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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年4月10日10時00分 北海道知床半島東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八北幸丸 総トン数 4.9トン 登録長 11.94メートル 機関の種類
過給機付2サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 257キロワット 回転数
毎分2,170 3 事実の経過 第八北幸丸(以下「北幸丸」という。)は、昭和63年9月に進水した、刺し網漁業などに従事するFRP製漁船で、主機としてアメリカ合衆国デトロイト
ディーゼル
コーポレーションが製造した、GM6V−71TA型と呼称するV型ディーゼル機関を装備し、軸系には逆転減速機を備え、操舵室から主機及び逆転減速機の遠隔操縦ができるようになっていた。 主機の冷却系統は、間接冷却方式で、防錆剤及び不凍液を混入した清水(以下「冷却清水」という。)が直結の冷却清水ポンプによって吸引・加圧され、潤滑油冷却器、シリンダジャケット、シリンダヘッド、排気マニホルド及び出口集合管を順に経て自動温度調整弁に至り、同弁により始動時など冷却清水温度の低いとき海水冷却式の熱交換器を内蔵した膨張タンクをバイパスして同ポンプの吸入側に直接戻り、同温度が摂氏76.6度以上のときには冷却清水の全量が膨張タンクに入り熱交換されて同ポンプの吸入側へ戻るようになっており、同清水の総循環量は約50リットルであった。また、膨張タンクは、主機の船首側上部に備えられ、同タンク頂部の補給キャップを開けて、冷却清水の水量点検及び補給を行うようになっていた。なお、冷却清水の温度計及び温度上昇警報の検出端は、出口集合管に取り付けられていて、摂氏95度を超えると同温度上昇警報が作動するようになっていた。 主機の警報盤は、操舵室の右舷壁に取り付けられ、主機の計器盤と一体型のもの(以下、警報盤と計器盤を併せて「計器盤」という。)で、計器盤には同盤の電源スイッチ、主機のスタータースイッチなどのスイッチ類のほか、冷却清水温度計、潤滑油圧力計などの各計器、逆転減速機の前後進・中立、冷却清水温度上昇警報などの表示灯が組み込まれていた。 A受審人は、北幸丸の就航以来同船に船長として乗り組み、操業中は操舵室において操船及び操業の指揮を執ることから、主機の運転に当たっては同室の主機計器盤の監視を主に行い、機関室内における機器の運転保守には次男のB受審人を機関の取扱者として担当させていた。 B受審人は、北幸丸にA受審人と同時期に甲板員として乗り組み、漁労及び甲板作業に従事する一方、主機の運転保守に当たっては発停のほか、潤滑油及び冷却清水の交換、点検及び補給作業などを行っていた。 北幸丸は、平成9年12月末日で同年分漁期を終了して翌10年1月から3箇月ばかりの予定で休漁期間に入り、同月上旬にB受審人が主機冷却清水を膨張タンクに一杯まで補給してから羅臼漁港の船揚場に上架し、上架中にはA及びB受審人等乗組員が船体整備などを行い、3月20日に下架して同漁港の岸壁に係留し、その日からB受審人が操業準備として主機を回転数毎分800の停止回転で毎日3時間運転して、4月7日から刺し網漁を開始したところ、運転中、冷却清水が同清水ポンプシールなどからの避けることのできない微少量の漏洩により、膨張タンク内の水量が次第に減少するようになっていたが、下架後一度も冷却清水の水量点検及び補給を行っていなかった。 北幸丸は、A及びB両受審人のほか1人が乗り組み、操業の目的で、同月10日04時00分羅臼漁港を発して同漁港南東約9マイル沖合の漁場に向かった。このときB受審人は、出港に先立って主機を始動したが、出港準備の忙しさに取り紛れ、冷却清水膨張タンク内の水量を点検しなかったので、同水量が著しく減少していることに気が付かず、05時40分北幸丸は、同漁場に至って操業を開始し、ほっけなど約100キログラムを獲て操業を終え、08時30分羅臼漁港に向かった。 この間A受審人は、出港時タンブラスイッチの主機計器盤電源スイッチを投入したものの、その後操舵室内を移動中に身体が接触するなどして同スイッチが断となり、このため各計器の指度が0になるとともに、逆転減速機の前後進・中立の表示灯などが消えた状態となっていたが、主機の運転音などから運転状態に異状あるまいと思い、主機計器盤の監視を適宜行わなかったので、表示灯などが消え同スイッチが断となっていることに気付かなかった。 こうして北幸丸は、主機を回転数毎分1,600にかけ約10ノットの全速力前進で帰航中、膨張タンク内の液面低下が進んで熱交換器が液面上に露出するようになり、やがて冷却清水温度が上昇して警報設定値に達したものの、前記のとおり計器盤の電源スイッチが断となっていて警報が作動せず、A受審人が同温度の著しい上昇に気付かないまま主機の運転を続けているうち、全シリンダのピストン及びシリンダライナが過熱膨張して焼き付き、10時00分松法港南防波堤灯台から真方位065度1.5海里の地点において、主機の回転が低下した。 当時、天候は晴で風力1の北北西風が吹き、海上は平穏であった。 A受審人は、操舵室において単独で当直中、突然主機の回転が低下したことから直ちに操縦レバーを中立位置にし、計器盤を見たところ表示灯が消え電源スイッチが断となっていたので、同スイッチを投入したのち主機を停止押しボタンスイッチにて停止し、しばらくして機関室に向かったB受審人から運転継続不能との報告を受けて、付近を航行中の僚船に救助を求め、同船に曳航されて羅臼漁港に帰港した。 主機は、修理業者が開放点検した結果、前記損傷のほか両シリンダ列ともシリンダヘッド触火面の弁間に、過熱による亀裂の生じているのが認められ、のち修理費の都合により主機が換装された。
(原因) 本件機関損傷は、主機の運転に当たり、冷却清水膨張タンク内の水量点検が不十分で、冷却清水が不足して同タンク内熱交換器による冷却効果が低下し、同清水温度が上昇したことと、主機計器盤の監視が不十分で、冷却清水温度が著しく上昇した際、同計器盤の電源スイッチが断となっていて検知されないまま主機の運転が続けられたこととにより、ピストン、シリンダライナなどが過熱膨張したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、操舵室において主機の運転に当たる場合、異常運転状態になれば早期に対処できるよう、主機計器盤を適宜監視すべき注意義務があった。しかるに、同人は、主機の運転音などから運転状態に異状あるまいと思い、同計器盤を適宜監視しなかった職務上の過失により、出港後、同計器盤の電源スイッチが身体の接触などにより断となったことに気付かず、冷却清水温度が著しく上昇した際に検知されないまま主機の運転を続けて過熱を招き、ピストン、シリンダライナなどを焼損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、機関の取扱者として主機の運転に当たる場合、冷却清水量が減少していることを見逃さないよう、主機始動前に冷却清水膨張タンク内の水量を点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、出港準備の忙しさに取り紛れ、主機始動前に同タンク内の水量を点検しなかった職務上の過失により、冷却清水が不足して同タンク内熱交換器による冷却効果の低下を招き、主機が過熱して前記の損傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |