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2000年(平成12年)

平成11年広審第111号
    件名
漁船久吉丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年3月24日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、黒岩貢、横須賀勇一
    理事官
弓田斐雄

    受審人
A 職名:久吉丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
4番シリンダのピストン及びシリンダライナが焼き付き、ピストンピン軸受及びクランクピン軸受の各メタルが焼損等

    原因
主機潤滑油の性状管理不十分

    主文
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年2月17日02時00分
隠岐諸島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船久吉丸
総トン数 75.62トン
登録長 27.58メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 404キロワット
回転数 毎分385
3 事実の経過
久吉丸は、昭和51年6月に進水した沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社松井鉄工所製6M26KGS型と称するディーゼル機関を装備し、軸系に油圧式逆転機を備え、操舵室に主機の計器盤及び警報装置を設け、同室から主機及び同逆転機の運転操作ができるようになっていた。
主機は、燃料にA重油を使用する、シリンダ径260ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程400ミリの清水間接冷却機関で、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付され、同機の動力取出軸により容量30及び180キロボルトアンペアの各交流発電機をベルト駆動し、主軸受及びクランクピン軸受にはそれぞれ薄肉完成メタルが使用されていた。

また、主機のピストンは、鍛鋼製ピストンヘッドと鋳鉄製ピストンスカートとからなる組立形で、リン青銅製ピストンピン軸受メタルに直径110ミリ、長さ212ミリのニッケルクロム鋼製ピストンピンを挿入して連接棒の小端部と連結するようになっており、同ヘッドに3本の圧力リングが、同スカートに1本の同リング及び2本の油かきリングがそれぞれ装着されていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部に設けられた容量98リットルの油だめから直結の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の機器については「潤滑油」を省略する。)によって吸引加圧された潤滑油が、冷却器、次いで金網式こし筒を内蔵した複式こし器を経て入口主管に至り、同主管からシリンダごとに分流して主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受を順に潤滑したうえピストンピンの中空穴を通ってピストンを冷却するほか、歯車装置、カム軸、ロッカーアームなどにも分流し、各部を潤滑したのち油だめに戻り、クランクピン軸受やピストンピン軸受などに注油された同油の一部がクランク軸の回転によってはね飛ばされ、その一部がピストンとシリンダライナのしゅう動部を潤滑するもので、同主管部の標準の同油圧力が約3.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)で、これが1.8キロ以下になると同油圧力低下警報装置が作動するようになっていた。また、同油系統にはこし器以外の清浄装置が設けられていなかった。
ところで、主機の潤滑油は、運転時間の経過とともにスラッジなどの異物が混入したり、高温にさらされたりして汚損劣化が進行するほか、同油を取り替える際に油だめの内部掃除を行わないままウイングポンプで旧油をくみ出したのみで、そのまま新油のはり込みを繰り返していると、油だめ内などに残留していたカーボン、スラッジ、金属粉及び旧油などの影響を受けて汚損劣化が早く進行するので、主機各部の良好な潤滑及び冷却を維持するうえから、主機取扱説明書を参照し、主機の運転状況などを考慮して潤滑油の取替え時期を決定する必要があり、機関メーカーでは同油の取替え基準を運転時間1,500ないし2,000時間と定めていた。

久吉丸は、兵庫県美方郡諸寄漁港を基地とし、9月から翌年5月までの操業期間中、日本海の隠岐諸島周辺の漁場で1航海が4ないし5日間の沖合底びき網漁を繰り返しており、主機の整備については、2年ごとの検査時にピストン及び過給機の開放整備が、毎年の休漁期に吸・排気弁などの整備がそれぞれ行われていたほか、4箇月間を目安として潤滑油の取替えが行われていた。
A受審人は、平成10年2月甲板員として乗り組んだのち、同年6月に機関長に昇格して機関の運転と保守管理にあたり、翌7月の中間検査工事で主機のピストン、過給機、吸・排気弁などの整備及び潤滑油の取替えを行ったのち、9月上旬から操業を開始し、8ないし10日ごとにこし器を切り替えてこし筒の掃除を行いながら、全速力前進時の回転数を毎分340までとして月間に約600時間主機を運転していた。

A受審人は、同11年1月上旬ごろから主機こし器のこし筒に付着するスラッジなどの異物が多くなったのを認めたが、近いうちに燃料噴射弁の整備をする予定であったので、そのとき業者に潤滑油の取替えを依頼すればよいと思い、速やかに取り替えるなどして、同油の性状管理を十分に行うことなく運転を続けているうち、長期間油だめ内の掃除を行っていなかったこともあって、荒天時、船体動揺により油だめ底部に残留、たい積していたスラッジなどの異物が同油中に混入し、こし筒が目詰まりして同油圧力低下警報装置が作動するようになり、その都度こし器を切り替えてこし筒の掃除を繰り返していたところ、いつしか4番シリンダのクランクピン軸受などが異物のかみ込みや潤滑不良により、同軸受メタルが異常摩耗を生じ、これが次第に進行してピストン冷却油量が減少する状況となった。
こうして、久吉丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、同年2月14日08時ごろ諸寄漁港を発し、主機を全速力前進にかけ、14時ごろ隠岐諸島北東方沖合の漁場に至り、漁場を移動しながら操業を繰り返していたが、しけ続きであったことから操業を早めに切り上げ、越えて17日00時30分漁場を発して同港に向け帰途に就き、主機の回転数を毎分340の全速力前進として航行中、かねてより冷却油量が不足気味で冷却不良となっていた4番シリンダのピストンがピストンピン軸受の潤滑不良による発熱も重なって過熱膨張し、02時00分黒島埼灯台から真方位076度18海里の地点において、同シリンダのピストンがシリンダライナに焼き付き、異音を発して主機が自停した。
当時、天候は晴で風力3の南西風が吹き、海上には白波があった。

機関室の仮設寝台で休息していたA受審人は、主機の異常に気付き、ターニングを試みたものの果たせず、クランク室ドアを開放して各シリンダのクランクピン軸受、連接棒などを触手したところ、4番シリンダの各部が著しく発熱しているのを認め、運転不能と判断して事態を船長に報告した。
久吉丸は、来援した僚船により諸寄漁港に引き付けられ、同港において主機各部を精査した結果、4番シリンダのピストン及びシリンダライナが焼き付き、ピストンピン軸受及びクランクピン軸受の各メタルが焼損していたほか、連接棒が曲損していることが判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。


(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分で、同油が汚損劣化したまま運転が続けられ、クランクピン軸受メタルの摩耗が進行してピストンピン軸受及びピストンの潤滑、冷却が著しく阻害されたことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、主機こし器のこし筒に付着するスラッジなどの異物が多くなったのを認めた場合、既に潤滑油の取替え時期を過ぎて使用していたから、主機各部の潤滑、冷却が阻害されることのないよう、速やかに取り替えるなどして、同油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、近いうちに燃料噴射弁の整備をする予定であったので、そのとき業者に同油の取替えを依頼すればよいと思い、速やかに取り替えるなどして、同油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、同油が著しく汚損劣化したまま主機の運転を続け、クランクピン軸受メタルが異常摩耗を生じてピストン冷却油量の減少を招き、4番シリンダの同メタル、ピストンピン軸受、ピストン及びシリンダライナを焼損させ、連接棒を曲損させるに至った。

以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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