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2000年(平成12年)

平成11年横審第124号
    件名
漁船第十七辨天丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年7月26日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

吉川進、猪俣貞稔、平井透
    理事官
井上卓

    受審人
A 職名:第十七辨天丸機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
5番シリンダのシリンダライナとピストンが焼付き、連接棒ボルトが折損等

    原因
発電機駆動用原動機の潤滑油量の確認不十分、警報装置の取扱い不適切

    主文
本件機関損傷は、発電機駆動用原動機の潤滑油量の確認が十分でなかったことと、警報装置の取扱いが適切でなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年5月20日09時30分
静岡県石廊埼東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第十七辨天丸
総トン数 59.37トン
全長 35.50メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 485キロワット
3 事実の経過
第十七辨天丸(以下「辨天丸」という。)は、昭和57年1月に進水した、かつお一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、船内電源装置として電圧225ボルト容量150キロボルトアンペア3相交流の1号発電機及び同電圧で容量155キロボルトアンペア3相交流の2号発電機を備え、各々の発電機がディーゼル機関(以下「補機」という。)で駆動されていた。
機関室は、上下2段に区分され、同室下段の中央部に主機が、同機を挟んで右舷側に1号補機、左舷側に2号補機及び主機の船首方に各種ポンプなどがそれぞれ配置されており、主機の右舷側船尾方の同室隔壁に1号補機用運転監視盤(以下「監視盤」という。)が取り付けられていた。

また、機関室上段は、主機の上部となる開口部をコの字形に囲んで、右舷側に容量500リットルの潤滑油貯蔵タンク、1号補機用潤滑油補助タンク(以下「サブタンク」という。)、空気調和装置用冷凍機などが、船尾側に主配電盤などが、左舷側に造水器、工作室、冷凍機などがそれぞれ配置されていた。
監視盤は、床面から170センチメートルの位置に電源スイッチ及び警報スイッチが付設され、両スイッチが入った状態であれば、補機の運転中に潤滑油圧力が3.0キログラム毎平方センチメートル以下に低下すると、同油圧力低下警報装置が作動し、監視盤及び操舵室の警報盤に組み込まれた赤ランプが点灯したうえ警報ブザーが鳴るようになっていた。
1号補機は、昭和63年9月に換装されたもので、昭和精機工業株式会社が製造した6HAL−TN型と呼称する出力139キロワット同回転数毎分1,800の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、各シリンダには船尾側を1番として6番までの順番号が付されていた。

1号補機の潤滑油系統は、同機クランク室下部の最大補給量38リットルの油だめに入れられた潤滑油が補機直結の歯車式潤滑油ポンプで吸引加圧され、同油こし器、同油温度調整弁及び同油冷却器を経たのち潤滑油主管に至る系統と同油圧力調整弁を通って過給機を潤滑する系統とに分岐し、同主管からクランク軸、ピストンピン、調時歯車装置、カム軸、動弁装置及び燃料噴射ポンプを潤滑する系統、噴霧ノズルから各ピストン内面に噴射されてピストンを冷却する系統にそれぞれ分岐して各部の潤滑及び冷却を行い、いずれも油だめに戻って循環するようになっていた。
同系統は、セミドライサンプ方式が採用され、潤滑油ポンプ出口から分岐した一部の潤滑油が流量調整弁を経てサブタンクに送られて120リットルほどの規定量になれば、静置沈殿された上澄みが同タンクの内管である潤滑油戻し管にオーバーフローして油だめに戻って循環するようになっていたことから、始動前に同タンクの油量を満たしておかないと始動後に不足分だけ油だめの潤滑油がサブタンクに移送され、油だめの油量が減少する構造となっていた。

A受審人は、平成8年1月から辨天丸の機関長として機関の運転及び保守管理にあたっていたもので、補機の潤滑油管理として1,800ないし2,000運転時間毎に同油の新替えを行っていたことから、同11年5月19日水揚げのため静岡県焼津漁港小川魚市場の岸壁に着岸した際、潤滑油を400リットル購入し、業者に依頼して1号補機の油だめ及びサブタンク内潤滑油の全量をバキュームカーで吸引陸揚げし、以前にサブタンクがオーバーフローする量を見積った量として同タンクに規定量に満たない新油100リットルを、潤滑油貯蔵タンクに新油300リットルをそれぞれ補給させたのち、潤滑油貯蔵タンクから新油を取出して油だめに検油棒上限目盛までの補給を自ら行ったものの、サブタンクの潤滑油がオーバーフローする規定量を下回っていることに気付かないまま、同油の新替え作業を終了した。
そののち、A受審人は、同日17時00分定係港である静岡県戸田漁港に帰港し、同時30分生き餌用海水ポンプ、冷凍機などの運転を継続する目的で1号補機を始動した際、油だめの潤滑油量及び潤滑油圧力が正常であることを確認したものの、監視盤の電源スイッチ及び警報スイッチを入れないまま、2号補機を停止したのち辨天丸を無人として帰宅した。
1号補機は、運転が続けられるうちに、サブタンク油量の不足分を補って潤滑油が同タンクの内管である同油戻し管にオーバーフローするようになるまで、油だめから流量調整弁を経て同タンクに同油が徐々に移送され、油だめの潤滑油量が徐々に減少し、停泊中に潤滑油ポンプが空気を吸引するほどの同油量不足とはならなかったものの、出港すると船体動揺の影響で同ポンプが空気を吸引するおそれのある状況となっていた。

A受審人は、翌20日早朝帰船して1号補機の潤滑油圧力などが正常であることを確認したものの、前日油だめに検油棒上限目盛までの補給を行ったばかりだから大丈夫と思い、油だめの潤滑油量を点検することなく、出港準備に取り掛かった。
こうして、辨天丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、同日05時00分戸田漁港を発し、神奈川県横須賀市浦賀沖の餌場に向って航行中、やがて時化(しけ)模様となり、船体動揺の影響で1号補機の潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力が低下したが、監視盤の電源スイッチ及び警報スイッチが入っていなかったことから、同油圧力低下警報装置が作動せず、軸受の潤滑が阻害されるまま同機の運転が続けられ、5番シリンダの主軸受、クランクピン軸受などが急激に摩耗し、09時30分下田灯台から真方位135度3.0海里の地点において、5番シリンダのシリンダライナとピストンが焼き付き、連接棒ボルトが折損して連接棒大端部がクランクピンの連結部から外れ、同棒が振れ回って架構を突き破るとともに大音を発し自停した。

当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、海上は波がやや高かった。
食堂で異音に気付いたA受審人は、機関室に赴き、監視盤の両スイッチが入っていないことに気付くとともに、同機の5番シリンダの連接棒が架構を突き破っていることを認め、同機が運転不能である旨を船長に報告した。
辨天丸は、出漁を取り止め、修理のため焼津漁港に入港し、のち損傷部品が取り替えられた。


(原因)
本件機関損傷は、出港の際、1号補機の潤滑油量の確認が不十分で、油だめ内の潤滑油が前日油量を満たしていなかったサブタンクに徐々に移送されて油だめの油量が減少し、船体動揺の影響で潤滑油ポンプが空気を吸引して軸受の潤滑が阻害されたことと、警報装置の取扱いが不適切で、同装置のスイッチが入れられないまま運転が続けられたこととによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、出港に備える場合、1号補機の油だめが潤滑油量不足とならないよう、同油量の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前日油だめに検油棒上限目盛までの補給を行ったばかりだから大丈夫と思い、潤滑油量の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、潤滑油量不足による同油圧力の低下を生じさせ、軸受の潤滑阻害を招き、ピストン、シリンダライナ、連接棒、架構などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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