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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年11月18日08時51分 浦賀水道 2 船舶の要目 船種船名
油送船伊豆山丸 総トン数 146,541トン 全長 321.95メートル 機関の種類
過給機付2サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 21,917キロワット 回転数
毎分76 3 事実の経過 伊豆山丸は、平成4年7月に進水した、機関部Mゼロ自動化設備を備え、ペルシャ湾から日本への原油輸送に従事する油送船で、主機として、指定海難関係人R株式会社S造船所UE設計課(以下「R社UE設計課」という。)が設計して同造船所が製造した、6UEC85LS?型機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置及び監視装置を備え、専ら船橋で主機を操縦していた。 主機は、各シリンダを船尾側から順番号で呼称し、燃料として動粘度280ないし380センチストークスのC重油が使用されていた。 主機の始動空気系統は、空気圧縮機で最高25キログラム重毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に圧縮された空気が、主空気だめからモーター弁及び始動空気自動止め弁を経て始動空気主管に至り、同主管から枝管が各シリンダの始動空気弁(以下「始動弁」という。)に接続されており、一方、始動空気主管から分岐して始動空気管制弁に至った空気が、始動空気投入のタイミングにあるシリンダの始動弁頂部に送られ、同始動弁を押し開くようになっていた。 始動空気主管は、JIS記号STPG38で表される圧力配管用炭素鋼鋼管で、呼び径150ミリメートル(以下「ミリ」という。)、厚さ7.1ミリ、内径151ミリ、長さ8,973ミリのもので、前端部寄りに始動空気自動止め弁からの配管が接続され、同管を含めると全長11,494ミリとなり、後端部寄りに呼び径32ミリの始動空気管制弁への配管が、後端フランジに呼び径10ミリのドレン排出管及びドレン弁がそれぞれ接続されていた。また、各シリンダの始動弁に接続される枝管は呼び径90ミリで、各枝管途中に火炎防止金物が装着されていた。 始動空気自動止め弁は、ガッチャン弁と通称され、始動時以外は弁本体が下方からばねで押さえられて閉弁状態となっていて、始動時に上部ピストンにかかる空気圧により、弁本体が押し下げられて空気通路を開くもので、下部カバーが呼び径24ミリの鋼製ボルト8本で取り付けられていた。 始動空気管制弁は、カム軸で駆動される回転板が始動弁頂部への空気通路を開閉するもので、摺(しゅう)動部に給油された潤滑油はドレン管を経てクランク室に落ちるようになっており、カバーが呼び径16ミリの鋼製ボルト6本で取り付けられていた。 R社UE設計課は、始動空気主管内の爆発防止対策として、主機取扱説明書で、始動弁の定期整備及び始動前の枝管の触手点検を実施するよう指導していた。 A受審人は、平成9年4月から機関長として乗り組み、機関部の責任者として機関の運転、保守、整備等にあたっており、主機の始動弁については、取扱説明書に従って使用時間約6,000時間ごとに開放整備していた。主機運転中の始動弁からの燃焼ガス漏洩(えい)の有無点検については、毎日のMゼロチェック当番者に枝管の触手点検をさせ、自らも毎日正午ごろの巡検時に同点検を行い、約1週間ごとに始動空気主管のドレン弁を開けてドレン滞留の有無を確かめていた。 伊豆山丸は、A受審人ほか22人及び研修生2人が乗り組み、原油約250,000キロリットルを積載し、船首尾とも19.51メートルの喫水で、同年10月28日20時50分(現地時間)イラン・イスラム共和国カーグ島を発し、主機回転数毎分約74(以下、回転数は毎分のものを示す。)の全速力前進として京浜港川崎区に向かった。 A受審人は、毎日始動空気主管の全枝管を触手点検して同部温度が摂氏55ないし60度で出航以来変化のないことを確認し、約1週間ごとに始動空気主管のドレン弁を開けてドレンや燃焼ガスが出ていないことを確認していた。 伊豆山丸は、翌11月18日(以下、時刻については日本標準時で示す。)東京湾入航に備えて減速を開始し、主機回転数を04時00分約68に、06時10分約61に、同時15分約41に減速して機関用意を発令した。さらに、主機の後進テストを実施する目的で、08時50分機関停止を発令したが、このころ、何らかの理由で始動空気主管内に可燃ガスが形成されて滞留していた。 A受審人は、船橋にいて機関の監視にあたっており、主機前配置の二等機関士から始動空気主管の過熱など異状の報告を受けなかったので、そのまま機関後進発令を待った。 こうして伊豆山丸は、主機の遊転がほぼ停止して船速が約5.1ノットまで低下したところで、08時51分洲埼灯台から真方位342度5.2海里の地点において、微速力後進を発令したところ、同時にカム軸が後進位置に切り替わり、始動空気自動止め弁が開いて圧縮空気が始動空気主管に流入した瞬間、始動空気主管内の可燃ガスが発火して爆発が生じ、大音を発するとともに始動空気自動止め弁下部及び始動空気管制弁が損傷し、空気圧低下警報及び火災警報が作動して、主機はトリップ状態となった。 当時、天候は晴で風力8の西南西風が吹き、海上はかなり高い波があった。 A受審人は、主機の損傷状況を確認して船長に主機使用不能である旨を報告し、伊豆山丸が来援した引船に館山湾まで曳(えい)航されて投錨したのち、始動弁の漏洩テストを実施して全始動弁が漏洩するのを認め、摺り合わせを施行した。 精査の結果、始動空気自動止め弁では、下部カバー取り付けボルト8本のうち、5本が破断、3本のねじ部が損傷し、弁本体が落下して曲損しているほか、始動空気管制弁では、カバー取り付けボルト6本の全数が破断、回転板の一部が破損していることなどが確認された。 伊豆山丸は、同月22日損傷部品が取り替えられて航海に復帰し、以後、後進テストを実施する前に始動空気主管内を雑用空気でブローするなどの対策をとることとした。 R社UE設計課は、船主と協議のうえ、始動空気主管内の可燃ガス滞留防止対策として、常時開放のドレン管を追設、始動空気管制弁の潤滑油ドレン管に潤滑油が滞留しないように同ドレン管を改造、始動空気枝管にサーモペイントを塗装し、そして、始動空気主管内で爆発が生じた場合の損傷防止対策としてラプチャーディスクを新設するなどの措置を講じた。また、損傷に至った経緯を解明するため、R株式会社T研究所において燃焼実験ほか各種実験を実施し、同実験では、 (1) 始動空気投入時始動空気主管端部で反射衝撃波を生じ、同端部から1.8メートルの間で1,000分の11秒間摂氏約800度に上昇する。 (2) この条件で、燃料がガス化したものは発火するが、液滴や潤滑油では発火しない。 (3) 燃料がガス化して滞留するには、始動空気主管が摂氏130度以上に過熱されることが必要である。 ことが確かめられたとし、この結果から、 (1) 始動弁から漏洩する燃焼ガス中の未燃燃料が発火した。 (2) 始動空気投入前に枝管を触手点検すれば、始動弁の漏洩による異状過熱が発見できるはずである。 (3) シリンダ内の爆発最大圧力が約130キロであるのに対し、始動空気自動止め弁下部カバー取り付けボルト8本を破断するには300キロ以上の圧力が必要であることから、爆発の形態は、細長い管で起こる、非常に強い衝撃波を伴うデトネーションであった。 ことなどを推論し、同型機関搭載の各船に対し、始動前に枝管を触手点検するよう改めて周知方を図った。 なお、財団法人日本海事協会は、平成11年4月1日以降船級登録を申請した船舶の機関に対しては、枝管に火炎防止金物を装備する場合にも始動空気主管にラプチャーディスクを装備するよう規則を改正した。
(原因の考察) 本件発生は、主機始動空気投入の瞬間であり、シリンダ内で燃焼が始まる前に始動空気主管内で爆発が生じたことは明らかで、発火に至る経過及び爆発の形態については、証拠(V株式会社の回答書添付の伊豆山丸主機始動空気系損傷事故に関するデトネーションの考察及びR株式会社作成の伊豆山丸主機関始動空気系デトネーションの検討について)から、ガス化した燃料油が発火し、デトネーションへと進展したものと認められる。 通常、始動空気主管内壁は、空気圧縮機から持ち込まれる圧縮機油や空気系統中の注油器から供給される潤滑油など(始動弁内部のOリングが不良のときに始動空気管制弁を経て混入する主機システム油及びシリンダ油、始動弁が漏洩するときシリンダ内から混入する主機システム油及びシリンダ油が加わる場合もある。)で湿った状態にあるものと考えられるが、同証拠によれば、これら潤滑油は始動空気投入時の始動空気主管端部における断熱圧縮及び反射衝撃波による温度上昇では発火に至らないことから、潤滑油の存在によって燃料油が発火したのちフィルムデトネーションへと進展した可能性が考えられるものの、燃料油が混入していなければ発生しなかったといえる。 また、同証拠は、燃料油がガス化して滞留するためには、始動空気主管が摂氏130度以上に過熱される必要があり、始動空気主管内への燃料油の混入と摂氏130度以上の過熱は、始動弁の漏洩なくしては成り立たない旨結論している。 しかしながら、主機運転中の枝管の触手点検結果からは始動弁の漏洩は認められず、本件前最後の触手点検から本件発生までの間に急激な漏洩が生じることも考え難く、始動直前に始動空気主管が摂氏130度以上に過熱されておれば、機関用意中主機前に配置されていた機関士により容易に異状が察知されていたはずである。本件後の始動弁漏洩テスト(弁ステム側に約7キロの雑用空気圧をかける方法)で漏洩があった点についても、弁の当たり面に塗った潤滑油に微少な気泡が出る程度であったことを考慮すれば、漏洩は温度上昇を伴わない程度の微量であったと推認できる。 すなわち、主機の始動は、出入港時に繰り返し、しかも日常的に行われ、その都度始動空気主管の後端部付近に断熱圧縮及び反射衝撃波による高熱の火源が生じていることになり、本件において、同主管内には始動弁から漏洩した燃焼ガス中に含まれる未燃燃料の存在した可能性が浮かび上がるが、始動弁の漏洩は同主管の明らかな過熱を伴わない程度であって、同主管内に爆発限界となる濃度まで燃料の可燃ガスが蓄積されたことを認めるには十分な挙証が得られない。 以上から、可燃ガスが形成された経過を明らかにすることができない。
(原因) 本件機関損傷は、東京湾入航前の後進テストで主機始動操作により始動空気主管内に圧縮空気が入った瞬間、同管内に滞留していた可燃ガスが発火して爆発を生じたことによって発生したものである。しかしながら、可燃ガスが形成された経過を明らかにすることができない。
(受審人等の所為) A受審人の所為は、可燃ガスが形成された経過が不明であるので、原因とのかかわりを明らかにすることができない。 R社UE設計課の所為は、可燃ガスが形成された経過が不明であるので、原因とのかかわりを明らかにすることができない。
よって主文のとおり裁決する。 |