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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年10月31日02時30分ごろ 福岡県芦屋港北方沖合 2 船舶の要目 船種船名
遊漁船報徳丸 総トン数 4.6トン 登録長 11.20メートル 幅 2.49メートル 深さ
0.89メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
154キロワット 3 事実の経過 報徳丸は、昭和59年1月に進水した、全長約13.8メートルの一層甲板型のFRP製小型遊漁兼用船で、甲板上には船体中央部に船室囲壁に続いて操舵室が配置され、操舵室後方は船尾甲板となっており、甲板の周囲が高さ50センチメートルのブルワークで囲われ、ブルワークの船尾中央頂部に木製の船尾マストが備えられていた。 操舵室は、前部に操縦スタンドが設けられ、同スタンド右舷後方に操縦席が、その後方に便所がそれぞれ設置され、同室左舷側は通路となっており、通路後方の出入口に引戸が設けられていた。 また、船尾甲板は、長さ2.95メートル幅2.40メートルで、その床面はFRP仕上げとなっており、船尾端には長さ0.74メートル幅1.00メートルにわたり木製の踏み板が置かれていた。 A受審人は、昭和60年3月に報徳丸を中古で購入し、会社勤めの傍ら、休日などに1人で海釣りに出掛けたり、遊漁で友人を乗せたりするほか、一般の釣客も乗船させており、その際、初めての乗船者に対しては救命胴衣の収納箇所や航走中、船べりに立たないことなどの安全について具体的な説明と指導を行うとともに、乗船中の注意事項を記載した注意書を操舵室出入口の引戸に張っていたものの、2回ないし3回以上の乗船者には安全についての指導を行わず、また同注意書も風雨でいつしか失われていたが、そのままの状態として年間当たり20回ほどの釣りを行っていた。 ところで、A受審人は、釣り場などで主機を停止して漂泊中、乗船者が小用をするときは、便所使用によるバッテリーの過放電を懸念し、船尾端の踏み板上の船べりで、片手で船尾マストに掴(つか)まりながら行わせていたが、航走中は、船体動揺による転落の危険性を考慮し、便所を使用させていた。 A受審人は、平成10年10月30日17時過ぎ職場の同僚で、釣り仲間でもあるBほか6人の釣客を乗せ、いか釣りの遊漁に出掛けることとしたが、出港する際、いままで何回も乗船している仲間同士で、船に慣れているので言うまでもないものと思い、同釣客に対し、航走中、船べりに立たないよう指示することなく、出港準備にかかった。 報徳丸は、船首0.5メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、17時40分関門港小倉区の定係地を発し、筑前大島北方沖合の釣り場に向かい、19時ごろ同釣り場に至って釣りを行っていたところ、翌31日00時過ぎ雨に遭遇して釣客がぬれたり、船酔いをする釣客も現れ、また釣果もはかばかしくなかったことから、01時30分ごろ釣りを打ち切り、02時05分同釣り場を発し、帰途についた。 発航後、A受審人は、釣客を船室内で休ませ、操縦席で操船に当たり、02時10分ごろ船室から操縦席横に出て来たB釣客と会話を交わし、その後同釣客が便所の前で立ち止まっていることに気付き、座って休むよう言葉をかけたのち、引き続き主機を回転数毎分2,200にかけ、約19ノットの全速力前進として進行した。 こうして、報徳丸は、右舷後方からの風と波を受け、片舷5度ほどローリングをしながら航走中、カッパのズボンを着用して長靴を履いたB釣客が、A受審人に断らずに操舵室から船尾甲板に出て、ぬれた状態の船尾端の踏み板上で小用をしようとしたとき、船体の動揺で身体の平衡を失い、02時30分ごろ妙見埼灯台から真方位327度9.2海里の地点において、海中に転落した。 当時、天候は晴で風力3の西南西風が吹き、海上には波高約1メートルの波浪があった。 A受審人は、B釣客(昭和15年8月27日生)が海中に転落したことに気付かないまま航行を続け、03時30分ごろ定係地に帰港して初めて同釣客が行方不明となっていることが分かり、直ちに海上保安部に通報し、同保安部の巡視艇などと一緒に捜索にあたり、13時ごろ前示灯台の北西方約15.5海里の海上において、漂流している同釣客を発見し、報徳丸に遺体で収容し、のち同釣客は溺死と検案された。
(原因) 本件釣客死亡は、関門港小倉区の定係地を釣り場に向けて出港する際、安全確保についての指示が不十分で、航走中、船尾端の船べりに立ち入った釣客が、身体の平衡を失い、海中に転落したことによって発生したものである。 釣客が、航走中、小用のため船尾端の船べりに立ち入ったことは本件発生の原因となる。
(受審人の所為) A受審人は、関門港小倉区の定係地を釣り場に向けて出港する場合、船体が動揺すると甲板上から海中に転落するおそれがあるから、釣客に対し、航走中、船べりに立たないよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、いままで何回も乗船している仲間同士で、船に慣れているので言うまでもないものと思い、航走中、船べりに立たないよう指示しなかった職務上の過失により、釣客を船尾端の船べりに立ち入らせ、海中に転落させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |