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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年12月19日04時00分 鹿島灘 2 船舶の要目 船種船名
漁船第七十五富丸 総トン数 300トン 全長 59.56メートル 機関の種類
過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 出力 1,154キロワット 回転数
毎分610 3 事実の経過 第七十五富丸(以下「富丸」という。)は、平成2年8月に進水した、主として本州北部の太平洋沿岸から南方諸島沖合にかけて操業するまき網漁船団に運搬船として所属する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した8MG28HX型と称する、定格出力2,353キロワット同回転数毎分750のディーゼル機関に負荷制限装置を付設して連続最大出力1,154キロワットとしたものと油圧クラッチ付減速機を装備し、可変ピッチプロペラを備えていた。 主機は、箱型鋳鉄製シリンダブロックの下部に溶接鋼板製オイルパンを取り付け、同ブロックのジャケット穴に挿入されたシリンダライナの上にシリンダヘッドが載せられ、船尾側から順にシリンダ番号が付けられ、機関船尾側に過給機が配置されていた。また、シリンダブロックの右舷側が一体構造で上下二段の空気トランクとなっており、同トランクの側面には空気冷却器が取り付けられていた。 シリンダヘッドは、船首側の左右に排気弁、船尾側の左右に吸気弁をそれぞれ配置する4弁式で、燃焼室面の吸気穴にシートリングが冷し嵌めされ、空気トランクと連絡する吸気ポートが右舷側に開口されていた。 吸気弁は、弁かさの直径が100ミリメートルの耐熱鋼製きのこ形弁で、シートリングとの当たり面にステライト盛りが施され、弁棒がシリンダヘッド上面の弁ばね仕組によって止められ、同棒頭部をロッカーアームほかの駆動装置で押し下げられて開くもので、押し下げの都度、微小な角度で回転し、当たりが平均化されるようになっていた。 過給機は、ラジアル型排気ガスタービンのホイールと一体のロータ軸に遠心ブロワを取り付け、同軸を浮動スリーブ式軸受で支える構造で、同タービン外周に排気ガスを加速するノズルリングが取り付けられていた。 主機は、就航後、前示負荷制限装置が解除されて航海中の前進全速のときの毎分回転数を750とし、平均して年間4,000時間ほど運転され、毎年3月の入渠時に開放整備される際、吸気弁及び排気弁の主要部の寸法計測とすり合わせが行われ、平成10年3月の定期検査のための整備に際しても4本の吸気弁が取り替えられたほかは、寸法及び外観検査で異状がないとしてすり合わせのあと継続使用されていたところ、いつしか7番シリンダの左舷側吸気弁がシートリングとの間に異物をかみ込むかしてシートリングに傷を生じ、それが燃焼ガスの吹き抜けで拡大し、同ガスによる過熱と吸気による冷却の繰り返しで弁かさにき裂を生じた。 ところで、吸気は、過給機の遠心ブロワで圧縮された空気が下部空気トランクに入り、側面の空気冷却器を経て上部空気トランクにたまったのち、各シリンダごとにエルボ状鋳鉄製の吸気マニホルドを通ってシリンダヘッドの吸気ポートからシリンダ内部に吸われるようになっていたが、1番シリンダに近い上部空気トランクの一角に吸気温度計が取り付けられていたので、各シリンダの吸気弁で燃焼ガスの吹き抜けが生じたときには温度上昇が同温度計では判断することができず、各吸気マニホルドの触診によって確認する必要があった。 A受審人は、平成6年に機関長として乗船し、機関の整備及び運転管理にあたり、平成10年3月の定期検査での整備後、主機を適正な吸気温度範囲で運転をしていたところ、7番シリンダの吸気弁に燃焼ガスの吹き抜けを生じて同吸気マニホルドが熱くなる状況となったが、吸気温度を適正に保持しているので大丈夫と思い、吸気マニホルドの触診を定期的に行わなかったので、そのことに気付かなかった。 こうして富丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、船首1.4メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、平成10年12月18日18時00分福島県小名浜港を発し、鹿島灘沖合の漁場に至って操業を行い、翌19日02時ごろ漁場を発して主機を毎分回転数720、翼角21度として同港への帰港の途についたが、主機7番シリンダの左舷側吸気弁に生じていた弁かさのき裂が進展し、04時00分犬吠埼灯台から真方位043度11.8海里の地点において、同弁が割損し、欠けた破片の一部が過給機タービンに飛び込んで大きな異音を発し、回転数が低下した。 当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、海上は穏やかであった。 機関室で当直していたA受審人は、異音に気付いて翼角を下げたうえで主機を停止し、7番シリンダ吸気弁駆動装置を点検して同弁の異状を認め、主機が運転不能と判断して船長に報告した。 富丸は、僚船にえい航されて小名浜港に戻り、精査の結果、7番シリンダの左舷側吸気弁の弁かさが半周にわたって割損し、過給機ノズルリングとタービン翼がすべて曲損しているのが分かり、のち損傷部が取り替えられた。
(原因) 本件機関損傷は、主機の運転管理にあたり、吸気マニホルドの点検が不十分で、吸気弁で異物をかみ込むかして生じたシートリングの傷が燃焼ガスの吹き抜けで拡大し、同ガスが吹き抜けるまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理にあたり、吸気弁を点検する場合、吸気温度計が1番シリンダに近い上部空気トランクの一角に取り付けられ、シリンダヘッドの吸気弁から離れていたから、吸気弁の吹き抜けで吸気入口が熱くなっていないか、各シリンダごとに吸気マニホルドを定期的に触診すべき注意義務があった。しかるに、同人は、吸気温度を適正に保持しているので大丈夫と思い、吸気マニホルドを定期的に触診しなかった職務上の過失により、7番シリンダの吸気弁で燃焼ガスが吹き抜けしていることに気付かないまま運転を続け、同弁シートリングの吹き抜け部が拡大して高温の燃焼ガスと吸気にさらされ、同弁かさが半周にわたって割損する事態を招き、破片が過給機に飛び込んでノズルリングとタービン翼を曲損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |