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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年5月4日08時00分 長崎県青方港 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八十八新東丸 総トン数 328.44トン 全長 50.42メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 735キロワット 回転数
毎分476 3 事実の経過 第八十八新東丸(以下「新東丸」という。)は、昭和51年9月に進水し、大中型まき網漁業の漁獲物運搬に従事する鋼製漁船で、機関室左舷側に容量130キロボルトアンペアの、右舷側に容量120キロボルトアンペアの各発電機を装備していた。 左舷発電機の原動機(以下「補機」という。)は、ヤンマーディーゼル株式会社が製造した6RAL型と称する計画出力147キロワット同回転数毎分1,200の空気始動式4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、A重油を燃料とし、船尾側で発電機、船首側で油圧ポンプを駆動しており、各シリンダを船尾側から順番号で呼称し、操業期間中は各こし器の掃除などの整備時以外は常時運転されており、年間の運転時間が約6,300時間であった。 補機の冷却水系統は、海水の直接冷却式で、直結の冷却水ポンプにより吸引された海水が約1キログラム毎平方センチメートルに加圧され、潤滑油冷却器を通り、冷却水分配管から各シリンダの水ジャケットに入り、シリンダヘッドを冷却したのち冷却水調整弁を経て、排気集合管の水ジャケット部に集められ、機関外に排出されるようになっていた。また、冷却水機関出口と冷却水ポンプとの間には温水戻り管が装備されており、冷却水ポンプ入口に装備された玉形弁を操作することによりシリンダ内の冷却水温度を一定に保つことができるようになっていた。 ところで、補機のシリンダヘッドは、鋳鉄製で、冷却水壁の冷却水側に防食亜鉛を装備してこれを600時間運転または3箇月ごとに交換することによって冷却水室側の腐食抑制が、また、冷却水温度を摂氏45度ないし55度と高く保つことによって同排気通路側の硫酸腐食抑制がはかられていたが、構造上運航中に冷却水壁を点検するのは不可能で、シリンダヘッド取替え来歴が不明の場合、腐食進行による冷却水壁の破口までの耐用年数の予測が困難で、始動前に破口の有無やピストン上部滞留水の有無を予知するには、エアランニングを実施するほかなく、取扱説明書にも始動手順として、エアランニングによって異状のないことを確認する旨が記載されていた。 A受審人は、平成6年7月一等機関士として新東丸に乗り組み、同9年6月機関長に昇進し機関の運転管理及び保守整備に当たっていたもので、2年ごとの検査時に補機1台を交互に開放整備し、補機については平成8年7月開放整備していたものの、シリンダヘッドの取替え来歴が不明のまま、乗船以後シリンダヘッドを取り替えたことがなかったが、エアランニングを実施せずに始動していた。 新東丸は、同11年4月5日A受審人ほか8人が乗り組み、長崎県青方港を発して五島列島西方で操業ののち休漁の目的で、同月28日16時30分船首1.2メートル船尾3.7メートルの喫水で同港に入港し、青方港相河防波堤灯台から真方位355度410メートルの地点に係留して補機を停止した。 補機のシリンダヘッドは、冷却水壁の経年による腐食が進行していたところ、係留中1番シリンダのシリンダヘッド排気通路部の冷却水壁に直径約2ミリメートルの破口が生じ、同破口から漏れた海水が開弁状態の排気弁を経てシリンダ内に流入してピストン上部に滞留した。 A受審人は、翌5月4日08時前出漁準備にかかり、暖機運転の目的で補機を始動する際、それまでエアランニングを実施したことがなかったので、実施しなくても大丈夫と思い、始動手順を十分に遵守することなく、エアランニングを実施しないまま、08時00分始動空気を投入した。 こうして新東丸は、08時00分前示係留地点において、補機1番シリンダのピストン上部に滞留した海水をピストンとシリンダヘッドで挟撃し、ピストン、シリンダライナ、連接棒を損傷するとともに大音を発した。 当時、天候は曇で風力4の南西風が吹いていた。 損傷の結果、新東丸は、出漁を中止して長崎港に回航し、損傷部品が取り替えられた。
(原因) 本件機関損傷は、海水直接冷却式の補機を始動する際、始動手順の遵守が不十分で、エアランニングが実施されず、シリンダヘッドの冷却水壁から漏れた海水がピストン上部に滞留したまま始動空気が投入され、滞留した海水をピストンとシリンダヘッドで挟撃したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、海水直接冷却式の補機を始動する場合、同補機はシリンダヘッド取替え来歴が不明で、シリンダヘッド冷却水壁の腐食が進行して破口が生じる時期を予測することが困難であり、破口の有無やピストン上部滞留水の有無を予知するには、始動空気投入前にエアランニングを実施するほかなく、取扱説明書にも始動手順としてエアランニングの実施が明記されていたのであるから、始動手順を十分に遵守すべき注意義務があった。ところが、同人は、それまでエアランニングを実施したことがなかったので、実施しなくても大丈夫と思い、始動手順を十分に遵守しなかった職務上の過失により、補機のピストン上部に滞留した海水をピストンとシリンダヘッドで挟撃し、ピストン、シリンダライナ及び連接棒を損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |