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2000年(平成12年)

平成12年広審第16号
    件名
漁船第三十一朝吉丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成12年8月10日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

内山欽郎、釜谷奬一、横須賀勇一
    理事官
安部雅生

    受審人
A 職名:朝吉丸船団漁ろう長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:第三十一朝吉丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
甲板員が、胸部圧迫による外傷性ショックで死亡

    原因
作業方法不適切(漁網を揚網用ローラにかみ込ませる作業中)

    主文
本件乗組員死亡は、操業中、揚網用ローラに漁網をかみ込ませる際の
作業方法が適切でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年7月7日08時40分
広島県阿多田島沿岸
2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十一朝吉丸
総トン数 9.70トン
登録長 14.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 50
3 事実の経過
第三十一朝吉丸(以下「朝吉丸」という。)は、FRP製の漁船で、2そうびきひき網漁業船団(以下「船団」という。)に網船として所属していた。
船団は、第三十朝吉丸を指揮船兼探索船とし、朝吉丸及び朝吉丸と同型の網船である第三十二朝吉丸並びに運搬船2隻の計5隻で構成され、専らにぼしに加工する片口いわしを漁獲対象として、毎年6月10日から翌年2月28日までの漁期中、広島県阿多田港を基地とし、阿多田島の周辺海域において、05時から15時までと定められた日帰り操業に200日間ほど従事していた。
船団の操業は、3、4分間の投網、5分から2時間と魚体の大きさなどによって時間に幅がある曳網及び20分から30分間の揚網という一連の作業を1日に8ないし12回ほど繰り返すもので、漁網には、網目の異なる3種類の網を繋いだ全長約150メートルのものを使用しており、同漁網は、先端部から、網目の小さな長さ約40メートルの袋網、網目が約15センチメートル(以下「センチ」という。)四方で長さが約30メートルの脇網及びイワ綱とアバ綱の付いた長さ約80メートルの大引き網で構成され、大引き網の両端には各々の長さが約200メートルのワイヤ製の引き綱が取り付けられていた。

朝吉丸は、船体のほぼ中央部に操舵室を有し、操舵室の船尾側が油圧式の漁ろう機器を備えた作業甲板となっていて、同甲板上には、船首側中央部にドラム式の巻揚げローラが、同ローラの船尾側に網捌き機が、及びその船尾右舷側に、ほぼ船首尾方向に敷かれたレール上を移動可能な揚網用ローラがそれぞれ設置され、操作ハンドルは各機器の右舷側に配置されており、船尾端には横ローラが取り付けられていたが、2隻の網船で1つの漁網を巻き揚げる関係上、揚網用ローラと各操作ハンドルの配置が第三十二朝吉丸とは左右対称になっていた。
朝吉丸の揚網用ローラは、株式会社興洋製のV−30?型と称する、直径約30センチ長さ約34センチの円筒型のゴム製ローラ(以下「ゴムローラ」という。)2個を水平に2段重ねとした横型Vローラ(以下「揚網ローラ」という。)で、操作ハンドルによって回転速度を無段階に調整でき、甲板上から高さ約80センチの位置にある、直径13センチのものまでかみ込ませることができるゴムローラ間に網をかみ込ませるようになっており、操作ハンドルは手を放しても停止位置に戻らない構造となっていた。

また、揚網ローラは、その構造上、作業中に作業者がゴムローラに巻き込まれる危険性があるため、操作ハンドル側のゴムローラ周囲に巻き込み防止用のガードが取り付けられ、レール船尾側の作業台には滑り止めが施されるなど安全上の配慮がなされていたほか、取扱説明書に、揚網中には網の進入方向で作業しないこと及び進入方向から網を押し込まないことなど、ゴムローラに巻き込まれる危険性についての注意事項が記載されていた。
一方、船団の揚網作業は、朝吉丸の左舷と第三十二朝吉丸の右舷を接舷した状態で行われ、両船が共に、ワイヤ製の引き綱と大引き網を網捌き機を通して巻揚げローラに巻き取ったのち、揚網ローラを船尾側に移動して脇網をゴムローラにかみ込ませ、左舷側に配置した作業員と揚網ローラとで脇網及び袋網を順次巻き揚げていくもので、揚網ローラを使用する場合には、両網船間の揚網速度を合わせたり魚がゴムローラに巻き込まれないようにするなどの必要があるため、揚網ローラの操作者が、レール船尾側の作業台に立ち、右手に持った操作ハンドルでゴムローラの回転速度を調整しながら左手で網を手繰り寄せなければならなかった。

A受審人は、有限会社Rの社長で、自らも指揮船兼探索船である第三十朝吉丸に船長兼船団の漁ろう長として乗り組み、無線マイクで操業中の指揮を執っており、しかも、揚網ローラを取り扱ったことも、船団の乗組員がゴムローラに指や手首を挟まれるなどの事故も経験して、揚網ローラの危険性については十分に承知していた。
ところが、A受審人は、海上が時化ている場合などに一般的な注意はしていたものの、揚網ローラの取扱いについては、同ローラの取扱説明書を紛失してよく読んでいなかったばかりか、今まで重大な事故が発生していなかったので問題はあるまいと思い、船団の乗組員に対して、揚網ローラを使用する作業の危険性を周知・徹底させ、両手で作業する場合にはゴムローラの回転速度を落とすよう指導するなど、会社及び船団の責任者として安全教育を十分に行っていなかった。

平成11年7月7日朝吉丸は、B受審人及び甲板員Cほか1人が乗り組み、A受審人が1人で乗り組んだ第三十朝吉丸ほか3隻と共に、操業の目的で、船首0.2メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、05時ごろ阿多田港を発し、阿多田島の南東方沿岸の漁場に至って操業を開始したが、2回目の操業で漁網が損傷したため、07時30分ごろ一旦阿多田港に引き返し、漁網を積み替えたのち08時10分ごろ阿多田島北西方の漁場に至って操業を再開した。
こうして、朝吉丸は、3回目の投網及び曳網に引き続いて揚網を行うこととし、3人でワイヤ製の引き綱及び大引き網を巻揚げローラに巻き取る作業を行ったのち、脇網の巻き揚げ作業に取り掛かかることとした。
ところで、C甲板員は、20年近く船団で働いて漁ろう長に次ぐ立場にあったベテランで、主として朝吉丸に乗り組んでいたことから網船の作業については熟知しており、同船における実質的な責任者として操業に携わり、揚網時には同人かB受審人のいずれかが揚網ローラの操作を担当していた。

08時30分ごろC甲板員は、次回の投網のために巻揚げローラ近くで作業しているB受審人を残し、他の甲板員を左舷船尾に配置して、作業着の上下に胸当ての付いた雨合羽のズボンを着け、ゴム長靴を履き、素手という格好で、自ら揚網ローラを船尾側に移動して脇網をゴムローラにかみ込ませる作業に取り掛かったが、その際、漁網損傷による操業の遅れを取り返そうとしたものか、ゴムローラの回転速度を普段より速い速度にしたまま、網の進入方向に立って両手で脇網をゴムローラにかみ込ませようとしているうち、08時40分阿多田島高山三角点から真方位292度1,450メートルの地点において、右手の指が網目に絡まるかして抜けなくなり、網と共に右手がゴムローラに引き込まれ、続いて右上半身が引き込まれた。
当時、天候は晴で風力1の北風が吹き、海上は穏やかであった。

巻揚げローラの近くにいたB受審人は、船尾の叫び声に気付いて振り返ったところ、C甲板員の右上半身がローラ間に挟まれているのを認め、同ローラを停止しようと操作台に急行したが、すでに同甲板員の身体が甲板上に落下した後だった。
A受審人は、網船の騒ぎでC甲板員が揚網ローラに挟まれたことを知り、会社に救急車を手配させるとともに運搬船で同甲板員を広島県大竹港に搬送させるなどの事後処理に当った。
この結果、C甲板員(昭和14年3月8日生)が、胸部圧迫による外傷性ショックで死亡した。


(原因)
本件乗組員死亡は、操業中、漁網を揚網ローラにかみ込ませる際、作業方法が不適切で、作業中の甲板員が、ゴムローラに右手及び右上半身を引き込まれ、胸部を圧迫されたことによって発生したものである。
作業方法が適切でなかったのは、漁ろう長が、揚網ローラを使用する作業について、船団の乗組員に十分な安全教育を行っていなかったことと、作業中の甲板員が、ゴムローラの回転速度を上げたまま、両手で漁網をゴムローラにかみ込ませようとしたこととによるものである。


(受審人の所為)
A受審人は、船団の乗組員に揚網ローラを使用する作業を行わせる場合、同作業の危険性を承知していたのであるから、乗組員がゴムローラに引き込まれることのないよう、作業上の危険性を周知・徹底するとともに安全な作業方法を具体的に指導するなど、船団の乗組員に十分な安全教育を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、今まで大きな事故がなかったので問題はあるまいと思い、揚網ローラを使用する作業の危険性や作業方法について、船団の乗組員に十分な安全教育を行わなかった職務上の過失により、作業中の甲板員がゴムローラに引き込まれる事態を招き、同甲板員を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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