底びき網を同甲板に引き揚げ、漁獲物を同甲板下前部下方の漁獲物処理場に落とし込むもので、B受審人は操舵室後面窓際でトロールウインチの操作と揚網作業全般の指揮に当たっていた。 網手綱からオッターペンダントを取り外す作業は、網手綱を巻き込んで8型リングがスリップウェイの横ローラを越えて漁ろう甲板に揚がってきたら、網手綱の巻き込みを一時停止し、ワイヤストロップを上下オッターペンダントに回し掛けしてインナーブルワーク外側に振り出しておいた漁ろうブームのカーゴフックに掛け、上下オッターペンダントのオタフクシャックルを8型リングから取り外したのち、カーゴフックで吊り揚げて作業台とその前部の漁ろう甲板上に係止するものであった。 ところで、B受審人は、上下オッターペンダントを8型リングから取り外す作業を乗組員に行わせる際、8型リングが網手綱と網ペンダントとの連結部のスイべルまで移動して止まり、同連結部が巻き込まれて網手綱とオッターボードに係止されているオッターペンダントが緊張するので、同連結部付近及び上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入ると網手綱やオッターペンダントに打たれるおそれがあった。しかし、同受審人は、これまで8型リングが同連結部に移動する手前でスリップウェイから揚がり、8型リングが同連結部で止まる前に同作業が終了していたことから、危険はないものと思い、安全に作業できるよう、網手綱の巻き込みを一時停止することなく、網手綱の巻き込みを続けながら同作業を行わせていた。 A受審人は、B受審人が網手綱を巻き込みながら乗組員に上下オッターペンダントを8型リングから取り外す作業を行わせており、乗組員が網手綱と網ペンダントの連結部及び上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入ると緊張した網手綱やオッターペンダントに打たれるおそれがあることを知っていた。しかし、A受審人は、B受審人が漁ろう作業指揮の経験が豊富であったことから、任せていても大丈夫と思い、B受審人に対し、安全に作業できるよう、網手綱の巻き込みを一時停止するなどの安全指導を十分に行うことなく、揚網作業の指揮を執らせていた。 こうして、正憲丸は、安全担当者を兼ねるA受審人、B受審人、C指定海難関係人ほか13人が乗り組み、船首1.5メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成9年7月25日03時30分稚内港を出港し、05時10分宗谷岬東方沖合15海里ばかりの漁場に至って操業を開始した。 A受審人は、07時26分第2回目の投網を行い、えい網索を約350メートル延出して南方にえい網し、同時45分宗谷岬灯台から090度(真方位、以下同じ。)15.5海里ばかりに達したとき、針路を180度に定め、機関を回転数毎分650にかけ、プロペラ翼角を前進3度の微速力とし、2.0ノットの対地速力で手動操舵により進行し、えい網索が平行に揚がってくるよう、時々操舵室左舷側の窓からスリップウェイを見ながら保針に当たって揚網作業を開始した。 定針後B受審人は、操舵室後部のトロールウインチ操作盤の前の高い椅子に船尾方を向いて腰を掛けて揚網作業の指揮に当たり、C指定海難関係人と乗組員10人を漁ろう甲板上に配置し、オッターボードのトーイングチェーンをギャロースのトップローラ一杯まで引き揚げさせ、作業台にオッターボードストッパーをとらせてギャロースに吊り下げさせたのち07時51分A受審人に要請して投網地点に向け徐々に左回頭を行わせ、07時53分360度に転針させて前示対地速力で揚網作業を続けて網手綱の巻き込みを停止し、遊びワイヤを網手綱に連結させてスリップウェイに落とし込んだのち毎分約40メートルの巻き揚げ速力で遊びワイヤの巻き込みを開始した。 C指定海難関係人は、07時53分少し過ぎ、左舷側トロールウインチ後方に立ち、作業の監視と操舵室後部のB受審人に対する網手綱の巻き込み操作の合図に当たり、甲板員Dをオッターペンダント取り外し作業のため横ローラの左舷側少し前方に待機させ、操機長Eをオッターボードの振れ止めチェーンを取る作業に就かせた。 07時54分D甲板員は、8型リングが横ローラを越えて揚がってきたので、網手綱からオッターペンダントの取り外し作業を開始した。 C指定海難関係人は、07時54分少し過ぎ、D甲板員が網手綱の8型リングからオッターペンダントを取り外すことができないまま網手綱が巻き込まれ、やがて同リングが揚がってきた網ペンダントの連結部のスイべルのところに移動して止まったが、前方のトロールウインチのドラムに巻き込まれていく網手綱の状況に気をとられ、後方のオッターペンダントを取り外す作業の監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かず、巻き込まれていく同連結部付近にいたD甲板員と振れ止めチェーンをビットに係止する作業を終えて網巻き用ロープを準備するため漁ろうウインチの方に歩き始め、上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入ろうとしているE操機長を退避させなかった。 B受審人は、網手綱の巻き込みを続けていたところ、07時55分少し前、D甲板員が両手を上げて巻き込み停止の合図をしたのを見て、初めてオッターペンダントが強く緊張していることに気付いて、急ぎトロールウインチの遠隔操作レバーを停止としたが、巻き戻しができない状態になり、オッターペンダントが更に緊張してカーゴフックに掛けているワイヤストロップのところまで急激に持ち上がり、07時55分宗谷岬灯台から090度15.5海里の地点において、D甲板員が緊張してはね上がった網手綱により左腕を打たれ、上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入っていたE操機長が右足をオッターペンダントに挟まれて宙吊りとなった。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は平穏であった。 C指定海難関係人は、E操機長の悲鳴を聞いて後方を振り向き、初めて本件発生を知り、大声で操舵室のA受審人に知らせながらトロールウインチ前部に駆け寄って手動操作レバーで網手綱を巻き戻し、宙吊りとなったE操機長を漁ろう甲板に降下した。 その後A受審人は、他の乗組員とともにD甲板員及びE操機長に応急手当を施し、急ぎ揚網作業を終えて稚内港に帰港して負傷した両人を病院に搬送した。 その結果、D甲板員は、左上腕骨内顆剥離性骨折を負い、約5箇月間の治療を受け、E操機長は、右下腿開放骨折、右膝下裂傷などを負って右大腿切断手術を受け、約1年間の治療を要した。
(原因) 本件乗組員負傷は、北海道宗谷岬東方沖合において、オッタートロール式沖合底びき網の揚網中、乗組員をトロールウインチで網手綱を巻き込んで網手綱の8型リングに連結された上下オッターペンダントを取り外す作業に従事させるにあたり、船長の漁ろう長に対する安全指導が不十分で、トロールウインチによる網手綱の巻き込みが一時停止されないままオッターペンダント取り外し作業が行われたことと、同作業の監視が不十分で、巻き込まれていく網手綱と網ペンダントの連結部のスイべルに8型リングの移動が止められた際、緊張した網手綱の同連結部付近でオッターペンダントを取り外す作業をしていた乗組員と上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入った乗組員を退避させなかったこととにより、オッターペンダントを8型リングから取り外そうとしていた乗組員の左腕に緊張した網手綱が打ち当たり、上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入った乗組員が緊張したオッターペンダントに右足を挟まれたことによって発生したものである。 揚網作業の安全指導が適切でなかったのは、船長が、漁ろう長に対し、乗組員をトロールウインチで網手綱を巻き込んで、その8型リングに連結された上下オッターペンダントの取り外し作業に従事させる際、網手綱の巻き込みを一時停止するよう指導しなかったことと、漁ろう長が、乗組員に同作業を行わせる際、網手綱の巻き込みを一時停止しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、安全担当者として、宗谷岬東方沖合において、オッタートロール式沖合底びき網の揚網中、乗組員をトロールウインチで網手綱を巻き込んで網手綱に一方を通された8型リングの他方に連結された上下オッターペンダントを取り外す作業に従事させる場合、揚網作業の指揮に当たる漁ろう長に対し、網手綱を巻き込みながら同作業を行うのは危険であるから、網手綱の巻き込みを一時停止するよう安全指導を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、漁ろう長は漁ろう作業指揮の経験が豊富であったことから、任せていても大丈夫と思い、安全に作業ができるよう、網手綱の巻き込みを一時停止するなどの安全指導を十分に行わなかった職務上の過失により、網手綱と網ペンダントの連結部のスイべルに8型リングの移動が止められた 際、オッターペンダントを8型リングから取り外す作業をしていた乗組員が緊張してはね上った網手綱に左腕を打たれて左上腕骨内顆剥離性骨折を負わせ、上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入った乗組員が緊張したオッターペンダントに右足を挟まれ、右下腿開放骨折、右膝下裂傷などを負わせて右大腿切断手術を受けさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、宗谷岬東方沖合において、オッタートロール式沖合底びき網の揚網中、乗組員をトロールウインチで網手綱を巻き込んで網手綱に一方を通された8型リングの他方に連結された上下オッターペンダントを取り外す作業に従事させる場合、網手綱を巻き込みながら同作業を行うのは危険であるから、安全に作業ができるよう、網手綱の巻き込みを一時停止すべき注意義務があった。ところが、同受審人は、これまで8型リングが同連結部に移動する手前でスリップウェイから揚がり、8型リングが同連結部で止まる前に同作業が終了していたことから、危険はないものと思い、網手綱の巻き込みを一時停止しなかった職務上の過失により、網手綱と網ペンダントの連結部のスイべルに8型リングの移動が止められた際、オッターペンダントを8型リングから取り外す作業をしていた乗組員が緊張してはね上った網手綱に左腕を打たれ、上下オッターペンダントの間の危険な場所に立ち入った乗組員がオッターペンダントに右足を挟まれて前示の傷害を負わせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C指定海難関係人が、宗谷岬東方沖合において、オッタートロール式沖合底びき網の揚網中、トロールウインチで網手綱を巻き込んで網手綱の8型リングに連結された上下オッターペンダントを取り外す作業の監視に当たる際、同作業の監視が不十分で、巻き込まれていく網手綱と網ペンダントの連結部のスイべルに8型リングの移動が止められたとき、緊張した網手綱の同連結部付近でオッターペンダント取り外し作業をしていた乗組員とオッターペンダントの間の危険な場所に立ち入った乗組員を退避させなかったことは、本件発生の原因となる。 C指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |