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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年3月29日16時00分 沖縄島南南東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船幸伸丸 総トン数 19.89トン 登録長 14.95メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 360キロワット 回転数
毎分1,800 3 事実の経過 幸伸丸は、昭和49年8月に進水し、平成8年11月にCが購入したFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社製の6LA−ST型と称するディーゼル機関を装備していた。 主機は、操舵室にセルモータ用キースイッチ、回転計、冷却清水遠隔温度計、潤滑油圧力計、冷却清水温度上昇及び潤滑油圧力低下などの警報装置並びにブザー停止スイッチを組み込んだ遠隔操縦装置を備え、同室から主機の発停を含むすべての運転操作ができるようになっていた。 主機の冷却清水系統は、直結の冷却清水ポンプにより吸引加圧された冷却清水が、入口主管から各シリンダのシリンダジャケット及びシリンダヘッドを冷却したのち、船首側及び船尾側の二つの出口集合管に分岐し、船尾側集合管に流入した冷却清水が排気マニホルドを冷却したのち船首側集合管から出た同清水と合流して自動温度調節弁に至り、清水膨張タンクに組み込まれた清水冷却器を通るものと、同冷却器をバイパスするものとに分流して温度が調節され、その後いずれも同ポンプ吸入側に環流するようになっており、同調節弁の手前に冷却清水温度上昇警報装置の検出端及び機側温度計がそれぞれ設けられていた。 一方、主機の冷却海水系統は、船底の海水吸入弁からこし器を通って直結の冷却海水ポンプによって吸引加圧された冷却海水が、空気冷却器、清水冷却器及び潤滑油冷却器を順次冷却したのち、船外吐出口から排出されるようになっていたが、同系統には、計器類及び警報装置がなかった。 また、主機のピストンは、各シリンダごとに設けられた冷却ノズルから、ピストンの内側へ潤滑油を直接噴射することによって冷却されるようになっていた。 ところで、主機の冷却海水ポンプは、ヤブスコポンプと称する、インペラがゴム製の回転式で、一体に成型された9枚のインペラ羽根がポンプケーシング内面に接触して回転することにより揚水するもので、軸受箱内の二個の玉軸受がポンプ軸を支持し、軸受箱とポンプケーシングとの間にシールケーシングを備え、ポンプ軸グランド部の軸封装置としてシールケーシングにメカニカルシールが、一方、軸受箱の軸貫通部には同箱内の潤滑剤の漏出を防ぐためにオイルシールがそれぞれ装着されていたが、経年変化によってこれらのシールが劣化すると、海水が漏洩して軸受箱内に入り、玉軸受の潤滑が阻害され、軸受の機能が喪失してポンプの軸心が狂い、ポンプ軸が偏心して回転し、同軸グランド部から空気を吸引してポンプの揚水能力が低下するおそれがあった。 A受審人は、Cに代わって船主としての業務を代行し、幸伸丸の運航に当たって、専ら乗組員を雇い、乗組員の手配がつかないときには、船長として乗船し、操船のほか機関の運転管理にも当たっていたところ、操舵室の冷却清水遠隔温度計が以前から作動しないことを知っていたが、これまで主機の運転に支障がなかったことから大丈夫と思い、船主に対して同温度計の修理を行うよう進言することなく、操舵室で主機冷却清水温度の監視ができない状況のまま放置していた。 幸伸丸は、A及びB両受審人ほか2人が乗り組み,いか釣り漁の目的で、平成10年3月14日18時00分那覇港内の泊漁港を発し、同月16日に漁場に至り、操業を開始していか約1トンを漁獲し、同月28日22時00分帰途についた。 B受審人は、船長として幸伸丸に初めて乗り組み、泊漁港を発航後、主機冷却清水遠隔温度計が作動しないことを知ったが、その後、主機の運転に支障がなかったことから大丈夫と思い、同清水機側温度計を監視することなく、冷却清水温度の状態を把握しないまま、主機の運転を続けた。 ところが、幸伸丸は、冷却海水ポンプのメカニカルシールから漏洩した海水が軸受室へ浸入し、玉軸受の潤滑が阻害され、軸受の機能が喪失してポンプの軸心が狂い、ポンプ軸が偏心しながら回転して同軸の玉軸受が組み込まれる部位に摩耗が生じ、同軸の偏心量がさらに大きくなり、同軸グランド部から空気を吸引するようになり、ポンプの揚水能力が低下し、冷却清水及び潤滑油の冷却が阻害され、同清水及び潤滑油の温度が上昇しはじめていた。 こうして、幸伸丸は、主機を回転数毎分800で運転して泊漁港に向け航行中、冷却海水ポンプが、ポンプ軸の偏心量が過大となり、同軸グランド部の気密が失われて空気を多量に吸引するようになり、揚水能力がさらに低下し、主機の冷却清水とともに潤滑油の温度が上昇したが、同清水機側温度計の監視がされないまま運転が続けられ、冷却清水温度上昇警報装置は作動しなかったものの、主機が著しく過熱して各部が焼損気味となり、3月29日16時00分沖縄島南南東方沖合の北緯25度38分東経128度05分の地点において、主機が異音を発しながら自停した。 当時、天候は晴で風がほとんどなく、海上は穏やかであった。 B受審人は、操舵室の上で航海灯の修理を行っていたところ、主機の異状を認め、機関室を点検した乗組員から主機のターニングができない旨の報告を受け、A受審人と協議して自力航行は不可能と判断し、救助を要請した。 幸伸丸は、来援した引船により発航地に引きつけられ、その後、修理業者が主機を開放点検した結果、冷却海水ポンプのインペラが損傷し、3番シリンダを除く各シリンダライナ及びピストンに擦過傷が生じていたほか、クランク軸や過給機のロータ軸などが損傷していることが判明し、のち主機を換装して修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機の運転管理を行うに当たり、操舵室に装備された主機冷却清水遠隔温度計が作動しなくなった際、同温度計の修理を行わなかったことと、同清水機側温度計の監視が十分でなかったこととによって、冷却海水ポンプが空気を吸引して主機の冷却が阻害され、主機冷却清水温度が上昇し、過熱するまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理を行うに当たり、操舵室に装備された主機冷却清水遠隔温度計が作動しないのを知った場合、冷却海水ポンプが空気を吸引して主機冷却清水温度が上昇することがあるから、同清水温度を操舵室で監視することができるよう、船主に対して同温度計の修理を行うよう進言すべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで運転に支障がなかったことから大丈夫と思い、船主に対して同温度計の修理を行うよう進言しなかった職務上の過失により、操舵室で主機冷却清水温度の監視ができない事態を招き、冷却海水ポンプが空気を吸引して主機の冷却が阻害され、主機冷却清水温度が上昇したことに気付かず、過熱するまま主機の運転を続け、ピストン、シリンダライナ及びクランク軸などを焼損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、主機の運転管理を行うに当たり、操舵室に装備された主機冷却清水遠隔温度計が作動しないのを知った場合、主機冷却清水機側温度計を装備していたのであるから、冷却清水温度の上昇が分かるよう、同清水機側温度計を監視すべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで運転に支障がなかったことから大丈夫と思い、同清水機側温度計を十分に監視しなかった職務上の過失により、冷却海水ポンプが空気を吸引して主機の冷却が阻害され、主機冷却清水温度が上昇したことに気付かず、過熱するまま主機の運転を続け、前示の損傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |