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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年2月10日05時30分 宮城県金華山東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第三十八吉丸 総トン数 279トン 全長 59.58メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,912キロワット(計画出力) 回転数
毎分290(計画回転数) 3 事実の経過 第三十八吉丸(以下「吉丸」という。)は、昭和63年12月に進水した、遠洋底びき網漁業に従事する船尾機関室型鋼製漁船で、機関室には、中央部に備えた主機の両側に、いずれも容量500キロボルトアンペアの3相交流発電機(以下「発電機」という。)が、右舷側の1号機は発電機駆動用原動機(以下「補機」という。)を船首側にして、左舷側の2号機は補機を船尾側にしてそれぞれ据え付けられ、機関室上方の船尾上甲板両舷には、漁獲物処理室や機関室等への出入口用としてコンパニオンが設けられていて、その上に設けられた右舷側の化粧煙突には主機及び1号補機の排気管等が、また、左舷側の化粧煙突には2号補機の排気管等がそれぞれ導かれていた。 補機は、共にヤンマーディーゼル株式会社製のS165L−EN型と称する、定格出力441キロワット同回転数1,200の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、各シリンダには、1号機は船首側から、2号機は船尾側からそれぞれ順番号が付され、6シリンダ一体形の排気マニホルドが各シリンダヘッド排気出口孔のやや上方に水平に取り付けられ、同マニホルドの中央部上方に輻流式の排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)が取り付けられていた。また、各シリンダヘッドは、吸・排気弁が4弁式のもので、ターニング時等に吸気弁を機械的に開弁させて無圧縮とするデコンプ装置と称する機構を備えていたが、指圧器弁が装備されていないのでエアランニングができない構造となっていた。 2号補機の排気管は、過給機出口に取り付けられた呼び径200ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋼管が、左舷側のコンパニオンまで立ち上がり、同室天井下部を船尾方向に水平に配管されて化粧煙突内に設けられた垂直な排気管の下部に接続されており、垂直な排気管の先端が煙突頂板から50センチメートルほど上方に突き出して大気に開口している一方、同排気管底部にはドレン管が溶接されていて、ドレン管下部に、浸入した雨水や海水の検知及び排気ガスのシールを目的としたシールポットと称する検水装置が取り付けられていた。 ところで、排気管の開口部は、やや斜め船尾方に向いていて、船首側にヒンジを設けて開閉できるようになった金属製の蓋(以下「排気蓋」という。)が取り付けられ、停止中の雨水や海水の浸入を防止するようになっていたが、同蓋の高さが上甲板からほぼ4メートルと低いため、荒天に遭遇して高波を受けたりすると、同蓋が高波に叩かれて損傷し、海水が開口部から排気管内に浸入するおそれがあった。 A受審人は、平成9年4月に機関長として乗り組んで主機や補機等の運転管理に従事しており、発電機については、出入港時や負荷が多いときにのみ並列運転とするほかは、1、2号機を約10日間隔で交互に単独運転として使用時間を揃えるようにしており、補機を始動する際には、コンパニオン内の検水装置のそばを通り、化粧煙突上部の排気蓋を開けてから補機を始動するようにしていたが、時間的に余裕のない場合等には、補機を始動してから排気蓋を開けに行くこともあった。 吉丸は、A受審人ほか19人が乗り組み、約450トンの冷凍漁獲物を載せ、船首5.00メートル船尾7.00メートルの喫水をもって、同11年2月9日07時30分北海道釧路港を発し、荷揚げの目的で、宮城県仙台港に向かっていたところ、同日13時ごろから荒天模様となり、21時ごろ更に風波浪が激しくなって高波を受けた際、高波に叩かれるなどして2号補機の排気蓋のヒンジが曲損したことにより、半開きとなった排気管開口部から海水が浸入し、大部分の海水はドレン管から検水装置を経て下方の床面に排出されたものの、一部の海水が排気管から過給機を経て排気マニホルドに達し、同マニホルドから排気弁が開弁していたシリンダ内に浸入し、過給機に近い4番シリンダ内にトップクリアランスに相当する容積より若干多い程度の海水が滞留した。 A受審人は、翌10日05時10分ごろ入港スタンバイで機関室配置に就き、入港準備の一環として停止中の2号補機を始動することにしたが、前日甲板部員から高波に遭遇したことを聞いていたのに、もっとひどい時化に遭遇したときも海水が浸入したことはなかったのでまさか排気管から海水が浸入していることはあるまいと思い、始動に先立って排気蓋や検水装置の状態を点検するなど、排気管からの海水浸入の有無の確認を十分に行わなかったので、排気蓋が半開きとなり、かつ、検水装置が水で満たされ同装置下方の床面に溢れた水が溜まっている状況となっていることに気付かなかった。 こうして、吉丸は、A受審人が始動前に十分な確認を行わないまま2号補機を始動したところ、4番シリンダ内に滞留していた海水がピストンとシリンダヘッドとで挟撃され、05時30分金華山灯台から真方位100度2海里の地点において、同シリンダの連接棒が曲損して燃焼が不良となった。 当時、天候は曇で風力6の南西風が吹き、海上はうねりがあった。 A受審人は、2号補機を始動後、同機の異状に気付かぬまま機関室からコンパニオンを通って化粧煙突上に上がったところ、排気蓋が損傷して半開きになった開口部から多量の白煙が排出されていることを認めたので、急いで機関室に引き返して2号補機を停止した。 吉丸は、2号補機の運転が不可能となったため1号発電機のみを運転して仙台港に入港し、荷揚げ後に宮城県石巻港に回航したあと、補機メーカーの代理店により2号補機を開放して精査した結果、連接棒のほかシリンダライナにも損傷が発見されたので、のち損傷部品をすべて取り替えるなどの修理を行い、同時に、排気蓋も深さの深い重い頑丈なものに取り替えた。
(原因) 本件機関損傷は、釧路港から仙台港に向けて航行中、荒天に遭遇したのち補機を始動する際、排気管からの海水浸入の有無の確認が不十分で、排気管から海水が浸入したまま補機が始動され、シリンダ内に滞留していた海水がピストンとシリンダヘッドとで挟撃されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、釧路港から仙台港に向けて航行中、荒天に遭遇したのち補機を始動しようとする場合、排気管開口部が低くて海水が浸入するおそれがあったうえ高波を受けたことを事前に甲板部員から聞いていたのであるから、排気蓋や検水装置の状態を始動前に点検するなど、排気管から海水が浸入した形跡がないか十分に確認してから同補機を始動すべき注意義務があった。ところが、同人は、まさか排気管から海水が浸入することはあるまいと思い、排気管からの海水浸入の有無の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、海水がシリンダ内に滞留していることに気付かぬまま同補機を始動し、4番シリンダ内に滞留していた海水をピストンとシリンダヘッドとで挟撃させ、同シリンダの連接棒及びシリンダライナを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |