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2000年(平成12年)

平成10年長審第18号
    件名
漁船恵光丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年3月7日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安部雅生、原清澄、保田稔
    理事官
上原直

    受審人
A 職名:恵光丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
過給機のノズルリング、タービン羽根等が損傷

    原因
主機の燃料制御機構に対する点検不十分

    主文
本件機関損傷は、主機の燃料制御機構に対する点検が不十分で、荒天避航中、主機燃料噴射ポンプのラックが一杯に押し込まれたままとなったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年9月15日04時01分
東シナ海中部
2 船舶の要目
船種船名 漁船恵光丸
総トン数 165トン
登録長 33.20メートル
幅 7.60メートル
深さ 3.40メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 698キロワット
回転数 毎分350
3 事実の経過
恵光丸は、昭和61年10月同型の僚船とともに竣工した、以西底曳網漁業に従事する前部船橋後部機関室型の鋼製漁船で、直径2,650ミリメートル最大翼角24.5度の4翼可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を装備し、主機として、減速歯車比2.05の減速逆転機(以下「クラッチ」という。)を付設した、株式会社新潟鐵工所製の6M28AFTE型と称する連続最大出力965キロワット同回転数毎分390(以下、主機の回転数は毎分のものとする。)のディーゼル機関を備え、主機の左舷側に、定格出力147キロワットのディーゼル機関によって直結駆動される定格容量160キロボルトアンペアの発電機(以下「補機駆動発電機」という。)を配置し、主機の前部動力取出軸には、増速機を介して定格容量180キロボルトアンペアの発電機(以下「主機駆動発電機」という。)と漁労機械用の油圧ポンプを接続し、主機の回転数がおよそ350から360の範囲でのみ、主機駆動発電機を使用できるようになっていた。
ところで、主機は、A重油を燃料として船首側から順に1番から6番までのシリンダ番号を付け、燃料制御機構として、船尾端部左舷側に設けた油圧遠心式のガバナ、各シリンダの左舷側中央部に設けたボッシュ型の燃料噴射ポンプ、6番シリンダの左舷側とガバナとの中間に設けた燃料ハンドル、ガバナの出力軸の動きを各燃料噴射ポンプのラックに一斉に伝える燃料加減軸、エアシリンダやピストンなどからなる非常停止装置、歯車、カム、マイクロスイッチなどを内蔵した過負荷警報発信装置等のほか、燃料加減軸に固定されて同軸の回転程度を示す負荷指針と、同指針のストッパーの役を担う調節ねじとからなる負荷制限装置を備え、燃料ハンドルを押して運転位置にすると、同ハンドルと燃料加減軸との縁が切れてガバナ出力軸の動きがそのまま燃料加減軸に伝えられ、同ハンドルを手前に引いて停止位置にすると、ガバナ出力軸の動きとは無関係に、燃料加減軸が強制的に燃料減の方向へ回転されて主機を停止するようになっていた。そして、負荷制限装置により、主機の計画出力を698キロワット同回転数350と設定してあったが、いつしか調節ねじの封印が切られたうえ、負荷指針が調節ねじに当たらないように折り曲げられ、同装置が解除された状態となっていた。
また、操舵室前部中央に配置した操舵スタンドの右方に機関操縦盤を設け、同盤上に主機の回転計、回転数制御用レバー及び非常停止用ボタン並びにCPPの翼角計及び翼角制御用レバー並びにクラッチの嵌脱用レバー及び前後進用ボタン等を備え、主機の非常停止用ボタンを押すと、前示非常停止装置が作動し、燃料加減軸を強制的に燃料減の方向へ回転させて主機を停止するようになっており、主機の回転数制御用レバーは、いったん引き上げなければ右または左にひねれなかったが、クラッチの嵌脱用レバーは、そのまま軽く右または左にひねれるようになっていた。

一方、A受審人は、平成5年8月から本船に機関長として乗り組み、前任者と同様に、主機の回転数は常時350ないし360と定め、航泊を問わず、主機の運転中は主機駆動発電機を使用することとして、主機の取扱いにあたっていたが、燃料噴射ポンプのラックをはじめ、燃料制御機構の各部には日ごろ手差し注油をし、荒天航行中にもガバナが正常に作動して主機の回転数に大きな変動をきたしたことがなかったうえ、主機発停の都度燃料ハンドルを操作して異状を感じたことがなかったので、同機構に不具合箇所はないものと思い、主機の停止中に燃料ハンドルを一杯に押したり引いたりして、同ポンプのラックや燃料加減軸が円滑に動くことを確認するなどの燃料制御機構に対する点検を十分に行うことなく、負荷制限装置が解除された状態になっていることや、いつしか同ポンプのラックが一杯に押し込まれると固着するようになったことに気付かないまま、運航に従事していた。
こうして本船は、東シナ海で操業を行う目的で、A受審人ほか7人が乗り組み、船首3.0メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成9年7月23日09時僚船とともに長崎港を発し、翌24日08時漁場に至り、中国人3人を乗せて操業を開始し、以後、漁場を移動しながら操業を行っていたところ、同年9月14日夜から台風の影響による荒天となり、A受審人が中国人に単独4時間交代の機関室当直を委ねて、操舵室下方の居住区内にある自室に退いたのち、漁労長が主機の回転数を約350、CPPの翼角を約13度とそれぞれ定め、南方に向けて荒天避航中、激しい船体動揺により、船橋当直中の甲板員がクラッチの嵌脱用レバーに誤って手を触れ、瞬間的に一時クラッチを脱としてしまったものか、あるいは、CPP全体が空中に露出したのち急激に海中に没したものか、主機の負荷が瞬間的に激増し、主機の回転数が急低下して燃料噴射ポンプのラックが一杯に押し込まれ、ほどなく回転数が上昇して350となったものの、ラックが固着して戻らなくなったために回転数が上昇し続け、折から気象・海象の状況を確認しようとして昇橋した漁労長が回転数の異常上昇に気付き、主機の非常停止用ボタンを押し続けるも主機を停止できないでいるうち、同月15日04時01分北緯29度25分東経126度15分ばかりの地点において、過給機のノズルリング、タービン羽根等が損傷し、煙突から多量の火の粉が噴出した。
当時、天候は曇で風力7の北風が吹き、海上はかなり高い波があった。
A受審人は、自室で就寝中、他の乗組員から異変が生じたことを知らされ、起床して甲板上に出たところ、煙突から多量の火の粉が音を立てながら噴出しているのを認めるとともに、主機の回転数が異常に上昇していることに気付き、急いで機関室に入ろうとした途端に停電してしまい、間もなく主機が自然に停止して暗く静かになった機関室に入り、補機駆動発電機を運転して主機を点検した結果、全シリンダの燃料噴射ポンプのラックが一杯に押し込まれたまま戻っていないことが分かり、燃料ハンドルを手で引っ張って運転位置から停止位置に動かそうとしたものの動かないので、取りあえずガバナ出力軸と燃料加減軸との間の連結棒を外し、再度燃料ハンドルを引っ張っていたところ、急に同ハンドルが動いて燃料噴射ポンプのラックが戻り、燃料制御機構全体が円滑に動くようになったことを確認した。
その後本船は、過給機の損傷が明らかになったので、僚船に曳航されながら、主機を無過給運転として低速力で長崎港に戻り、過給機の新替え、主機駆動発電機用自動電圧調整器の修理、主機の2番、6番両シリンダのピストン抜出し修理、全シリンダの燃料噴射ポンプの分解整備等を行った。


(原因)
本件機関損傷は、主機の燃料制御機構に対する点検が不十分で、負荷制限装置が解除されたまま放置されていたことに加え、燃料噴射ポンプのラックが局所的に固着するようになったまま放置されていたため、東シナ海を荒天避航中、同ポンプのラックが一杯に押し込まれたまま固着して戻らなくなり、主機の回転数が異常に上昇したことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、主機の取扱いにあたる場合、何らかの原因によって主機を緊急に停止する必要が生じた際には、操舵室に設置した機関操縦盤上の非常停止用ボタンや機側の燃料ハンドルによって直ちに停止できるよう、主機の停止中に、燃料ハンドルを一杯に押したり引いたりして、燃料噴射ポンプのラックや燃料加減軸が円滑に動くことを確認するなどの燃料制御機構に対する点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、燃料噴射ポンプのラックをはじめ、同機構各部には日ごろ手差し注油をし、主機発停の都度燃料ハンドルを操作して異状を感じたことがなかったので、同機構に不具合箇所はないものと思い、同機構に対する点検を十分に行わなかった職務上の過失により、負荷制限装置が解除された状態になっていることや、燃料噴射ポンプのラックがいつしか局所的に固着するようになったことに気付かないで、東シナ海を荒天避航中、同ポンプのラックが一杯に押し込まれたまま固着して戻らなくなる事態を招き、主機の回転数が異常に上昇し続けて過給機、ピストン、シリンダライナ、排気弁等に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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