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2000年(平成12年)

平成11年長審第54号
    件名
旅客船咸臨丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年3月24日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安部雅生、保田稔、坂爪靖 参審員:鹿川修一、月田正典
    理事官
上原直

    受審人
A 職名:咸臨丸機関長 海技免状:二級海技士(機関)
    指定海難関係人

    損害
3番シリンダの排気弁用プッシュロッド曲損、吸気弁弁棒2本とも脱落破断、シリンダヘッド触火面、シリンダライナ内面及びピストン頭部破損等

    原因
主機の動弁機構に対する点検不十分

    主文
本件機関損傷は、主機の動弁機構に対する点検が不十分で、吸気弁の弁棒押さえ金具付きねじの締付けが不完全なまま放置されていたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年4月30日10時15分ごろ
熊野灘
2 船舶の要目
船種船名 旅客船咸臨丸
総トン数 539トン
登録長 49.19メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 700キロワット
回転数 毎分1,600
3 事実の経過
咸臨丸は、平成元年12月オランダ王国にて進水し、海上公試運転を終えて日本に回航されたのち、翌2年3月航行区域を限定沿海区域と定めて新規登録された鋼製帆装旅客船で、可変ピッチプロペラ1個を有し、主機として、三菱重工業株式会社製のS6R−MTA型と称する4弁式のディーゼル機関を機関室の両舷側に1基ずつ備え、回航以来、R株式会社によって運航され、毎年3月上旬から11月末までの間は、日本国内の港湾を巡りながら、各寄港地で催される行事に参加したり遊覧航海を行ったりし、その後、長崎県早岐港に回航され、入渠して船体や機関の整備を行ったのち、主としてハウステンボスの岸壁に係留され、年間の主機使用時間が約3,000時間であった。

ところで、主機は、軽油を燃料として船首側から順に1番から6番までのシリンダ番号を付け、各シリンダのシリンダヘッドには、いずれもバルブローテータ付きの吸気弁と排気弁を2組ずつ、吸気弁用と排気弁用のロッカーアームを1箇ずつそれぞれ装備してボンネットで覆い、両弁とも、弁棒を全長205ミリメートル(以下「ミリ」という。)傘部の外径57ミリ幹部の直径10ミリの耐熱鋼製として弁座にステライトの盛金を施し、弁棒の上部に半径0.77ないし0.82ミリの溝を2条切って全面にタフトライド処理を行い、バルブローテータの内側のテーパ部に挿入された鍛鋼製二つ割れのコッタの内周に2段にわたって設けられた半径0.71ミリの線状の凸部がこの溝に嵌合し、バルブスプリングの力により、コッタがバルブローテータに締付けられて弁棒に圧着するようになっていた。
また、主機の動弁機構は、カム、タペット、プッシュロッド、ロッカーアームなどのほか、長さ92ミリ高さ74ミリのT字形となった鋳鋼製のバルブブリッジと称する吸・排気弁の弁棒押さえ金具からなり、同ブリッジの両端下部に弁棒の頭部挿入用の直径11.5ミリの表面焼入れした穴を設け、一方の穴は深さが5.5ミリであったが、他方の穴は深さが8ミリであって、上方から呼び径10ミリピッチ1.25のねじ(以下「バルブブリッジ調整ねじ」という。)がねじ込まれるようになっており、タペットクリアランスを調整する前には、初めに一方の穴の底面に弁棒の上面を密着させ、次いで他方の穴に入れた弁棒の上面にバルブブリッジ調整ねじの下面が密着するように同ねじをねじ込み、バルブブリッジ両端部の下面とバルブローテータの上面とのすき間(以下「バルブクリアランス」という。)がほぼ均一であることを確認したのち、同ねじのロックナットを締付けるようになっていた。
なお、吸気弁、排気弁とも、各部品が新しいときはバルブクリアランスが約2.8ミリであって、コッタの上面がバルブローテータの上面より約2ミリ低くなっているが、弁座の磨耗などによってバルブクリアランスがなくなると、バルブブリッジの両端部がバルブローテータを押してコッタが緩み、最終的にはコッタがバルブブリッジにたたかれるようになってコッタの弁棒嵌合部が急速に磨耗し、弁棒がコッタから外れてシリンダ内に落下するおそれがあるので、バルブブリッジ及びローテータがいずれも若干傾斜しながら作動することを考慮して、主機の保守取扱説明書中、バルブクリアランスが0.5ミリより小さくなるとコッタが外れる可能性があると記載されていた。

一方、A受審人は、平成2年R株式会社に入社して同6年までの間、本船に一等機関士として乗組み、次いで同社が所有する他の旅客船の機関長職を3年間執ったのち、同9年2月本船に機関長として乗組み、通常航海時における主機の負荷率を85パーセントまで、吸・排気弁の摺合わせ間隔は2年と定めて運航に従事し、同年12月の定期検査入渠中、修理業者に依頼して右舷主機全シリンダのピストン抜出し整備、吸・排気弁の摺合わせ整備、バルブクリアランス及びタペットクリアランスの調整等を行い、主機の運転を開始したが、過去の経験から、バルブクリアランスの方は修理業者がきちんと調整しているだろうし、タペットクリアランスの方は主機の使用時間が700ないし800時間ごとに点検・調整していて動弁機構に支障を生じたことがなかったので、大したことはあるまいと思い、早期に動弁機構を点検することなく、右舷主機3番シリンダの吸気弁のバルブブリッジ調整ねじのロックナットの締付けが不完全で、いつしか同ねじが徐々に緩み始めるとともに、バルブクリアランスが過小気味となったことに気付かないままであった。
こうして本船は、A受審人ほか8人が乗組み、同10年4月29日20時00分徳島県小松島港を発し、両舷主機の回転数をいずれも毎分1,600と定め、横浜港へ向けて航行の途、右舷主機3番シリンダの吸気弁側において、バルブブリッジ調整ねじが完全に緩み、同ねじの下面と弁棒の上面との間にすき間を生じてこれが拡大し、バルブブリッジがバルブローテータに続いてコッタをもたたくようになり、コッタの弁棒嵌合部が著しく磨耗して翌30日10時15分ごろ大王埼灯台から真方位191度14.2海里ばかりの地点において、弁棒がシリンダ内に落下し、右舷主機が異音を発した。

当時、天候は晴で風力3の北東風が吹き、海上は少し白波があった。
A受審人は、後部甲板上で照明灯の修理中、機関室当直中の一等機関士から右舷主機に異状を生じたことを知らされ、直ちに機関室に赴いて同機を停止させ、左舷主機の運転を続けながら右舷主機を点検したところ、3番シリンダの排気弁用プッシュロッド曲損、吸気弁弁棒2本とも脱落破断、シリンダヘッド触火面、シリンダライナ内面及びピストン頭部破損等を認め、右舷主機の運転不能と判断してその旨船長に報告した。
本船は、左舷主機のみ運転して同年5月2日08時20分横浜港に着き、右舷主機の前示損傷部品のほか過給機も新替えした。


(原因)
本件機関損傷は、吸・排気弁整備後の4弁式主機の動弁機構に対する点検が不十分で、吸気弁のバルブブリッジ調整ねじのロックナットの締付けが不完全なまま放置されていたため、航行中、同ねじが緩んで同ねじの下面と吸気弁の弁棒の上面との間にすき間を生じ、バルブブリッジがバルブローテータに続いてコッタをもたたくようになり、コッタの同弁棒嵌合部が著しく磨耗し、同弁棒がコッタから外れてシリンダ内に落下したことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、入渠中、修理業者に依頼して吸・排気弁の整備とバルブクリアランス及びタペットクリアランスの調整を行った4弁式主機の運転を開始した場合、運転に伴い、吸・排気弁や動弁機構の各部がなじんで両クリアランスが変化したり、動弁機構のボルト・ナットなどに緩みを生じたりするから、これらの異状を放置したまま運転を続けることのないよう、早期に動弁機構の点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、バルブクリアランスの方は修理業者がきちんと調整しているだろうし、タペットクリアランスの方は700ないし800時間ごとに点検・調整していて動弁機構に支障を生じたことがなかったので、大したことはあるまいと思い、早期に動弁機構の点検を行わなかった職務上の過失により、吸気弁用バルブブリッジ調整ねじのロックナットの締付けが不完全なまま運転を続け、熊野灘を横浜港に向けて航行中、同ねじが緩んでバルブクリアランスが過小となり、吸気弁の弁棒がコッタから外れてシリンダ内に落下する事態を招き、ピストン、シリンダライナ、シリンダヘッド、過給機等に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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