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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年11月4日09時00分 日本海大和堆 2 船舶の要目 船種船名
漁船第三十八恵比須丸 総トン数 138トン 登録長 30.00メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 573キロワット(定格出力) 回転数
毎分655(定格回転数) 3 事実の経過 第三十八恵比須丸(以下「恵比須丸」という。)は、昭和56年1月に進水した、いか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、機関室中央部に据え付けた主機の両舷に、容量150キロボルトアンペアの船内電源用3相交流発電機(以下「発電機」という。)を各1台装備し、同発電機を駆動する原動機(以下「補機」という。)として、いずれも昭和精機工業株式会社製の6KFL−T型と称する定格出力136キロワット同回転数毎分1,200の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を備え、発電機及び補機共に右舷側を1号機、左舷側を2号機とそれぞれ呼称し、両補機の各シリンダには船首側から順番号が付されていた。 補機の潤滑油系統は、クランク室下部の油だめに70リットルほど入れられた潤滑油が、直結駆動の潤滑油ポンプで吸引・加圧され、潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て入口主管に至り、同管から各主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受に順に送油される系統とカム軸受及び動弁装置に送油される系統とに分岐し、各部を潤滑ないし冷却したのち油だめに戻って循環するようになっていた。 ところで、潤滑油は、機関の運転時間の経過にともなって、高温にさらされたり燃焼生成物が混入するなどして劣化するため、そのまま同油を長時間継続使用すると機関各部の潤滑を阻害するおそれがあるから、当該補機の場合、500時間の使用時間ごとに同油を取り替えるよう機関取扱説明書に記載されていた。 また、軽負荷運転のように燃焼が不良となる場合には、燃焼生成物が増加して潤滑油が急速に汚損・劣化するおそれがあるから、補機の運転時には適度に負荷をかけて燃焼を良好に保つなど、軽負荷運転が潤滑油に及ぼす影響に対して十分に配慮する必要があった。 恵比須丸は、毎年、6月1日から12月30日までの漁期中、主に日本海中部の大和堆付近の漁場で1航海が20日程度の操業を繰り返しており、休漁期には乗組員全員が雇い止めとなることから、1月から4月まで岸壁で係留したのち5月ごろ入渠し、船体の整備を行う一方、各種の受検工事や潤滑油の取替え等を含むすべての機関整備を整備業者に行わせていた。 A受審人は、平成6年6月から漁期中だけ機関長として乗り組んでいたもので、補機については、負荷が軽い方が機関のためには良いと思っていたので、並列運転時の発電機負荷が25パーセント程度の軽負荷の場合にも1、2号補機を常時並列で運転し、軽負荷時には補機を単独運転として燃焼を良好にするなど、軽負荷運転による燃焼不良が潤滑油に及ぼす影響に対する配慮を十分に行っていなかった。また、同人は、機関取扱説明書を読まずに補機の運転管理に携わり、潤滑油の消費分を補給して同油こし器を掃除していれば問題はないものと思い、乗船中に一度も同油を新替えせず、適宜同油の消費分を補給するとともにほぼ20日間ごとに同油こし器を掃除するだけで、同油の性状管理を十分に行わないまま、月間700時間近く同補機を運転していた。 同9年5月中旬ごろA受審人は、定期検査工事が終了した恵比須丸に再乗船した際、会社の社長から、両補機のクランク軸が共に摩耗限度を超えていたので同軸を新替えした旨を聞かされたが、潤滑油の性状管理などについて注意されることもなかったので、特に気に留めることもなく、出渠したのち出漁の準備作業に従事していた。 恵比須丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、同年6月1日に出漁して大和堆付近や太平洋側の漁場で操業を繰り返しているうち、出漁以来取り替えていなかった補機の潤滑油が軽負荷運転による燃焼不良の影響も加わって次第に汚損・劣化し、いつしか、同油により両補機の主軸受やクランクピン軸受が潤滑阻害される状況となっていた。 こうして、恵比須丸は、操業の目的で、同年10月29日20時ごろ青森県八戸港を発し、大和堆付近の漁場に至って操業中、主機の回転数を毎分660にかけ発電機を並列で運転しながら魚群を探索していたところ、2号補機3番シリンダクランクピン軸受の潤滑阻害が進行し、同メタルがクランクピンと焼き付いて溶損したことにより、同シリンダのピストン頂部が吸・排気弁と接触するようになり、同年11月4日09時00分北緯39度40分東経135度24分の地点において、同補機が異音を発した。 当時、天候は曇で風力4の南西風が吹き、海上はやや波があった。 上甲板にいたA受審人は、機関室からの異音とともに煙突から出る黒煙に気付いて機関室に急行し、2号補機のシリンダヘッド付近から異音が発生しているのを認め、直ちに同補機を停止して全シリンダヘッドを開放・点検したところ、3番シリンダのピストン頂部に吸・排気弁と接触したと思われる打痕が生じているのを発見したため、自分の手には負えないと判断してその旨を船長に報告した。 恵比須丸は、取りあえず1号補機だけで操業を続行し、翌々6日石川県小木港に寄港して地元の整備業者に点検させた結果、2号補機3番シリンダのピストン及び連接棒が損傷してクランクピンに波状の条痕が発生していたほか、すべての主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルの損傷が判明したが、クランク軸の入手など完全修理には日数を要することから応急修理にとどめ、1号補機を運転して漁期が終了するまで操業を続けたのち、すべての損傷部品を取り替えるなどの修理を行った。 なお、恵比須丸は、2号補機の修理時に開放した1号補機にも、全主軸受メタル及びクランクピン軸受メタル等に損傷が発見されたほか、クランク軸にも摩耗や偏摩耗が認められたため、すべての損傷部品を新替えするとともにクランク軸を研磨するなどの修理を行った。
(原因) 本件機関損傷は、補機の運転管理にあたり、軽負荷運転が潤滑油に及ぼす影響に対する配慮及び潤滑油の性状管理がいずれも不十分で、著しく劣化した潤滑油により各軸受部の潤滑が阻害されるまま、同補機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、補機の運転管理を行う場合、各軸受部の潤滑が阻害されることのないよう、機関取扱説明書で潤滑油の取替え間隔を調べるなどして、同油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、潤滑油の消費分を補給して同油こし器を掃除していれば問題はないものと思い、同油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、同油を著しく劣化させて各軸受部の潤滑阻害を招き、主軸受メタルやクランクピン軸受メタルを焼損させたほかクランク軸等にも損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |