|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年2月2日03時30分 千島列島幌筵(ぱらむしる)島東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五十一龍房丸 総トン数 279トン 全長 59.18メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,912キロワット 3 事実の経過 第五十一龍房丸(以下「龍房丸」という。)は、昭和61年12月に建造され、主としてオッタートロール式沖合底びき網漁業に従事する2層甲板型鋼製漁船で、推進器として可変ピッチプロペラ1個を備え、前部の船楼甲板に船橋、上甲板中央部にトロールウインチが設けられ、その後部から船尾にかけて長い漁ろう甲板となっており、船尾端から前方15.7メートルにマスト、漁ろうブーム及びウインチが配置され、船尾中央部は後方に傾斜して幅3.2メートルのスリップウェイとなり、上甲板の後端に高さ3.4メートルのギャロースが設けられていた。 スリップウェイ両舷側の長さ約5メートル幅約3.2メートルの上甲板上には、高さ約0.6メートルのオッターボード作業甲板(以下「作業甲板」という。)が設けられ、両舷側ブルワークの同甲板上の高さは両舷側が約1.4メートル、内側及び後端のブルワークの高さが約0.6メートルで、同甲板後端外側の角部にギャロースの支柱が立ち、その上部ビーム内側には、オッターボードを引き上げるトップローラが取り付けられ、ギャロースの支柱基部前面に接して長さ約0.3メートル高さ約0.4メートル幅約0.4メートルの鋼製物入れが設置されていた。 作業甲板両舷側外側のブルワークには、その後端から前方に約1.5メートル高さ約1メートルのところに直径約30センチメートル(以下「センチ」という。)のムアリングホール1個が開口され、その前方0.6メートルのところに厚さ5ミリメートル(以下「ミリ」という。)のムアリングホール1個が開口され、その前方の鋼板製ブルワーク支柱が立てられ、そのフランジの高さ0.8メートルのところにアイプレートが溶接され、これにシーブ直径200ミリの滑車が取り付けられており、同支柱上部から前方に延びる横スティフナ上の30センチ前方に固定式ペリカンフックが設けられていた。 オッターボードは、縦約3メートル横約2メートルの空中重量約4トンの翼型の鋼製開口板で、その後縁の上方にオッターボードの振れ止めチェーンを連結するアイピース1個及びその下方にオッターボードを引き付けて係止するワイヤストロップ(以下「係止用三叉ワイヤストロップ」という。)を連結するアイピース1個が取り付けられていた。 この係止用三叉ワイヤストロップは、直径18ミリで長さ約1.5メートルのオッターボード用フック付きワイヤストロップ、長さ約2メートルの引き付け用アイ付きワイヤストロップ及び長さ約1メートルの固定式ペリカンフック用アイ付きワイヤストロップの3本を連結したものであった。 揚網作業は、トロールウインチのえい網索で底びき網を船尾付近まで引き寄せ、オッターボードをギャロースのトップローラ一杯に引き上げ、上甲板にオッターボードストッパーをとったのち、えい網索を網の手綱に取り替えてオッターボード付属のワイヤロープ類を取り外し、続いて手綱で底びき網を漁ろう甲板に揚げる一方、オッターボードを次の投網に備えて前示振れ止めチェーン及び前示係止用三叉ワイヤストロップにより係止するもので、B受審人は操舵室内の後面窓際でトロールウインチの操作と揚網作業全般の指揮に当たっていた。 オッターボードの係止作業は、振れ止めチェーンを作業甲板前部の固定式ペリカンフックに同チェーンの一端を掛け、ムアリングホールを通してオッターボード後縁上部のアイピースに取り付けたのち、係止用三叉ワイヤストロップのフック付きワイヤストロップをムアリングホールを通して、オッターボード後縁下部のアイピースに掛け、引き付け用アイ付きワイヤストロップをブルワーク支柱フランジに取り付けた滑車を通してそのアイをスリップウェイ前部中央に振り出した反対舷側の漁ろうブームのカーゴフックに掛け、これを斜め前方に引いて緊張させたのち、固定式ペリカンフック用アイ付きワイヤストロップのアイを同ペリカンフックに掛けるものであった。 ところで、係止用三叉ワイヤストロップの滑車取り付け用アイプレートが溶接されているブルワーク支柱フランジは、建造後一度も補強されておらず、腐食が進行して、肉厚が薄くなっており、滑車に強い力がかかると同支柱フランジが破断するおそれがあった。しかし、A受審人は、フランジ外側に腐食が認められないことから内側が腐食することはあるまいと思い、オッターボード係止用三叉ワイヤストロップ滑車取り付け用アイプレートが溶接されているブルワーク支柱フランジの内側の点検を十分に行わなかったので、同支柱フランジ内側が腐食衰耗していることに気付かず、同フランジを補強することなく操業を続けていた。 龍房丸は、A受審人、B受審人、C指定海難関係人ほか18人が乗り組み、船首4.0メートル船尾6.0メートルの喫水をもって、平成10年1月24日12時50分釧路港を発し、千島列島幌筵島南方沖合40海里ばかりの漁場に向かい、同月26日14時ごろ同漁場に至って操業を開始し、その後同島南方から東方沖合にかけて操業を続けた。 A受審人は、2月1日15時00分北緯50度08.0分東経156度26.0分の地点で投網を開始し、その後北東方に向けえい網したのち、翌2日03時00分北緯50度15.5分東経156度40.0分の地点に達したとき、針路を真方位050度に定め、機関を回転数毎分290にかけ、プロペラの翼角を5度の微速力前進とし、1.0ノットの対地速力で進行しながら揚網作業を開始した。 A受審人は、揚網作業を開始したとき、作業灯を主マストに6個、船橋後部に4個、トロールウインチに4個、ギャロースに4個のほか、後部マスト上方に漁ろう甲板の前方及び後方を照明する水銀灯を2個点灯して手動操舵とプロペラ翼角の操作に当たった。 B受審人は、操舵室内後部のトロールウインチ操作盤の前に船尾方を向いて立って揚網作業の指揮に当たり、C指定海難関係人と乗組員13人に雨合羽、ゴム長靴、ヘルメット、作業用救命衣を着用させ、左右両舷の2組に分け、平素の手順どおり、網を船尾に引き寄せ、オッターボードをギャロースに引き上げてえい網索を網の手綱と取り替え、03時25分オッターボード係止作業を開始した。 C指定海難関係人は、船尾左舷側の作業甲板に赴いて揚網作業の監視に当たり、甲板員Dを係止用三叉ワイヤストロップの引き付け用ワイヤストロップ巻き取りの合図と固定式ペリカンフック用ワイヤストロップのアイを掛ける作業に就かせた。 D甲板員は、左舷作業甲板で引き付け用ワイヤストロップが通る滑車から20センチばかり内側に左舷方を向いて立ち、03時27分右コンパニオン上で中央部右舷側のウインチの操作に当たっている甲板員に合図して引き付け用ワイヤストロップの巻き取りを開始した。 ところで、D甲板員は、いか釣り漁船に乗り組んでいたところ、平成9年1月16日龍房丸に司厨長として乗り組み、同年9月30日下船したあと、10月31日から甲板員として同船に乗り組んだので、沖合底びき網の漁ろう作業の経験が浅く、オッターボード係止作業に就くのは初めてであった。 B受審人は、乗組員を前示作業に就かせる際、作業甲板で監視をするC指定海難関係人に対し、係止用三叉ワイヤストロップが滑車のところで屈曲して緊張するので乗組員が同滑車至近に立っていると、ウインチにより緊張した係止用三叉ワイヤストロップが切断したり、滑車が外れたりした際、これらにより頭部を直撃されるおそれがあった。しかし、B受審人は、これまで他の乗組員が係止用三叉ワイヤストロップ内側の危険な区域に立ち入らなかったことから大丈夫と思い、C指定海難関係人に対して経験の浅い甲板員を危険な区域に立ち入らせることのないよう安全指導を十分に行うことなく前示作業に就かせた。 こうして、D甲板員は、引き付け用ワイヤストロップを巻かせたが、固定式ペリカンフック用ワイヤストロップのアイがペリカンフックまで40センチとなったとき、緩んでいた同ワイヤストロップが巻いていた引き付け用ワイヤストロップに絡んだので、合図して巻くのを停止させ、その絡みを解き、同10年2月2日03時30分少し前、同屈曲部内側の滑車至近の危険な場所に立ったまま巻き取っていた係止用三叉ワイヤストロップに左手をかけ、再び右手を上げて同ワイヤストロップを巻く合図をした。 C指定海難関係人は、左舷作業甲板の船尾端近くのスリップウェイ側に立ち、後方を向いて、スリップウェイから揚がってくる底びき網の状況に気を取られていたので、D甲板員が係止用三叉ワイヤストロップ屈曲部内側の鋼製滑車至近の危険な場所に立っていることに気付かず、D甲板員を安全な場所に退避させないでいるうち、D甲板員が更に20センチばかり引き付け用ワイヤストロップを巻かせたところ、03時30分北緯50度16.0分、東経156度40.5分の地点において、ブルワーク支柱フランジの滑車取り付け用アイプレート溶接箇所が、突然破断し、取り付けていた鋼製滑車がD甲板員の右頭部を直撃し、同甲板員は船尾方に押し倒され、ギャロース支柱前面の鋼製物入れに尻もちをついたまま意識不明となった。 当時、天候は曇で風力7の北北西風が吹き、海上は風波が高かった。 A受審人は、C指定海難関係人の報告で本件発生を知り、D甲板員(昭和23年12月9日生)に応急手当を施して急ぎ揚網作業を終え、塩釜港に帰港した。 その結果、同甲板員は病院に運ばれたが、既に脳挫傷により死亡していた。
(原因) 本件乗組員死亡は、夜間、千島列島幌筵島東方沖合において、オッタートロール式沖合底びき網の揚網中、乗組員にオッターボード係止作業を行わせるにあたり、オッターボード係止用三叉ワイヤストロップ滑車取り付け用アイプレートが溶接されているブルワーク支柱フランジ内側の点検が不十分で、腐食衰耗した同支柱フランジの同アイプレート溶接箇所が同作業中に破断したことと、操業指揮者の乗組員に対する安全指導が不十分で、乗組員が、滑車により屈曲した同係止用三叉ワイヤストロップの内側の危険な区域に立ち入って作業し、同支柱フランジから脱落した滑車に頭部を直撃されたこととによって発生したものである。 乗組員に対する安全指導が十分でなかったのは、操業の指揮をとる漁労長が、オッターボード作業甲板でオッターボード係止作業の監視にあたる甲板長に対し、経験の浅い甲板員を滑車により屈曲した同係止用三叉ワイヤストロップの内側の危険な区域に立ち入らせないよう指導していなかったことと、甲板長が、前示の危険な区域に立ち入って作業している甲板員を安全な場所に退避させなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、オッタートロール式沖合底びき網の揚網中、乗組員にオッターボード係止作業を行わせる場合、オッターボード係止用三叉ワイヤストロップ滑車取り付け用アイプレートが溶接されているブルワーク支柱フランジ内側が腐食衰耗して破断するおそれがあったから、同支柱フランジ内側の腐食衰耗状態を十分に点検すべき注意義務があった。ところが、A受審人は、同支柱のフランジ外側に腐食が認められないことから、その内側が腐食衰耗することはあるまいと思い、ブルワーク支柱フランジ内側の腐食衰耗状態を十分に点検しなかった職務上の過失により、同フランジ内側が腐食衰耗していることに気付かないまま乗組員を同係止作業に就かせ、同支柱フランジの同アイプレート溶接箇所が同作業中に破断し、係止用三叉ワイヤストロップの内側の危険な区域に立ち入った乗組員が同支柱フランジから脱落した滑車に頭部を直撃されて死亡させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、夜間、千島列島幌筵島東方沖合において、オッタートロール式沖合底びき網の揚網作業の指揮をとる場合、オッターボード作業甲板でオッターボード係止作業を監視するC指定海難関係人に対し、滑車により屈曲した係止用三叉ワイヤストロップの内側に立つとウインチにより緊張した同ワイヤストロップが切断したり、滑車が外れたりした際、これらにより頭部を直撃されるおそれがあったから、経験の浅い乗組員を屈曲した同ワイヤストロップの内側の危険な区域に立ち入らせないよう、安全指導を十分に行うべき注意義務があった。ところが、B受審人は、これまで他の乗組員が同ワイヤストロップ内側の危険な区域に立ち入らなかったことから大丈夫と思い、C指定海難関係人に対して経験の浅い甲板員を危険な区域に立ち入らせることのないよう、安全指導を十分に行わなかった職務上の過失により、C指定海難関係人が、危険な区域に立ち入っていた同甲板員を安全な場所に退避させることができず、同甲板員を前示のとおり死亡させるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C指定海難関係人が、夜間、千島列島幌筵島東方沖合において、乗組員のオッターボード係止作業の監視を行う際、滑車により屈曲した係止用三叉ワイヤストロップ内側の危険な場所で作業している経験の浅い甲板員を安全な場所に退避させなかったことは、本件発生の原因となる。 C指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |