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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年2月8日04時00分 三重県加布良古水道 2 船舶の要目 船種船名
貨物船第三十二寿丸 総トン数 699トン 全長 68.8メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,471キロワット 3 事実の経過 第三十二寿丸(以下「寿丸」という。)は、主に瀬戸内海諸港間において砂利や砕石の輸送に従事する船尾船橋型貨物船で、A受審人ほか5人が乗り組み、川砂約1,700トンを載せ、船首4.2メートル船尾5.2メートルの喫水をもって、平成9年2月7日13時00分和歌山県和歌山下津港を発し、三重県松阪港に向かった。 ところで、指定海難関係人R株式会社(以下「R社」という。)は、寿丸のほか総トン数500トン未満の砂利運搬船2隻及びバージを含む押船2船団を所有して海運業を営み、これら各船の運航管理や乗組員の労務管理を自社で行っていたもので、前日の6日寿丸に乗船中の船長を休暇のため、広島県千年港で下船させる際、後任の船長として乗組員の中から有資格者を船長に選任するか、若しくは有資格者の船長を乗り組ませる必要があった。 R社は、四級海技士(航海)の免状を受有する一等航海士及び三級海技士(航海)の免状を受有する次席一等航海士のうち、瀬戸内海の通航経験などを十分に考慮し、一等航海士に対して船長職を執るよう要請したところ、自信がないので受け入れ難いとの返答を得た。そこで、同社は、五級海技士(航海)の免状を受有するのみであったが他社貨物船の船長経歴があり、時折自社船に臨時に乗船させていたA受審人を、急遽寿丸に甲板長として雇い入れたうえ、同人に対し、出入航や狭い水道における操船を含め実質的な船長として運航にあたるよう指示したもので、有資格者を船長として乗り組ませなかった。 一方、A受審人は、平成6年に他社を定年退職するまで、主に沿海区域を航行区域とする総トン数500トン未満の貨物船に航海士や船長として乗り組み、退職後は時々R社の要請を受けて同社所有船に臨時で乗船していたところ、今回実質的な船長として寿丸の運航を任せられ、自身の海技免状では総トン数500トン以上である同船の船長職を執れないことが分かっていたものの、10日間の約束でこれに応じ、千年港発航後の操船指揮にあたり、積荷のため和歌山下津港に入港した。 そして、A受審人は、一等航海士から三重県菅島とその南西方陸岸との間の、最狭部の可航幅が約350メートルの狭い水道である加布良古水道をこれまで寿丸が通航したことがない旨の報告を受けた。しかし、同受審人としては10年ほど前の1年間ケミカルタンカーに乗り組み、主に同県四日市港と大阪港との間の輸送に従事していたとき、同水道を何回も通航したことから、その水路事情は分かっているつもりで、航程の短縮を考えて同水道に向かうことに決めたうえ、同水道通航時の操船に自身があたれるよう、航海当直を自らを含め一等航海士及び次席一等航海士の3人で、概ね単独4時間交替の3直制とし、和歌山下津港を発航したものであった。 翌8日03時45分A受審人は、加布良古水道南口に位置する三重県松ケ鼻北方0.5海里の地点で昇橋して当直中の一等航海士から船位を引き継ぎ、同時50分誓願島灯標から119度(真方位、以下同じ。)1.5海里の地点で交替して単独の船橋当直に就いたが、以前に通航したことがあるので大丈夫と思い、備付けの海図(第73号鳥羽港付近)にあたって加布良古水道通航時の針路法や航路標識の設置状況を確認するなど、水路調査を十分に行うことなく、同水道を西行した。 03時53分少し過ぎA受審人は、誓願島灯標から131度1.0海里の地点に達したとき、針路を同灯標と菅島とのほぼ中間に向首する318度に定め、機関を10.0ノットの全速力前進にかけ、折からの順潮流に乗じて11.0ノットの対地速力で、手動操舵により進行した。 やがて、A受審人は、加布良古水道北口に至り、03時58分半誓願島灯標を左舷正横200メートルに通過したとき、そのまま続航すれば、正船首600メートルの坂手島東端付近に向首接近する状況であったが、依然海図にあたって水路調査を行わなかったので、このことが分からず、そのころ右舷船首20度550メートルに見える丸山埼灯標の西側を通ればよいものと思って進行した。 03時59分半A受審人は、丸山埼灯標を右舷船首45度に見るようになったとき、前方300メートルに坂手島の陸岸を視認して驚き、急ぎ機関停止に続き全速力後進としたが及ばず、04時00分誓願島灯標から342度560メートルの地点において、寿丸は、原針路のまま、わずかな行き脚をもって坂手島東岸沖合に設置された真珠養殖施設に乗り入れた。 当時、天候は晴で風力1の南南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、付近には1.0ノットの北西流があり、視界は良好であった。 その結果、寿丸は、機関を後進にかけるなど適宜使用して真珠養殖施設から脱出し、船体に損傷はなかったが、真珠養殖用いかだ30台に損傷を生じた。
(原因) 本件真珠養殖施設損傷は、夜間、三重県加布良古水道を通航するにあたり、水路調査が不十分で、同水道北口の坂手島東岸に向首進行したことによって発生したものである。 船舶所有者が、船長を休暇のため下船させた際、有資格者を船長として乗り組ませないまま運航させたことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為) A受審人は、夜間、単独の船橋当直に就き、三重県加布良古水道を通航する場合、備付けの海図にあたって同水道通航時の針路法や航路標識の設置状況を確認するなど、水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、以前に通航したことがあるので大丈夫と思い、備付けの海図にあたって加布良古水道通航時の針路法や航路標識の設置状況を確認するなど、水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により、同水道北口の坂手島東岸に向首進行し、その沖合に設置された真珠養殖施設に乗り入れ、養殖用いかだを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 R社が、船舶所有者として寿丸の運航管理にあたり、同船船長を休暇のため下船させた際、有資格者を船長として乗り組ませないまま運航させたことは、本件発生の原因となる。 R社に対しては、その後適切な配乗を励行していることに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |