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2000年(平成12年)

平成11年広審第77号
    件名
漁船松栄丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年2月10日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、黒岩貢、横須賀勇一
    理事官
弓田斐雄

    受審人
A 職名:松栄丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
たわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンが切損、入力軸、同軸の円錐ころ軸受、入力歯車などが損傷

    原因
主機逆転減速機の点検不十分

    主文
本件機関損傷は、主機逆転減速機の点検が不十分で、入力軸の軸心が不正となったまま運転が続けられたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年12月3日06時15分
隠岐諸島北方沖
2 船舶の要目
船種船名 漁船松栄丸
総トン数 65.81トン
登録長 26.06メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 551キロワット
回転数 毎分655
3 事実の経過
松栄丸は、昭和55年3月に進水した沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社製のT220−ST2R型と称するディーゼル機関を装備し、軸系に同社が製造したY−850型と称する湿式多板油圧クラッチを内蔵した逆転減速機を備え、操舵室に設置した主機遠隔操縦装置の操縦ハンドルで前後進切替え及び回転数の制御操作ができるようになっていた。
逆転減速機は、円錐ころ軸受で支持された入力軸、同軸に焼きばめされた入力歯車、同歯車とかみ合う前進入力歯車、前・後進クラッチ、推力軸受を有する出力軸に取り付けられた大歯車及びそれとかみ合う後進小歯車などから構成されており、操舵室の操縦ハンドルを前進側、又は後進側に操作すると、前進クラッチ、又は後進クラッチが嵌(かん)合され、入力軸、入力歯車、前進入力歯車、前進クラッチ、前進小歯車、大歯車及び出力軸を経て、又は入力軸、入力歯車、後進クラッチ、後進小歯車、大歯車及び出力軸を経て主機のトルクをプロペラ軸に伝達するようになっていた。

また、逆転減速機の潤滑油系統は、同減速機ケーシング底部にある容量70リットルの油だめから直結の潤滑油ポンプによって吸引された潤滑油が、15キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に昇圧され、前後進切替え弁を経て前・後進クラッチに作動油として作用するほか、潤滑油こし器及び油圧調整弁などを経て2ないし3キロの圧力で各歯車、前・後進クラッチ及び入力軸の円錐ころ軸受にそれぞれ供給されており、潤滑油圧力が0.3キロ以下になると、警報装置が作動して操舵室及び機関室の警報ランプが点灯するとともに、警報ブザーが鳴るようになっていた。
ところで、逆転減速機の入力軸は、同軸の前部軸端に、外径765ミリメートル(以下「ミリ」という。)の皿形をしたたわみ軸継手をねじの呼び径20ミリピッチ1.5ミリ長さ60ミリの取付けボルト6本及び直径26ミリ長さ52ミリの平行ピン8本で取り付け、外径95ミリ内径40ミリ長さ65ミリの筒形ゴム16個で主機フライホイールと同継手とを結合して、主機のトルクが伝達されるようになっていたが、取付けボルト及び平行ピンは、構造上、同減速機を機関台に据え付けたままでは見えにくく、その取付け状態を点検することも困難であった。

松栄丸は、兵庫県柴山港を基地とし、9月上旬から翌年5月下旬までの操業期間中、隠岐諸島北方沖の漁場に赴き、1航海が5ないし7日間の操業を繰り返し、休漁期の6月ごろ入渠して船体及び機関の整備が行われていた。
A受審人は、松栄丸竣工時から機関長として乗り組み、1人で機関の運転と保守管理にあたり、毎年6月ごろ主機のピストン及び過給機などの開放整備を行い、逆転減速機については、定期検査工事時に開放整備を、2年ごとの中間検査工事時に内部の点検をそれぞれ行っており、平成9年8月中間検査工事の際には同減速機ケーシングの上部カバーを開放して点検を行い、潤滑油を取り替えて翌9月上旬から操業を始め、その後、1週間ごとに油量を確認し、20日ごとに潤滑油こし器の掃除を行いながら航行中の主機回転数を毎分655とし、年間に3,000ないし4,000時間運転していた。

また、A受審人は、船長が操舵室で市場の競り時刻に遅れそうなときには危険回転数域近くの毎分720まで主機を増速したり、操業中に高い主機回転数のまま逆転減速機の前後進切替え操作を繰り返すなどして激しい振動が主機後部から同減速機にかけて生じることから、その都度船長に主機の回転数に注意して操縦ハンドルを操作するよう助言していた。
ところで、主機の逆転減速機は、えい網時における過大なトルクの繰り返しや同減速機の激しい操作などの影響もあって、長期間継続使用していた筒形ゴムに変形、摩耗が次第に進行したうえ、同減速機据付けボルトに緩みを生じるようになり、いつしか同減速機入力軸の軸心が次第に不正となって、繰り返し作用する過大な曲げ応力などによりたわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンに材料疲労が、同軸の円錐ころ軸受、入力歯車及び前・後進クラッチのスチールプレートなどに損耗がそれぞれ生じ始めた。

A受審人は、操業中、3ないし4時間ごとに機関室に赴いて主機各部の点検を行っていたところ、同年10月下旬ごろから逆転減速機の入力軸周辺の運転音が高くなり、潤滑油こし器に金属粉が付着するようになったが、中間検査工事の際に同減速機の点検を行ったので問題ないと思い、修理業者に依頼するなどして、速やかに同減速機の点検を行うことなく主機の運転を続けたので、たわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンにそれぞれ亀裂(きれつ)が生じたうえ、円錐ころ軸受損耗の進行により同軸の軸心が著しく不正となったことに気付いていなかった。
こうして、松栄丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、ずわいがに漁の目的で、船首1.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、同年12月1日10時ごろ柴山港を発し、隠岐諸島北方沖に至って操業を開始し、同月2日夕方ごろからしけ模様となり、操業を中止して主機駆動の交流発電機を運転したまま錨泊し、翌3日早朝しけがおさまったので、揚錨して操業を再開するため船長が操舵室で操縦ハンドルを前・後進側に繰り返し操作していたところ、06時15分北緯37度16分東経132度45分の地点において、たわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンの全数が切損し、同継手と逆転減速機入力軸との結合が離れた。

当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、海上は平穏であった。
船首甲板上にいたA受審人は、船長から逆転減速機の操作不能を知らされて機関室に急行したところ、警報ブザーが鳴り、同減速機の潤滑油圧力計の指針が零で同減速機ケーシング内部から運転音が少しも聞こえず、入力軸が回転していないように見えたので直ちに主機を停止し、同減速機の潤滑油ポンプ駆動軸受のカバーを開放のうえ主機のターニングを試みたものの、同ポンプの歯車が回転しないのを認め、運転不能と判断して事態を船長に報告した。
松栄丸は、救助を求め、来援した僚船により柴山港に引き付けられ、同港において逆転減速機を開放して精査した結果、たわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンが切損していたほか、入力軸、同軸の円錐ころ軸受、入力歯車、前・後進クラッチのスチールプレートなどが損傷していることが判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。


(原因)
本件機関損傷は、主機逆転減速機の入力軸周辺の運転音が高くなり、潤滑油こし器に金属粉が付着するようになった際、同減速機の点検が不十分で、同減速機の据付けボルトの緩み及び同軸の円錐ころ軸受の損耗により同軸の軸心が不正となったまま運転が続けられ、同ころ軸受、入力歯車、たわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンなどに過大な繰り返し応力が作用したことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、主機逆転減速機の入力軸周辺の運転音が高くなり、潤滑油こし器に金属粉が付着するようになった場合、入力歯車のかみ合わせや同軸の円錐ころ軸受などに不具合が生じているおそれがあったから、修理業者に依頼するなどして、速やかに同減速機の点検を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、中間検査工事の際に同減速機の点検を行ったので問題ないと思い、速やかに同減速機の点検を行わなかった職務上の過失により、同減速機据付けボルトの緩み及び同ころ軸受の損耗に気付かないまま運転を続け、同軸の軸心の著しい不正を招き、同軸、同ころ軸受、入力歯車、たわみ軸継手の取付けボルト及び平行ピンなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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