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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年1月17日23時50分 三重県尾鷲湾 2 船舶の要目 船種船名
貨物船広隆丸 総トン数 198トン 全長 46.99メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
625キロワット 3 事実の経過 広隆丸は、専らパームオイルの輸送に従事する船尾船橋型の貨物船で、A受審人ほか3人が乗り組み、空倉のまま、船首1.20メートル船尾3.30メートルの喫水をもって、平成10年1月17日11時30分静岡県清水港を発し、神戸港に向かった。 A受審人は、船橋当直を同人と甲板長との単独6時間交替とし、発航操船に続き同当直に当たって遠州灘を西行したのち、18時00分甲板長に引き継いで降橋し自室で休息をとっていたところ、九州南方沖合を東進していた低気圧の影響で北寄りの風が強まり、船体の動揺が激しくなったので、20時00分再び昇橋して自ら操船と操舵に当たり、甲板長を見張りに就けて熊野灘を南下したが、間もなく三重県大王埼の南西方沖合に達したとき、30海里ばかり西方の同県尾鷲港に避泊することとした。 ところで、尾鷲港は、湾口を熊野灘に開く尾鷲湾の湾奥に位置し、同湾を二分する北側の引本港との境界付近には、北から順に割亀島、投石及び佐波留島の各島が並び、投石の投石灯台から310度(真方位、以下同じ。)800メートルの地点に割亀島南灯浮標(以下「南灯浮標」という。)が設置され、尾鷲港に入港する船舶は、尾南曽鼻と佐波留島間を通っていったん引本港に入り、次いで投石と南灯浮標との間から尾鷲港内に入っていた。 また、割亀島東方沖合の、投石灯台から325度1,410メートル、338度1,360メートル、339度770メートル、327.5度770メートル及び321度1,070メートルの各地点を順次結ぶ線に囲まれた区域に、三重定第29号と称する定置網(以下「第29号施設」という。)が設置されていた。 A受審人は、船長として尾鷲港に2回入航した経験があり、その際、針路をほぼ割亀島東端に向く301度として引本港内を航行し、第29号施設の手前600メートルばかりの、投石灯台を左舷正横に見る地点に達したところで徐々に左転を始め、投石と南灯浮標との間を通るよう操船していた。 22時58分A受審人は、尾南曽鼻灯台から137度3.6海里の地点に至ったとき、針路を尾南曽鼻と佐波留島との中間に向く310度に定め、機関を全速力前進にかけて9.5ノットの対地速力で、雨が降り始めた尾鷲湾口部を手動操舵により進行した。 その後A受審人は、雨で視界が次第に悪化したので、機関長をレーダーの監視に、一等機関士を甲板長とともに見張りに当たらせ、23時15分尾南曽鼻灯台から159度1,750メートルの地点に達したとき、機関を半速力前進に減じて4.2ノットの対地速力とし、同時30分投石灯台から089度850メートルの地点に差し掛かり、同灯台の灯火を左舷船首41度に視認したとき、針路を301度に転じ、機関を停止と前進とに適宜使用して2.2ノットの対地速力で西行した。 A受審人は、針路を転じたころから雨足が急に強まり、視程が約350メートルに狭められて投石灯台の灯火を視認できなくなったうえ、投石や割亀島がレーダーに明確に映らなくなった旨、機関長から報告があったが、低速力で航行しているのでしばらくは大丈夫と思い、行きあしを一時止めて自らレーダーを調整し、割亀島までの距離を測定するなど、船位の確認を十分に行わなかったので、23時41分わずか前投石灯台に並行する転針予定地点に達し、第29号施設が600メートルばかりに近づいていることに気付かないまま、左舷前方に見えてくるはずの南灯浮標の紅灯を探しながら同じ針路、速力で続航した。 23時50分わずか前A受審人は、左舷船首60度350メートルに南灯浮標の紅灯をようやく認めることができたとき、機関長の声で正船首至近に迫った第29号施設の簡易標識灯の灯火にも気付き、急いで機関を全速力後進にかけたが及ばず、23時50分投石灯台から336度770メートルの地点において、広隆丸は、原針路、原速力のまま、第29号施設に乗り入れた。 当時、天候は雨で風力2の北北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期に当たり、視程は350メートルであった。 その結果、翌朝来援した漁船によって第29号施設から引き出され、船体に損傷はなかったが、同施設の一部に損傷を生じた。
(原因) 本件定置網損傷は、夜間、雨で視界が制限された尾鷲湾において、転針予定地点に向けて西行中、レーダーに周囲の状況が明確に映らなくなった際、船位の確認が不十分で、第29号施設に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、夜間、雨で視界が制限された尾鷲湾において、自ら操船と操舵に当たり、機関長をレーダーの監視に就けて転針予定地点に向け西行中、レーダーに周囲の状況が明確に映らなくなった旨、機関長から報告があった場合、予定どおり転針ができるよう、一時行きあしを止めて自らレーダーを調整し、割亀島までの距離を測定するなどして船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、低速力で航行しているのでしばらくは大丈夫と思い、船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、予定の転針ができないまま進行して第29号施設に乗り入れ、同施設を損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |