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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年1月19日09時40分 福井県鷹巣港沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船漁勝丸 総トン数 14.94トン 全長 21.05メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
404キロワット 3 事実の経過 漁勝丸は、昭和53年9月に進水した、小型底びき網漁業に従事する全幅4.93メートルの一層甲板型FRP製漁船で、甲板上のほぼ中央部に設けられた船橋楼は、機関室囲壁とその上の操舵室及び後方の賄室とに区画され、船橋楼の前方が長さ約8メートルの前部甲板に、後方が長さ約5メートルの船尾甲板に、同楼両側が幅約0.9メートルの通路にそれぞれなっており、木製の敷板が敷かれた通路の両舷には、高さ約1.1メートルのブルワークが外方に張り出していた。 漁労設備は、前部甲板の船首部にデリックを、中央やや左舷寄りに漁網用リールをそれぞれ設置し、船尾甲板には右舷側に1台と左舷側に前後2台のロープリールを備えていたほか、船尾端近くに両舷にまたがってトーイングビームを設け、船尾甲板前部中央のたつ上部に連結している引き綱用レバーが同ビーム上を滑るように動く仕組みになっており、同レバー先端に、両舷の引き綱を係止するためのストッパーフックを取り付けていた。また、引き綱などの巻込み用に、船首ブルワーク上に左右2個の船首ローラ、機関室囲壁の前部両舷側にガイドローラ及び巻胴式ウインチ(以下「ウインチ」という。)のワーピングドラムをそれぞれ装備していた。 ウインチは、油圧式で、胴部の直径370ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ660ミリのワーピングドラムが、機関室囲壁両側面から左右に突き出す格好で取り付けられており、胴部下縁と敷板との間隔が440ミリであった。そして、ウインチの運転操作は、それぞれワーピングドラムの船尾側約1.5メートルで敷板上約1メートル上方の同室囲壁に取り付けられたウインチ操作レバーによって行われており、両舷の同レバーが同室囲壁を貫通するコントロール軸に連結され、いずれの操作レバーでも同ドラムの回転方向及び速度が制御できるようになっていた。 本船の漁法は、たるかけ回し式と称するもので、投網時のかけ回しに約15分、曳網に約1時間10分ないし1時間30分をかけ、曳網が終了した時点で船体を反転させて機関を微速力後進にかけ、船首から揚網する方式をとっており、袋網の取り入れは漁網用リール及びデリックを使用して前部甲板の左舷から行うようになっていた。 また、揚網の要領は、船尾の前示ストッパーフックに係止された両舷の引き綱に、それぞれ直径27ミリ長さ約35メートルの船回し綱と称する導索を長径150ミリ短径85ミリのC環で結索し、他端を左舷外舷に大回しさせて船首ローラ、ガイドローラを経由してワーピングドラムに巻き付けたのち、ストッパーフックから引き綱を解放して左回頭しながら船体を反転させて船回し綱をワーピングドラムで巻き込み、引き綱先端のC環を取り込んだところで右舷引き綱を右舷ロープリールに、左舷引き綱を左舷ロープリールに各々連結し、各引き綱をウインチ及びロープリールの両動力で巻き込んでいくものであった。 A受審人は、漁勝丸の新造時から甲板員として乗船していたところ、昭和57年5月から船主でもある父親に代わって船長職を執り、いわゆる日帰り操業に従事していた。 B指定海難関係人は、平成8年3月に甲板員として乗船したが、これまで専ら定置網の作業船に乗り組んで網起こし作業に従事しており、底びき網漁に従事した経験はほとんどなかった。 漁勝丸は、A受審人及びB指定海難関係人ほか2人が乗り組み、かに漁の目的で、平成9年1月19日07時00分福井県鷹巣港を発し、同港北西沖合のゲンタツ瀬東方付近の漁場に至り、08時30分から操業を始め、曳網及び船体の反転を終え、09時37分揚網を開始した。 A受審人は、揚網作業を開始するに当たり、自ら船橋にあって操船の指揮を執り、布製帽子、合羽上下、ゴム長靴及びゴム手袋を着用したB指定海難関係人を左舷ワーピングドラムに、他の2人の甲板員を右舷ワーピングドラム及び船尾甲板にそれぞれ配置し、船回し綱の巻き取りを始めさせた。 09時38分少し前B指定海難関係人は、ワーピングドラムの後方に左足を前にした半身で構え、同ドラムに2ないし3巻きした船回し綱を両手で手繰りながら右足の後方に輪状に巻き取っていたところ、巻き込んだ船回し綱及び引き綱の両C環の滑りが悪く、両C環がドラム中央部に移動する前に引き綱が巻き込まれて両C環上に重ね巻きの状態になったので、同時38分引き綱を取り直すためウインチ操作レバーにより一旦同ドラムを停止した。 一方、A受審人は、かねてより底びき網漁の経験が浅いB指定海難関係人のことが気がかりとなっていたので、時折操舵室左舷側の窓から下をのぞいて同人の作業の様子を見守っていたところ、引き綱がワーピングドラム上で重ね巻きとなり、同ドラムを逆回転させてC環上の引き綱を取り直そうとしているのに気付いたが、日頃から一般的な注意を与えていたことから、口うるさく言うまでもないと思い、巻き込まれる側のロープである船回し綱の輪の中に足を踏み入れることのないよう、同ドラム取扱い上順守しなければならない基本動作について指導することなく、同人に同作業を任せ、自らは再び操業の指揮に当たった。 09時39分半B指定海難関係人は、船回し綱の輪の中に右足を踏み入れていないかどうか、足元を確かめないまま、ウインチ操作レバーによりワーピングドラムを低速で逆回転させ、重ね巻きとなっている引き綱を取り直そうとしていたところ、09時40分雄島灯台から真方位258.5度13.9海里の地点において、船回し綱の輪の中に踏み入れていた右足が絡まれて同ドラムに巻き込まれた。 当時、天候は曇で風力4の北風が吹き、海上には白波が立っていた。 その直後、船橋から下をのぞいたA受審人は、B指定海難関係人がワーピングドラムとともに回転しているのを発見し、直ちに右舷ワーピングドラムを担当していた甲板員に同ドラムの停止を命じ、意識を失った同人を救出し、発航地に急行して手配していた救急車により病院に搬送した。 その結果、B指定海難関係人は、1年3箇月の入院後、通院加療を要する、右大腿骨、左第4中手骨、左脛骨及び右尺骨の骨折を負った。
(原因) 本件乗組員負傷は、福井県沖合のゲンタツ瀬東方において、底びき網の揚網作業中、ワーピングドラム上で重ね巻きとなった引き綱を取り直すに当たり、同ドラム取扱い上の基本動作の順守が不十分で、同ドラムを逆回転させた乗組員が、巻き込まれる側の船回し綱に足を絡まれて同ドラムに巻き込まれたことによって発生したものである。 基本動作の順守が不十分であったのは、船長が乗組員に対しワーピングドラム取扱い上順守しなければならない基本動作について指導していなかったことと、乗組員が巻き込まれる側の船回し綱の輪の中に足を踏み入れていないか足元を確認しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、底びき網の揚網作業中、引き綱がワーピングドラム上で重ね巻きとなり、乗組員が同ドラムを逆回転してこれを取り直そうとしているのを知った場合、巻き込まれる側の船回し綱の輪の中に足を踏み入れることのないよう、同ドラム取扱い上順守しなければならない基本動作について指導すべき注意義務があった。ところが、同人は、日頃から一般的な注意を与えていたことから、口うるさく言うまでもないと思い、基本動作について指導しなかった職務上の過失により、乗組員が巻き込まれる側の船回し綱に足を絡まれて同ドラムに巻き込まれ、右大腿骨及び左第4中手骨などに骨折を負わせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、引き綱がワーピングドラム上で重ね巻きとなり、同ドラムを逆回転してこれを取り直そうとした際、巻き込まれる側の船回し綱の輪の中に足を踏み入れないよう、足元を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、本件によって重傷を負い、深く反省している点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |