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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年10月3日08時03分 愛媛県吉海港 2 船舶の要目 船種船名
貨物船第八金刀比羅丸 総トン数 694トン 全長 73.82メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,471キロワット 3 事実の経過 第八金刀比羅丸(以下「金刀比羅丸」という。)は、平成8年5月に竣工した全通二層甲板船尾機関型の鋼製砂利採取運搬船で、専ら愛媛県大三島周辺海域で海砂を採取し、採取した海砂を同県吉海港の岸壁や岸壁に係留中の台船へ運搬する作業に従事しており、船首部左舷ブルワークの外側に、先端部に電動式の水中ポンプを取り付けたサンドホース及びその格納台を設けていたほか、船首甲板中央部には2基の揚錨機を装備し、各揚錨機の舷側寄りにはそれぞれ2個のホーサードラム(以下「ドラム」という。)を備えていた。 同10年10月2日08時ごろ金刀比羅丸は、A受審人及び甲板員Bほか6人が乗り組み、吉海港の福田岸壁と称する岸壁に船首付けで係留中の全長約90メートルの台船(以下「台船」という。)の右舷側に左舷付けで接舷し、大三島周辺海域で採取してきた海砂を台船に揚荷したのち、船首1.6メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、引き続き台船に係留した。 このとき、金刀比羅丸は、岸壁寄りの水深が浅いため、船尾を20メートルほど台船の船尾から沖側に突き出し、船首部上甲板が台船のブルワーク上より60センチメートル(以下「センチ」という。)ほど低くなった状態で、船首2本及び船尾1本の、いずれも直径55ミリメートルの合成繊維製の係留索で台船に係留し、船首2本の係留索のうち、船首側の係留索を台船船首部のブルワーク上のビットに取り、船尾側の係留索はその先端に取り付けたシャックルで台船中央部のブルワーク上のアイプレートに固定し、各々を、船首甲板左舷側2箇所に設けられた高さ約20センチのフェアリーダを介して、左舷側揚錨機の2個のドラムに巻き込んでいた。 ところで、金刀比羅丸は、満載状態で台船に接舷した場合、自船の上甲板が台船のブルワーク上面より1.5ないし2メートルほど低くなり、揚荷するに連れてその差が減少するものの、接舷後に係留索を取ると、フェアリーダの外側の索が台船上のビットに向けて上向きに張る状態となって、竣工以来数回にわたって同索がフェアリーダから外れたことがあり、台船に係留するときには、同索を2個のフェアリーダに8の字に掛け回してドラムに巻き締め、係留中に同索がフェアリーダから外れないようにしていた。また、同船は、揚錨機付きのドラムを船尾方に設けられた操作ハンドルで操作する場合、高さが約40センチの踏台に上って操作するようになっていたが、操作者からは、サンドホース先端の水中ポンプ下部やフェアリーダ部は見えるものの、係留索が伸びているドラムの船首部付近は、ドラムに巻かれたホーサーやドラムの側板等の陰になって見え難い状況となっていた。 A受審人は、竣工時から一等航海士として乗り組み、通常の出入港作業においては3人の乗組員を指揮して船首配置に就いていたもので、普段、揚錨機付きのドラムの操作はB甲板員に行わせており、係留索を巻くなどの作業時にも、乗組員が作業に慣れているとの理由から声を掛け合うことはしていなかった。 翌3日07時30分ごろ金刀比羅丸は、棉巻磯灯標から真方位128度1,080メートルの地点で台船に係留中のところ、前日の接舷時にバウスラスタにかみ込ませた係留索を福田岸壁南方の浅瀬に移動して取り除く目的で、離舷作業を開始した。 A受審人は、B甲板員と2人で船首配置に就き、揚錨機付きのドラムを操作して2本の係留索のうち船首側の係留索を緩め、同甲板員に同索を台船のビットから外させてドラムに巻き取ったのち、08時00分、船長からの離舷の合図により、揚錨機付きのドラムを操作して残る船尾側の係留索を緩め、同甲板員にフェアリーダ部での8の字を解かせて台船上のアイプレートからシャックルを取り外させることとした。 一方、B甲板員は、台船に乗り移ってアイプレートからシャックルを取り外そうとしたが、シャックルのピンが容易に外れなかったため、上甲板下の倉庫に道具を取りに行こうと台船から自船のサンドホースの格納台に乗り移り、サンドホース先端の水中ポンプの下を潜って甲板上に戻ろうとした。 A受審人は、B甲板員がシャックルのピンを外せないままサンドホースの格納台に乗り移るのを見ていたが、そのうちに自船舷側が台船から1メートル以上離れたので、同甲板員が再度台船に乗り移り易いよう、係留索を巻き締めて自船を台船に近付けようと考え、揚錨機付きのドラムを操作するために操作ハンドルの踏台に上ったとき、同甲板員がサンドホース先端の水中ポンプの下を潜ってドラム側板の陰に入るのを認めたものの、ゆっくり巻けば同索がフェアリーダから外れることはあるまいと思い、同甲板員が同索から離れた安全な場所にいるかどうかを確かめるなど、安全確認を十分に行うことなく、フェアリーダ部のみに気を配り、同索を巻き始めた。 こうして、B甲板員は、甲板上に戻ってしゃがんだ姿勢から右舷側を向いて立ち上がった瞬間、緊張した係留索がフェアリーダから外れ、08時03分、左舷斜め上方に跳ね上がった同索に右前腕部、胸部及び顔面等を強打された。 当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、うめき声でB甲板員が負傷したことを知り、直ちに船長に報告して救急車の手配を要請するなどの事後の措置に当たった。 この結果、B甲板員は、右尺骨を骨折したほか右胸部及び顔面打撲等により、約2箇月間の入院加療と約2箇月間のリハビリ治療を要する傷を負った。
(原因) 本件乗組員負傷は、岸壁係留中の台船からの離舷作業中、一旦緩めた係留索を揚錨機付きのホーサードラムで巻き締める際、作業中の甲板員に対する安全確認が不十分で、係留索の近くにいた甲板員がフェアリーダから外れた同索に強打されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、岸壁係留中の自船より乾舷の高い台船からの離舷作業を行うにあたり、一旦緩めた係留索を揚錨機付きのホーサードラムで巻き締める場合、同索がフェアリーダから外れるおそれがあったから、作業中の甲板員が係留索から離れた安全な場所にいるかどうかを確かめるなど、作業中の甲板員に対する安全確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、ゆっくり巻けば係留索がフェアリーダから外れることはあるまいと思い、作業中の甲板員に対する安全確認を十分に行わなかった職務上の過失により、係留索の近くにいた甲板員がフェアリーダから外れた同索で強打される事態を招き、同甲板員を負傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |