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2000年(平成12年)

平成11年仙審第65号
    件名
漁船第七十五富丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年9月26日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

根岸秀幸、上野延之、藤江哲三
    理事官
山本哲也

    受審人
A 職名:第七十五富丸機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
クランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車などが損傷

    原因
カム軸捩じり振動ダンパの点検不十分

    主文
本件機関損傷は、定期検査で入渠した際、カム軸捩じり振動ダンパの点検が十分でなかったことによって発生したものである。
機械製造業者が、カム軸捩じり振動ダンパの点検時期を機関取扱者及び修理業者に対して明示しなかったことは、本件発生の原因となる。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年8月2日17時00分
石巻港
2 船舶の要目
船種船名 漁船第七十五富丸
総トン数 300トン
全長 59.56メートル
機関の種類 過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,154キロワット(計画出力)
回転数 毎分610(計画回転数)
3 事実の経過
第七十五富丸(以下「富丸」という。)は、平成2年8月に進水した大中型まき網漁業に従事する鋼製運搬船で、主機として、株式会社新潟鉄工所(以下「新潟鉄工所」という。)が製造した8MG28HX型ディーゼル機関を据え付け、同機の各シリンダには船尾側を1番として8番までの順番号が付され、推進器として可変ピッチプロペラを装備していた。
ところで、主機は、連続最大出力2,206キロワット及び同回転数毎分750(以下、回転数は毎分のものを示す。)の原機に負荷制限装置を付設して新潟鉄工所から出荷され、計画出力1,154キロワット及び同回転数610として受検・登録されたものであるが、就航後に同制限装置が取り外され、航行中の全速力前進の回転数を730までとして運転されていた。

主機の調時歯車装置は、架構の船首側に設けられており、クランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車を介してクランク軸の回転がカム軸に伝達され、同軸に取り付けた燃料カム及び吸・排気カムが回転し、燃料噴射ポンプ及び吸・排気弁を駆動するようになっていた。
カム軸歯車は、96枚の外歯と一体となったカム軸捩じり振動ダンパ(以下「カム軸ダンパ」という。)外輪(以下「外輪」という。)、カム軸の船首側先端にボルト12本で締め付けられたカム軸ダンパ内輪(以下「内輪」という。)、両輪の境界円周上に等間隔で配置された8個のカム軸ダンパバネ受金具(以下「バネ受金具」という。)に挿入した円筒多重バネ(以下「円筒バネ」という。)及び同様に配置された8本のカム軸ダンパ間隙片(以下「間隙片」という。)などから構成されていて、外輪の回転力が各円筒バネを変形させながらバネ受金具及び内輪に伝達され、内輪締め付けボルトを介してカム軸が回転するようになっていた。

カム軸ダンパは、クランク軸で生じる捩じり振動のほか、機関の始動時及び負荷変動時の衝撃・振動を各円筒バネで吸収するもので、円筒バネ部には、同バネの潤滑及び発熱抑制のために船首側カム軸受部を経由した潤滑油が流入するようになっていて、円筒バネ及び潤滑油の飛び出しを防止するなどの目的のために、円盤状のカム軸ダンパ側板(以下「側板」という。)が外輪の両面にそれぞれ8組の止めねじ(以下「止めねじ」という。)及び折り曲げ座金(以下「座金」という。)で取り付けられていた。
止めねじは、ねじ部の外径22ミリメートル(以下「ミリ」という。)、同長さ25ミリ及び全長29ミリのクロムモリブデン鋼製で、頭部中心に締め付け用の六角穴及び頭部外周に等間隔で幅5ミリの溝4本がそれぞれ設けられており、また、座金は、外径32.5ミリ厚さ1ミリの冷間圧延鋼板製で、底部に径23ミリの止めねじ挿入用の穴が設けられていたうえ外縁が高さ6ミリの皿型となっていた。

ところで、止めねじは、カム軸歯車を兼ねた同軸ダンパを組み立てる際、緩み勝手となるカム軸側の側板も含め、同板の座ぐり穴に座金を納めたうえ止めねじを規定のトルクで締め付けたのち、止めねじの溝2本に座金の外縁を内側に折り曲げるとともに側板の座ぐり穴外周に設けた溝2本に座金の外縁を外側に折り曲げて同ねじの回り止めを施すようになっていた。
指定海難関係人R原動機事業部太田工場品質管理室(以下「R工場品質管理部」という。)は、R工場が主にシリンダ径300ミリ以下の中小型機関を製作していたことから、同工場から出荷される同型機関のアフターサービス及びクレーム対応などの業務に携わっていたもので、顧客先から機関が損傷したとの連絡を受けると、同室の課員あるいはR社各支社及び同支店のサービス技師を現場に派遣したり、損傷部品の送付を受けたりなどして損傷原因の調査を行い、その結果、顧客先に注意喚起する必要があると判断した場合などには、機関取扱説明書の内容を追加・修正するとともに顧客先に配布するサービスニュースを発行して機関取扱者及び修理業者に周知していた。

ところが、R工場品質管理部は、8MG28HX型機関にはカム軸ダンパと作動原理及び構造が似通っているクランク軸捩じり振動ダンパ(以下「クランク軸ダンパ」という。)が付設されていたこと及び6MG28HX型機関にもクランク軸ダンパが設置されていたことから、両機種で機関取扱説明書を共用できるようにするため、クランク軸ダンパを例に挙げてその点検について、2年または12,000時間毎に開放して円筒バネ等を点検し、4年または24,000時間毎に円筒バネ及び止めねじを取り替える旨を同取扱説明書に記載していたものの、カム軸ダンパの点検については、クランク軸ダンパの記載欄から推測して点検してくれることを期待し、同取扱説明書に記載せず、カム軸ダンパの点検時期を機関取扱者及び修理業者に明示していなかった。
また、R工場品質管理部は、社内向けのサービスシートにカム軸ダンパの点検時期を明記し、これを同4年10月21日付けで発行して社内の関係部署及びR社の代理店に配布したものの、その後もカム軸ダンパに関連する事故及び円筒バネ等がサービスシートに記載した基準どおりに整備されたという記録もなかったことから、顧客先を対象とした同旨のサービスニュースを発行せず、依然としてカム軸ダンパの点検時期を機関取扱者及び修理業者に対して明示しなかった。

A受審人は、同6年1月S株式会社に入社したのち同年12月富丸に乗り組み、機関の運転・保守管理に当たっていたもので、毎年4月ごろ入渠して機関の整備を行っていたが、整備内容の詳細については、修理工場の機関担当技師及び入渠毎に立会いに来ているR社東北支社のサービス技師に任せていた。
ところで、A受審人は、同10年4月定期検査で入渠した際、主機が就航以来8年間で約40,000時間運転されていて、同機の調時歯車室ケーシングが部品交換のために開放されたものの、カム軸ダンパについては機関取扱説明書に点検時期が明記されておらず、また、サービス技師の進言もなかったので大丈夫であろうと思い、カム軸ダンパの点検を行うことなく、同ダンパのカム軸側の側板止めねじが運転中の振動や衝撃を繰り返し受けて緩み始めていることに気付かないまま、同検査を終えて出渠し、船団の僚船と共に操業に従事していたところ、止めねじの緩みがさらに進行して脱落のおそれのある状況となっていることを知り得なかった。

富丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、船首1.4メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、同年7月30日14時45分宮城県小網倉漁港を発して漁場に向かい、翌31日15時30分ごろ三陸東方海域で船団と合流して操業を開始したところ、カム軸ダンパのカム軸側の側板止めねじ数本に緩みが進行して順次脱落したが、クランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車などが高速回転しているために撥(は)ね飛ばされ、調時歯車室の底部に落下した。
その後、富丸は、漁獲したカツオを半載し、水揚げの目的で、翌8月1日11時25分漁場を発して石巻港に向かう途中、洋上において機関を停止回転としてクラッチを切り、乗組員全員で荷役用ウインチのワイヤロープ換えの作業を行ったのち、同15時30分航行を再開しようとした際、主機の遠隔操縦装置の不具合が発生して船橋から主機の回転数制御が不能となった。

遠隔操縦装置が不具合である旨の連絡を受けたA受審人は、機側において手動で主機の回転数を約715に制御しながら続航し、翌2日早朝入港間近となったので、同回転数を600に整定したところ、同回転数が危険回転数付近であったことから、機関室の振動が激しくなったものの、入港作業が短時間で終了するであろうと思い、同回転数に整定したまま機関室から上甲板に出て入港配置に就き、入港作業が終了したのでいつものように主機のエアーランニングを行い、調時歯車室辺りから異音のないことを確認した。
こうして、富丸は、同日10時30分石巻港魚市場岸壁に着岸後、修理業者が主機の遠隔操縦装置の修理を行い、これが終了したのでA受審人が主機船首部左舷側の操縦ハンドルで始動操作を行ったところ、抜け落ちる寸前の状態となっていたカム軸ダンパのカム軸側の側板止めねじ数本が、機関始動時の振動及び衝撃で一度に脱落し、17時00分石巻漁港東防波堤灯台から真方位304度580メートルの着岸地点において、止めねじ3本がクランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車などの歯の噛み合部に噛み込まれ、調時歯車室から異音が発生した。

当時、天候は雨で風力2の南南西風が吹き、港内は穏やかであった。
主機の始動操作を行ったA受審人は、調時歯車室からの異音の発生を認めて直ちに主機を停止した。
その結果、富丸は、主機を精査してクランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車などが止めねじ及び歯の欠損片などを噛み込んで損傷していることを認め、のち、損傷した各歯車などを取り替える修理を行った。


(原因)
本件機関損傷は、定期検査で入渠した際、カム軸ダンパの点検が不十分で、同ダンパの側板止めねじが機関の振動などの影響で緩んで脱落し、クランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車の歯の噛み合部に噛み込まれたことによって発生したものである。
機械製造業者が、カム軸ダンパの点検時期を機関取扱者及び修理業者に対して明示しなかったことは、本件発生の原因となる。


(受審人等の所為)
A受審人が、定期検査で入渠した際にカム軸ダンパの点検を行わなかったことは、本件発生の原因となる。しかしながら、このことは、機関取扱説明書にカム軸ダンパの点検時期が明記されていなかったことに徴し、A受審人の職務上の過失とするまでもない。
R工場品質管理部が、機関取扱説明書にカム軸ダンパの点検スケジュール表を明記するなどして、同ダンパの点検時期を機関取扱者及び修理業者に対して明示しなかったことは、本件発生の原因となる。
R工場品質管理部に対しては、その後、機関取扱説明書にカム軸ダンパの点検スケジュール表を明記して同ダンパの点検時期を機関取扱者及び修理業者に対して明示したこと並びにサービスニュースを発行して同ダンパの定期的な点検の必要性を機関取扱者及び修理業者に周知したことに徴し、勧告しない。


よって主文のとおり裁決する。






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