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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年6月4日13時45分 南鳥島南方海上 2 船舶の要目 船種船名
漁船協栄丸 総トン数 59トン 全長 25.00メートル 機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
588キロワット 3 事実の経過 協栄丸は、平成4年12月に進水した、まぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した6N165−EN型と呼称するディーゼル機関を備え、各シリンダには船尾側を1番として6番までの順番号が付されていた。 主機は、クランク軸の船首側の特定位置に締りばめで取り付けられたクランク歯車が中間歯車を介してカム軸を回転させるカム歯車を駆動し、同軸に取り付けられた給排気カムによって給排気弁を、それぞれピストンの動きに見合った時期に開閉させる動弁装置を備えていた。 また、主機は、機関室内のみで始動できるものであったが、操縦場所を操舵室に切り替えると、同室操作盤の電気制御ハンドルなどによって回転数の調整操作及び逆転減速機の嵌(かん)脱操作が行えるようになっていた。 回転数の調整は、電気制御ハンドルなどから機関室内に設置された制御箱に電気信号を送り、同箱内のモータでプッシュプルケーブルと呼ばれる被覆付ワイヤーを介して油圧式調速機の設定部を動かし、同機の出力軸が出力レバー、緩衝バネ、レバー軸などのリンクで構成される調速操縦装置で燃料噴射ポンプの燃料加減軸を動かして燃料の噴射量を増減することで行われていた。 ところで、主機の始動方法は、バッテリーのスイッチを入れ、デコンプハンドル及び発停ハンドルを運転位置とし、始動用キーを時計方向に2段階回す位置へ操作し、セルモータで主機が回転して着火しかけたら、同キーを放すよう機関取扱説明書に記載されていた。 A受審人は、同8年12月から機関長として協栄丸に乗り組み、ただ1人の機関部乗組員として、自室に設置された延長警報装置で機関の監視を行うとともに、航海中には8時間ごとに機関室の見回りを行って、潤滑油量、冷却清水量、油・水などの漏洩(えい)の有無、調速機の作動状態、煙突からの排気色の確認、各計測値の機関日誌への記載、主機の始動及び停止などを行うかたわら、漁ろう作業で手を離せないとき、体調が良くないときなど、B指定海難関係人に主機の始動及び停止を依頼し、操業中には漁ろう作業に従事していた。 B指定海難関係人は、同5年1月の竣工時から船長兼漁ろう長として協栄丸に乗り組み、以前乗り組んでいた船で機関部の経験があったことから、航海当直の合間に機関室を見回るとともに、A受審人が漁ろう作業で手を離せないとき、体調が良くないときなど、同人に代わって主機の始動及び停止を行っていた。 協栄丸は、A受審人及びB指定海難関係人ほか6人が乗り組み、同10年5月22日18時00分三重県尾鷲港を発し、同月28日南鳥島南方海域の漁場に至り、操業を繰返していたところ、越えて6月4日午前中に投縄したのち漂泊し、午後から揚縄作業にとりかかることとなった。 A受審人は、風邪による発熱で体調が良くなかったことから、B指定海難関係人に機関部の経験があるから大丈夫と思い、主機の始動に不具合が生じた場合には連絡するよう要請することなく、同人に主機の始動を依頼した。 B指定海難関係人は、同日13時30分機関室に赴き、予備潤滑油ポンプを運転して油通しを行ったのち、セルモータをかけて主機の始動を数回行ったものの同機を始動することができなかったが、主機の始動に不具合が生じたことをA受審人に連絡しないまま、平素主機を始動する際、調速操縦装置である調速機の出力軸に取り付けられた出力レバーが、燃料噴射ポンプの燃料加減軸を燃料噴射量が増加する方向へいったん動き、主機が着火すると設定された回転数となるように調速機が作動するのを見ていたことから、同レバーを燃料噴射量が増加する方向へ手で動かして拘束した状態でセルモータをかけた。 こうして、主機は、着火して燃料運転となったものの、調速操縦装置の作動が手で拘束されていたことから、設定された回転数となるよう同装置が減速方向に作動できず、燃料が必要量以上に供給され続け、主機が約30秒間過回転状態となり、クランク軸とクランク歯車が過回転による急激かつ過大な慣性力で滑り、同軸と同歯車の取り付け位置決め用のノックピンが折損し、13時45分北緯18度51分東経154度28分の地点において、給排気弁の開閉時期などが狂って同弁とピストン頂部が激突し、異音を発した。 当時、天候は晴で風力1の東風が吹き、海上は穏やかであった。 B指定海難関係人は、過回転に驚いて発停ハンドルを停止の位置として主機を停止した。 自室で異音に気付いたA受審人は、機関室に赴き、主機のターニングを行ったところ、クランク軸を特定位置から回せないことを認めたことから、主機が運転不能と判断し、その旨をB指定海難関係人に報告した。 協栄丸は、僚船及び引船の援助を得て、曳(えい)航されて和歌山県勝浦漁港に引き付けられ、精査の結果、クランク軸の曲損など各部の損傷が認められ、のち損傷部品の修理及び取替が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機の始動方法が不適切で、調速操縦装置の作動が手で拘束されたことから、燃料が必要量以上に供給され続け、過回転を生じたことによって発生したものである。 始動方法が適切でなかったのは、機関長が主機の始動に不具合が生じた際、その旨を連絡するよう船長兼漁ろう長に要請しなかったことと、船長兼漁ろう長が主機の始動に不具合が生じた際、その旨を機関長に連絡して助言を求めなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、主機の始動をB指定海難関係人に依頼する場合、始動に不具合が生じたとき、その旨を連絡するよう要請すべき注意義務があった。しかしながら、同受審人は、同指定海難関係人に機関部の経験があるから大丈夫と思い、始動に不具合が生じたとき、その旨を連絡するよう要請しなかった職務上の過失により、必要量以上の燃料供給によって主機の過回転を生じさせ、クランク軸とクランク歯車の滑りを招き、クランク軸、連接棒、軸受などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、主機の始動に不具合が生じたとき、その旨をA受審人に連絡して助言を求めなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、海難審判法第4条第3項の規定による勧告をしないが、主機の始動に不具合が生じたとき、その旨を機関長に連絡して助言を求め、適切な始動方法で始動を行うよう努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。 |