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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年5月7日10時20分 神奈川県諸磯湾入口 2 船舶の要目 船種船名
プレジャーボート光進丸 総トン数 104トン 全長 30.56メートル 機関の種類
過給機付2サイクル16シリンダ・V形ディーゼル機関 出力 1,338キロワット 回転数
毎分2,170 3 事実の経過 光進丸は、昭和57年3月に進水した、二層甲板型のFRP製プレジャーボートで、下甲板の中央部から後部にかけて機関室を配置し、主機として米国ゼネラルモータース社が製造した16V−92TI型と呼称するV形シリンダ配置ディーゼル機関を2基装備していた。 機関室は、左右両舷に主機を、それらの周囲に補機、温水器などをそれぞれ置き、また右舷後部の同室入口につながる一角を機関監視室として主配電盤と主機用警報盤を備えていた。 主機は、間接冷却型で、冷却清水が2個の熱交換器を内蔵する冷却水タンクから直結冷却水ポンプに引かれて加圧され、潤滑油冷却器で潤滑油を冷却したのちV形配置の両列に分かれてシリンダライナ周囲とシリンダヘッドを、また一部が両列の排気集合管の周囲をそれぞれ冷却し、冷却水出口管で再び合流して冷却水タンクに戻り、熱交換器で海水に放熱するようになっていた。また、冷却海水が2台の直結海水ポンプで船底弁から吸引され、インタークーラを経て冷却水タンク内の2個の熱交換器にそれぞれ送られるようになっていた。 冷却水出口管は、両列とも船首側及び船尾側の2本の鋳鉄管で構成され、各管がそれぞれ4個のシリンダヘッドの出口から冷却水を受け入れて列ごとに船首側の出口たまりに導くもので、2本を突き合わせた部分はゴムリングとクランプで接続され、同たまりに温度警報用サーモスタットが取り付けられ、機関監視室と船橋の主機用警報盤で警報が吹鳴するようになっていた。 冷却水出口管接続部のゴムリングは、接続する両管端を外側から包み、突き合わせる内面が段付き形状をなし、幅が約15ミリメートルの外径部をほぼ同じ幅のクランプで締め付けるものであった。また、同部のクランプは、Tボルトクランプと呼ばれ、ステンレス製バンドを引き棒と六角ナットで引き締めるもので、六角ナットの緩み防止のためにばねが挿入されていた。 R株式会社は、米国S社デトロイトディーゼル部門の日本総代理店で、舶用機関の販売、修理と工事監督を行っていた。 指定海難関係人R株式会社エンジン事業部東京営業部船橋事業所(以下「R社」という。)は、東京営業部が担当する関東地方以北の範囲での整備のために技術員を所属させ、自社工場に陸揚げされたエンジンの開放整備をするほか、造船所や鉄工所での整備の指導に当たり、同営業部が光進丸の主機及び補機を納入して以来、船主の依頼を受けて定期整備を行うことがあり、平成元年に左舷主機が損傷した際に主機を自社工場に運んでピストン抜き整備を行った。その後、潤滑油系統及び海水配管のガスケット漏れが生じた際に手直しの依頼を受けたほかは、機関主要部の開放を伴う整備を依頼されなかったので、主機の整備管理を継続的に担当しておらず、冷却水出口管など配管接続部の定期的な点検を行う機会がなかった。 ところで、主機は、平成3年以降、運転時間が短いことを考慮して定期検査及び中間検査における開放検査を免除されており、冷却水出口管の取外しを伴う作業が行われることがないまま運転が続けられており、左舷機右列の冷却水出口管接続部のゴムリング用クランプに、バンドの下部でいつしか腐食とそれによる亀(き)裂が生じていた。 A受審人は、平成8年2月から機関長として光進丸に乗り組み、機関の運転管理と係留地での保守とに当たっていたもので、光進丸が係留地から回航されて神奈川県小網代湾に停泊中、平成9年5月7日09時50分出航に備えて主機を始動したのち、機関監視室で待機していたが、左舷機右列の冷却水出口管接続部のゴムリング用クランプがバンドの下部で切れ、同接続部から冷却清水が漏れ始めたことに気付かなかった。 こうして光進丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、船首1.6メートル船尾1.7メートルの喫水をもって、10時10分小網代湾を発し、両舷主機を毎分回転数2,000にかけて油壺湾に向かったところ、主機の増速にしたがって左舷機右列の冷却水出口管接続部の漏えい箇所から冷却水が噴出し始め、冷却水タンクの水位が熱交換器以下に低下して冷却水温度が急上昇し、温度警報用サーモスタットが作動して左舷機の冷却水温度警報が機関監視室及び船橋で吹鳴した。 A受審人は、発航後、船体の揺れで外の様子が気になり、警報監視を行うことなく、機関監視室を離れて後部甲板に上がっていたので警報に気付かず、左舷機の運転状況を確認することも、停止することもできなかった。 光進丸は、船橋で冷却水温度警報が吹鳴し、同ランプが点灯を続けたので、船橋で操舵に当たっていた甲板員がA受審人を捜すうちにも左舷機の運転が続けられて過熱し、10時20分諸磯埼灯台から真方位300度1,100メートルの地点で、ピストン、シリンダライナが焼き付き、主機が自停した。 当時、天候は曇で風力5の北風が吹いていた。 A受審人は、甲板員から連絡を受けて機関室に入り、左舷機を点検したところ、冷却水の漏れた箇所を発見できなかったが、冷却水タンクの水位がなくなっており、オイルパンの潤滑油が乳化して油面が異状に高くなっているのを認めて運転不能と判断した。 光進丸は、右舷機のみで航行を続けて油壺湾に仮泊し、精査した結果、左舷機のすべてのピストンが焼き付き、シリンダライナが異常摩耗して冷却水Oリングが溶損し、1番及び4番のシリンダヘッドに亀裂を生じており、のち係留地に回航されて左舷機が開放され、損傷部を取り替えて修理された。
(原因の考察) 本件機関損傷は、主機始動後、左舷機右列の冷却水出口管接続部のゴムリング用クランプが切れ、主機の増速にしたがって冷却水圧力が上昇して同接続部から冷却水が噴出し、冷却水が払底して冷却が阻害されたことによって発生したものであるが、ステンレス製のクランプが長期間の使用で切断した点について考察する。 まず、切れたクランプの種類、型式について、本件後の確認をした外注員が、冷却水出口管接続部は純正のTボルトクランプであったと証言している。本機関の配管には、圧力、サイズに合わせて3種類のクランプが混在し、当該箇所のクランプには一時期の仕様変更歴のために2種類が使われる可能性があったが、外注員の経験と直後の報告内容、本船を訪船して床板に落ちていたクランプの切断を確認した状況等からその証言は妥当と考える。 また、ステンレス製のバンドの切れた箇所付近にさびがあったとの証言があるが、当該クランプの取付け箇所が酸や海水などの影響を受ける環境ではなかったと考えるのが相当で、さび発生の原因に疑問が生じる。そこで、スチール製クランプが使用された可能性が浮かぶが、メーカー代理店であるR社が平成元年に陸揚げ整備し、規格外のクランプの使用はあり得ないとし、また、その後R社及び係留地での機関整備を請け負っていた造船所が部品の取り替えを行った記録もないことから、スチール製を含む規格外のクランプが使用されていた可能性はないと認められる。 また、締付け力については、当該クランプが振動を吸収する強いばねを組み込んでいるので、通常の締付け作業で、バンドに過大な引っ張り力がかかり、亀裂の原因となることは考えにくい。 以上を総合勘案すると、8年間にわたって点検の機会がないまま運転が続けられるうち、何らかの理由でクランプのバンドの見えない箇所で腐食とそれによる亀裂が生じていたと判断せざるを得ない。なお、R社が、規格外の製品を納入したとは認められず、平成元年の開放整備で取り付けたクランプを含め、機関全般について点検する機会もなかったことから、その所為は本件発生の原因とは認めない。
(原因) 本件機関損傷は、主機運転中の警報監視が不十分で、冷却水出口管接続部のゴムリング用クランプが切れ、冷却水が漏えいするまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人等の所為) A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、冷却水不足による過熱を生じないよう、温度警報の監視を行なうべき注意義務があった。しかしながら、同人は、船体の揺れが気になって機関監視室を離れ、温度警報の監視を行わなかった職務上の過失により、冷却水温度警報に気付かず、左舷機右列の冷却水出口管接続部のゴムリング用クランプが切れて冷却水が漏えいするまま主機の運転が続けられる事態を招き、シリンダヘッド、ピストン及びシリンダライナが過熱して焼損するに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 R社の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |