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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年11月13日19時20分 宮城県金華山南東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二十一長運丸 総トン数 66トン 全長 31.10メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 698キロワット(計画出力) 回転数
毎分360(計画回転数) 3 事実の経過 第二十一長運丸(以下「長運丸」という。)は、昭和62年5月に進水し、沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、R株式会社(以下「R社」という。)が製造した6LUD26型ディーゼル機関を据え付け、同機の各シリンダを船首側から順番号で呼称し、可変ピッチプロペラを推進器として備えていた。 ところで、主機は、連続最大出力882キロワット及び同回転数毎分400(以下、回転数は毎分のものを示す。)の原機に負荷制限装置を付設して計画出力698キロワット及び同回転数360として、R社から出荷されていた。 また、主機は、船尾側に調時歯車装置を設け、クランク軸の回転がクランク軸歯車、中間歯車及びカム軸歯車を介してカム軸に伝達され、同軸に焼ばめされた燃料カム及び吸・排気カムが回転し、燃料噴射ポンプ及び吸・排気弁を駆動するようになっていた。 カム軸は、全長2,841ミリメートル(以下「ミリ」という。)カム焼ばめ部径66ミリ及び軸受部径65ミリの鍛鋼製一体軸で、各シリンダごとに船首側から排気、燃料及び吸気の各カムが位置決めのキーを挿入したうえ焼ばめ方式によって同軸に結合されていた。 ところで、カム軸は、同軸と共に回転する燃料カムが、燃料噴射ポンプのローラ、同案内及びブッシュロッドなどの駆動部を介し、プランジャガイド及びプランジャなどの摺動部を突き上げ、燃料油を280キログラム毎平方センチメートルの噴射圧力に圧縮すること、及び、同軸には船首方から順に燃料噴射ポンプ駆動の応力が加わってくることなどから、カム軸の船尾方に最も高い応力が作用する構造となっていた。 長運丸は、毎年9月1日から翌年6月末日まで、気仙沼港から銚子港にかけての沖合海域で操業し、7月及び8月の休漁期には宮城県石巻港に所在する造船所において船体及び機関の整備を行っており、主機については、毎年ピストンを抽出してピストンリングなどを取り替え、カム軸については、定期的検査時に同軸を取り外さないままカラーチェックを施工し、カム軸に亀裂などが生じていないかを点検し、また、検査のない合入渠時に点検窓から各カムの表面に剥離傷などの異状がないかを目視点検していた。 A受審人は、長運丸の就航時から機関長として乗り組み、機関の運転・保守管理に当たっていたもので、就航後に負荷制限装置の封印を解除し、また、以後検査入渠時に施される同封印も出渠後直ちに解除しており、出港して漁場へ向かう航行中及び漁場から魚市場へ向かう航行中などには、可変ピッチプロペラの翼角(以下「翼角」という。)を21度としたうえ、回転数を420まで増加して主機を運転していたので、燃料噴射ポンプのプランジャとバレルの摩耗が著しくなって毎年新替えするなど、主機の各部に過負荷運転の影響を与える状況のまま、操業に従事していた。 ところで、R社仙台営業所のB(以下「B技師」という。)は、長運丸が入渠して機関を開放したとき及び水揚げのために入港したときなどに年間数回長運丸に赴き、A受審人からそれまでの機関の運転模様を聴取し、また、機関日誌を閲覧するなどして機関の運転状況を把握したのち、同受審人に対して主機を過負荷運転することのないよう再三注意を与えていた。 また、B技師は、平成5年長運丸が第1種中間検査で入渠した際、機関を開放してピストン及びシリンダライナにかじりの損傷を認めたことから、これらの損傷が過負荷運転の影響である旨をA受審人に指摘したうえ翼角を19度以上に操作できないように調整し、主機の回転数を370以上で運転しないことなど、主機の過負荷運転の防止措置をとるようA受審人に進言した。 ところが、A受審人は、漁撈長から魚市場や漁場へは急行するように要請され、その必要性も理解できたことから、短時間の過負荷運転ならばカム軸が折損することはあるまいと思い、連続最大出力を超えない回転数で運転するなど、主機の過負荷運転の防止措置を十分に行うことなく、航行中の回転数を415に定めて操業に従事していた。 したがって、その後長運丸は、船体の経年的な汚損の進行などの影響も加わり、同7年7月の定期検査時には、2番、4番及び5番各シリンダの燃料噴射ポンプのローラ案内の焼損傷などが発見されたり、また、翌8年7月の合入渠時には、燃料カムの表面に白斑現象などが発見されるなど、同ポンプの駆動部などに過負荷運転の弊害が現れ始めた。 ところで、R社は、同8年10月から翌9年4月にかけて6LUD26型機関を搭載した沖合底びき網漁船及び巻き網漁船において、カム軸折損事故が4件発生したとの報告を受け、また、漁船保険中央会から同種事故発生時の応急対策を要請されたので、事故発生時の状況等を調査したところ同機種が389基出荷されていて、カム軸折損事故に至った4隻の漁船がいずれも過負荷運転及び急激な負荷変動運転を行っていたことが判明したことから、同9年7月16日付けでサービスニュースを発行して各ユーザーに配布し、機関取扱者に過負荷運転の防止措置の注意喚起を行うとともに、カム嵌(かん)合部の軸径を80ミリと太くしたカム軸完備品1本を製作し、予備として保管することとした。 A受審人は、R社が過負荷運転の防止措置のサービスニュースを配布したにもかかわらず、依然として主機の過負荷運転の防止措置を十分に行わないまま、航行中の回転数を415に定めて運転していたところ、2番、4番及び5番各シリンダの燃料噴射ポンプのローラ案内及び全シリンダの同ポンププランジャガイドが焼付き気味となり、燃料噴射ポンプを駆動する際に生じた過大な繰り返し付加応力が5番シリンダ燃料カム嵌合部の船尾側付根のカム軸に集中し、いつしか材料が疲労して同部に微小亀裂が発生する状況のまま、操業を繰り返していた。 長運丸は、同10年7月の合入渠で2番、4番及び5番各シリンダの燃料噴射ポンプのローラ案内及び全シリンダの同ポンププランジャガイドの新替えを行い、また、B技師がカム軸を抜き出さないままカラーチェックで点検したものの、微小亀裂の発生位置が5番シリンダ燃料カムの焼ばめ嵌合部の内側であったことから、同亀裂が発見されないまま出渠し、翌々9月1日の解禁日から出漁して操業を繰り返すうち、前示微小亀裂が徐々に進行する状況となっていた。 こうして、長運丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、船首2.8メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、同年11月13日07時00分石巻港を発して金華山南東方沖合の漁場に至り、主機を400回転で運転しながら曳網中、カム軸の微小亀裂が更に進行し、19時20分金華山灯台から真方位119度約13.3海里の地点において、カム軸が5番シリンダ燃料カムの嵌合部後端で折損し、主機が異音を発して停止した。 当時、天候は晴で風力3の南東風が吹き、海上にはやや波があった。 A受審人は、甲板上で漁獲物の選別作業に従事中、機関の異音に気付いて機関室へ急行し、機関の各部を点検してカム軸が折損しているのを認め、機関の運転を断念した。 長運丸は、僚船に曳航されて石巻港に入港し、機関の各部が精査されて排気弁3本の曲損及びピストン頂部の打傷が判明し、のち、カム軸をカム嵌合部軸径80ミリの完備品と交換するとともに各損傷部品を取り替える修理を行った。
(原因) 本件機関損傷は、機関の運転管理に当たり、主機の過負荷運転の防止措置が不十分で、燃料噴射ポンプの駆動部及び摺動部が焼付き気味となり、過大な繰り返し付加応力が5番シリンダ燃料カム嵌合部の船尾側付根のカム軸に集中し、材料が疲労して同部に微小亀裂が生じたまま、主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、機関の運転管理に当たる場合、過負荷運転するとカム軸に過大な繰り返し付加応力が作用することがあるから、連続最大出力を超えない回転数で運転するなど、主機の過負荷運転の防止措置をとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、魚市場や漁場へ急行する必要性も理解できたことから、短時間の過負荷運転ならばカム軸が折損することはあるまいと思い、主機の過負荷運転の防止措置をとらなかった職務上の過失により、主機の過負荷運転を続けてカム軸に過大な繰り返し付加応力を集中させ、同軸の材料を疲労させて微小亀裂の発生を招き、カム軸の折損及び排気弁などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |