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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年3月1日11時55分 尾道糸崎港 2 船舶の要目 船種船名
貨物船第十八親力丸 総トン数 421トン 全長 63.56メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 735キロワット 回転数
毎分240 3 事実の経過 第十八親力丸(以下「親力丸」という。)は、平成5年10月に進水し、主に水砕スラグ、砂利などの輸送に従事する船尾機関型砂利運搬船で、主機として株式会社赤阪鉄工所が製造したA31R型と称するディーゼル機関を装備し、軸系に新潟コンバーター株式会社が製造したMN1030−1型と称する湿式多板油圧クラッチを内蔵した逆転機を備え、操舵室から1本の遠隔操縦ハンドルで主機の回転数制御及び逆転機の嵌脱(かんだつ)操作ができるようになっていた。 逆転機は、主機クランク軸とラバーブロック継手を介して結合した入力軸、クラッチ駆動リング、スチールプレート、シンタープレート及びスプリングなどからなる前・後進クラッチ、逆転歯車及び出力軸などで構成されており、遠隔操縦ハンドルの操作により、一定方向で回転する主機の動力を前進回転、又は後進回転に変換してプロペラ軸に伝達するようになっていた。 また、逆転機の潤滑油系統は、逆転機ケーシング底部にある容量約160リットルの油だめから直結の潤滑油ポンプによって吸引された潤滑油が、23ないし25キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に昇圧され、前後進切替え弁を経て前進クラッチ、又は後進クラッチに作動油として作用するほか、油圧調整弁、潤滑油冷却器(以下「冷却器」という。)及び150メッシュの複式潤滑油こし器を経て、2ないし4キロの圧力で各部の軸受、歯車及びクラッチにそれぞれ注油されたのち油だめに戻るようになっていた。 ところで、冷却器は、逆転機ケーシシング上部船尾側に鋳鉄製胴体が船横方に取り付けられており、同胴体内に装着した冷却面積約5平方メートルを有する冷却細管の内側を海水が、外側を潤滑油が流れるうちに熱交換を行うもので、同細管に海水を流通させるため、同胴体の両側に防食亜鉛用プラグをそれぞれ4個ずつ設けたカバーを取り付け、機関室船底の海水吸入弁から海水こし器を経て電動機駆動の主機冷却海水ポンプにより吸引、加圧された冷却海水の一部が、呼び径40ミリメートルの海水管で導かれ、冷却海水入口弁を経て冷却器の右舷側カバーから流入し、潤滑油を冷却したのち機関室中段の右舷側にある船外吐出弁より船外に排出されるようになっており、供給される冷却海水の最小流量が毎分200リットルとして設計されていた。 A受審人は、平成10年11月から機関長として乗り組み、機関の保守や運転管理に従事しており、主機については、冬期は出港予定時刻の1時間前に、夏期は同時刻の30分前に始動して暖機運転を行い、全速力前進時の回転数を毎分250までとして、月間に300ないし350時間運転していたところ、冷却器海水側が泥や貝殻などの異物により汚損し始めて逆転機の潤滑油温度が次第に上昇するようになり、同11年2月27日15時15分広島県大竹港出港中、船尾甲板で出港配置に就いていたときに舷外をのぞき込んだところ、冷却器の船外吐出弁から排出される冷却海水量が減少していたので、翌28日大分県大分港の新日本製鉄株式会社大分工場専用岸壁に着岸を終えてから冷却器海水側を開放掃除することとした。 同月28日12時55分A受審人は、着岸作業を終えて機関室に赴き、主機を停止し、しばらくして主機冷却海水ポンプを止め、冷却器の冷却海水入口弁及び船外吐出弁を閉弁し、1人で冷却器海水側の開放掃除に取り掛かり、防食亜鉛用プラグ及び冷却器の左舷側カバーを開放したところ、ほとんどの同亜鉛板が消耗して無くなっていて、冷却細管内部が泥や貝殻などの異物で閉塞気味になっているのを認め、同細管に針金を通して同異物を除去したうえでエア吹かしを行い、14時少し前同カバーを復旧し、同プラグ8個に予備の同亜鉛板を取り付けて同掃除を終えた。 このとき、A受審人は,既に出港予定時刻の1時間前を過ぎていたので主機を始動して暖機運転を始めたが、主機冷却海水ポンプを始動してから冷却器の点検を兼ねて冷却海水入口弁及び船外吐出弁を開弁すればよいと思い、引き続き主機や補機の燃料油こし器などの掃除を行っているうち、冷却器の両弁がそれぞれ閉弁したままとなっていることを失念し、その後甲板部から積荷役を終えた旨の連絡を受けたので、急ぎ同ポンプの始動スイッチを投入し、主機の操縦位置を操舵室に移行する前に、冷却器の両弁の開弁状態を十分に確認することなく、機関室を無人のままとして出港配置に就くため同室を離れて船尾甲板に赴いた。 親力丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、水砕スラグ約1,000トンを積載し、船首3.1メートル船尾4.6メートルの喫水をもって、14時55分大分港を発し、冷却器に冷却海水の供給が途絶えたまま、15時10分ごろ主機を毎分245の全速力前進にかけて広島県尾道糸崎港に向かったが、主機が増速されるのに伴って逆転機の潤滑油温度が急激に上昇し始めた。 A受審人は、出港作業を終え、甲板掃除を手伝っているうち主機の回転が全速力となったので、補機駆動から主機駆動の発電機に切り替えるため機関室に赴き、発電機切替え作業を終えて主機各部を点検したところ、15時30分ごろ警報装置が作動していなかったものの、逆転機の作動油及び潤滑油の各圧力が低下し、潤滑油温度計の示度が著しく上昇していて逆転機ケーシングが触手できないほど過熱し、その内部から異臭を発しているのを見付け、直ちに主機駆動発電機の運転可能な最低回転数の毎分210に主機の回転数を減じて各部を調査した結果、開弁したものと思い込んでいた冷却器の冷却海水入口弁及び船外吐出弁がともに閉弁状態となっているのを認め、急ぎ両弁を開弁し、間もなく逆転機の潤滑油温度がほぼ正常に戻ったので、主機を回転数毎分245にかけて続航したが、著しく加熱されて潤滑が阻害された前進クラッチのシンタープレート及びスチールプレートなどが傷ついて焼損気味となり、逆転機の嵌脱操作が困難となるおそれのある状況になったが、主機を停止して逆転機を点検しなかったので、このことに気付いていなかった。 こうして、親力丸は、入港時間調整のため、23時ごろ広島県大崎上島の木ノ江港に寄港したのち、翌3月1日10時20分同港を発して再び尾道糸崎港に向かい、11時30分ごろ同港第6区和田沖岸壁南方の埋立地に至り、埋立地に係留していた台船に横付けするため、操舵室から船長が遠隔操縦ハンドルを操作して減速中、11時55分尾道糸崎港浜松防波堤灯台から真方位077度1,750メートルの地点において、前進クラッチに生じていた傷が進行してスチールプレート及びシンタープレートなどが焼損し、逆転機の円滑な嵌脱操作ができなくなり、機関室にいたA受審人は、前進クラッチが滑り、プロペラ軸がつれ回りしていることを認めて事態を船長に報告した。 当時、天候は晴で風力3の南西風が吹き、海上は穏やかであった。 親力丸は、時間をかけて台船に横付けしたのち揚荷役を終え、逆転機を修理するため広島県江田島にある株式会社江田島造船所に向かい、同造船所の岸壁で逆転機を開放点検した結果、前進クラッチの各部が激しく焼損していことが判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機逆転機の冷却器海水側の開放掃除を行った際、冷却器の冷却海水入口弁及び船外吐出弁の開弁状態についての確認が不十分で、冷却器の両弁が閉弁されたまま航行が開始され、潤滑油温度が著しく上昇して逆転機の前進クラッチなどの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機逆転機の冷却器海水側の開放掃除を行った場合、冷却器の冷却海水入口弁及び船外吐出弁を閉弁したまま航行を開始することのないよう、主機の操縦位置を操舵室に移行する前に、冷却器の両弁の開弁状態を十分に確認すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、主機冷却水ポンプを始動してから冷却器の点検を兼ねて両弁を開弁すればよいと思い、冷却器の両弁の開弁状態を十分に確認しなかった職務上の過失により、機関作業を続けているうちに冷却器の両弁を開弁することを失念し、そのまま航行を開始して潤滑油温度の著しい上昇を招き、逆転機の前進クラッチなどを焼損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |