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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年4月2日09時20分 大阪湾東部 2 船舶の要目 船種船名
旅客船アクアジェットスーパー2 総トン数 183トン 登録長 29.99メートル 機関の種類
過給機付4サイクル16シリンダ・ディーゼル機関 出力 3,960キロワット 回転数
毎分1,940 3 事実の経過 (1) 指定海難関係人R株式会社 指定海難関係人R株式会社(以下「R社」という。)は、海陸運送業及び海運代理店業等を目的に設立され、主として旅客定期航路事業を営み、所有船の運航管理に当たる船舶部を設けていた。 R社は、平成元年3月から同6年7月にかけ、ほぼ同型で、いずれもドイツ連邦共和国U社(以下「U社」という。)が製造した高速ディーゼル機関を主機とする、160トン型のアクアジェット1、同2、同3及び同4と、183トン型のアクアジェットスーパー1、同2及び同3の合計7隻の高速旅客船を建造し、これらを兵庫県洲本港、同県津名港、大阪港の3港間、及び洲本港、津名港、神戸港の3港間の定期航路に順次就航させ、同6年9月に関西国際空港の開港に伴い、大阪府泉州港を洲本、津名、大阪港間の航路に加えた。 また、R社は、高速旅客船の乗組員について一括公認を受け、各船に船長、機関長及び一等機関士ほか1人の計4人を乗り組ませ、4日乗船後1日休日の就労体制のもと、各船に交代で乗下船を繰り返させていた。 (2) 指定海難関係人T株式会社 指定海難関係人T株式会社(以下「T社」という。)は、主として船舶、航空機、電気・通信機械器具などの輸出入、販売及び保守管理に関する事業を営み、親会社であるドイツ連邦共和国V社とアメリカ合衆国W社との合併に伴って在日グループ企業の再編が行われ、同11年1月1日にX株式会社から現社名に変更した。 T社は、関連会社であるU社の日本総代理店で、U社製機関及び同部品等の販売、アフターサービス業務を担当とするU社エンジン部を社内に設置し、顧客である船主及びサービス工場契約を結んでいる整備業者に対する技術指導などを行っており、U社から出向したサービスエンジニアを関西地区に常駐させていた。 (3) 指定海難関係人株式会社S 指定海難関係人株式会社S(以下「S社」という。)は、主として海陸用諸機械の製作、販売及び船舶の改造修理事業を営んでいた。 また、S社は、舶用機関を対象に国内外の機械メーカーと提携のうえ、その販売、整備に従事し、船主から整備要請があれば自社の工場に搬入して開放整備しており、T社ともサービス工場契約を結び、R社がU社製機関を搭載した旅客船を就航させて以来、主機の定期的な開放点検及び整備業務を請け負っていた。 (4) アクアジェットスーパー2 アクアジェットスーパー2(以下、アクアジェットスーパーを「スーパー」という。)は、同5年4月に進水した、平水区域を航行区域とする最大搭載人員239人の2基2軸を備えた双胴型軽合金製旅客船で、主機として16V396TE74L型と称するV形ディーゼル機関を両舷に各1基装備していた。 両舷主機(以下、右舷主機及び左舷主機を「右舷機」及び「左舷機」という。)は、それぞれクラッチ式逆転減速機を介してウォータージェット推進装置を駆動し、操舵室に備えられた遠隔操縦装置によってすべての運転操作ができるようになっており、シリンダ列が90度の角度に配置され、左舷列をAバンク、右舷列をBバンクと呼び、各バンクのシリンダには船尾側から1ないし8番の順番号が付されていた。 また、スーパー2は、主として洲本、津名、大阪港間に就航し、片道約1時間30分で運航していたところ、関西国際空港の開港後、泉州港に寄港するようになって出入港に要する時間や航行距離が延び、主機をU社が推奨する連続最大出力付近で使用し、速力約38ノットで航行しても、定期運航の確保が難しくなったことから、T社と協議のうえ、スーパー1とともに運航速力を幾分増す目的で、回転数は変更せず、同出力を就航時の3,640キロワットから、同6年7月に就航したスーパー3と同一の3,960キロワットに増加することになり、同7年4月に主機燃料噴射系統、過給機及びウォータージェット推進装置などの改造工事が行われた。 (5) 主機冷却清水系統 主機は、清水冷却器のみを海水で冷却する間接冷却方式で、同冷却器を出た冷却清水が直結の冷却清水ポンプにより吸引加圧されたうえ、潤滑油冷却器、各シリンダライナとシリンダヘッド、過給機、空気冷却器などを順次冷却したのち、清水冷却器へ還流しており、同系統の加圧及び水量確認等の目的で、容量約80リットルの清水膨張タンク(以下「膨張タンク」という。)が主機船首側の清水冷却器上部に設置されていた。 また、主機は、運転中出口集合管で通常摂氏82度前後に保たれている冷却清水が、同87度まで上昇すると警報装置が作動し、機関室及び操舵室の各警報盤でそれぞれ警報音を発するとともに、警報ランプが点灯するようになっていた。 一方、冷却清水の防錆剤は、スーパー2の就航時から、U社が出荷段階で添加していた油膜形成形の防錆剤を数回のフラッシングで除去したうえ、非鉄金属不活性剤などを基にした皮膜形成形のアンチコリットS2000A(以下「アンチコリット」という。)がU社の推奨で使用され、船内に常備した冷却清水分析用ツールキットで定期的に濃度計測を行い、機付配管を含む冷却清水の保有量約200リットルに対し、防錆剤濃度を3ないし5パーセントに保つよう取扱説明書に記載されていた。 (6) 主機クランクケース及びシリンダライナ ア クランクケース クランクケースは、クランク軸心下まで延長している一体型鋳鉄製で、16箇所のシリンダライナ挿入穴(以下「クランクケース穴」という。)及びカム軸装着部を設け、下部を台板に接合し、上部にシリンダヘッドを装着する仕組みになっているもので、クランクケース穴径は、基準寸法が189ミリメートル(以下「ミリ」という。)で、製造時における許容寸法が基準寸法に対し最小0ミリ、最大プラス0.029ミリに規定されていた。 イ シリンダライナ シリンダライナは、遠心鋳造した特殊鋳鉄製で、全長346ミリ、内径165ミリ、外径の基準寸法が、長さ約22ミリのクランクケースとの上部嵌合(はめあい)部で189ミリ、2個の水密Oリング溝を有する下部嵌合部で185ミリとなっており、頂部には外径201.6ミリ厚さ8.06ミリのフランジを有し、フランジ下面と上部嵌合部との交差した部分に、半径1.5ミリのアール(以下「フランジ下R部」という。)を設け、水密Oリング装着溝を兼ねていた。 また、シリンダライナは、製造時における上部嵌合部の許容寸法が、基準寸法に対して最小プラス0.004ミリ、最大プラス0.024ミリに規定され、上部嵌合部の外径が基準寸法よりそれぞれ0.3ミリ及び0.6ミリオーバーサイズとしたものが製作されていた。 ウ クランクケースとシリンダライナとの嵌合関係 U社は、機関全体の軽量化を図る目的でシリンダライナの肉厚を薄くし、運転中の爆発・燃焼行程において、シリンダライナ上部が受ける燃焼ガスの半径方向の圧力及びピストンの側圧力などにより、フランジ下R部に過大な曲げ応力が生じないよう、クランクケース穴とシリンダライナ上側嵌合部とを密着させ、前示圧力をクランクケースに分担させるよう設計しているもので、製造時のクランクケース穴とシリンダライナ上部嵌合部外径との隙間(以下「嵌合部隙間」という。)を最大で0.025ミリとし、0.012ミリ程度に調整して出荷していた。 ところで、クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部は、爆発に伴うシリンダライナの膨張・収縮により、金属接触面が摩擦力を伴った相対運動を繰り返すことでフレッティングコロージョンを生じ、運転時間の経過とともに特にクランクケース穴の摩耗が進行するので、嵌合部隙間が増加することが避けられない構造となっていた。 T社及びU社は、嵌合部隙間が大きくなればなるほど、クランクケースとシリンダライナとの摩耗が促進されることから、同隙間の運転限界値を、各シリンダの船首尾方向と船横方向との平均で0.12ミリ、最大で0.15ミリと定め、主機全開放整備の時点で同限界値以下であれば、次回の全開放整備までの間引き続き安全に運航できるとしていた。また、同限界値を超えた場合には、クランクケース穴をボーリングしてそれに相当するオーバーサイズのシリンダライナに順次新替えするよう、船主及びサービス工場に対して指導しており、2回目の全開放整備の際オーバーサイズの同ライナに取り替えて対処する程度の摩耗状況であれば適正であるとしていた。 一方、主機は、前示嵌合部に生じるフレッティングコロージョンを抑制する目的もあって冷却清水に防錆剤が添加されているが、防錆剤濃度が長期間規定値を下回ったまま運転が続られた場合、同嵌合部における腐食と摩耗との相乗作用で、嵌合部隙間が急激に増大し、シリンダライナの膨張代が大きくなってフランジ下R部への曲げ応力が増加するおそれがあった。 (7) 主機の整備状況 R社は、スーパー2の主機運転時間が年間4,500時間であったことから、U社の運転時間を基準とした整備マニュアルに従い、年1回W5と称する付属機器などの開放点検を、2年間隔の9,000時間ごとにW6と称する機関の全開放整備をそれぞれ行うよう計画し、スーパー2の通常保守及び開放整備について、右舷機をS社に、左舷機を新たにT社とサービス工場の契約を結んだ株式会社Y(以下「Y社」という。)に委託していた。 スーパー2は、平成7年4月に出力増加のための改造工事とともに1回目の全開放整備が行われ、左舷機については、クランクケース上部穴径及びシリンダライナ上部外径の基準寸法に対する摩耗量の全計測点平均がそれぞれ0.09ミリと0.026ミリで、嵌合部隙間の全計測点平均が約0.116ミリであったが、Aバンク7番シリンダ及びBバンク8番シリンダにおいて嵌合部隙間が運転限界値を超えていた。 一方、右舷機については、クランクケース上部穴径の基準寸法に対する摩耗量は最大0.09ミリ、最小0.05ミリ、全計測点平均が約0.065ミリで、S社がシリンダライナの外径計測を行っていなかったものの、同ライナの摩耗量はクランクケースに比べればかなり少なく、左舷機の計測値と同程度であり、全シリンダとも嵌合部隙間が運転限界値を下回る状況にあった。 R社は、同8年5月の整備において、以前よりシリンダヘッドからのガス漏れや水漏れがあったことから、W5の整備マニュアルでは実施する必要のないシリンダヘッドの開放整備及びシリンダライナの点検を両業者に行わせた。この際、左舷機は、前年に運転限界値を超えたシリンダについて、オーバーサイズのシリンダライナに新替えしたり、他のシリンダと同ライナを入れ替えするなどして嵌合部隙間の調整が行われた。 また、S社は、右舷機のシリンダライナを点検した結果、摺動面が摩耗してホーニング加工代がなくなっていたことから、全数のシリンダライナを基準寸法の外径のものに新替えすることになり、クランクケース穴径を計測したうえ、同ライナの製造公差内で各シリンダの嵌合部隙間が平準化するよう調整を行ったものの、同ライナの外径計測記録を残していなかった。 その際、右舷機のクランクケース上部穴径は基準寸法に対して最大0.17ミリ、最小0.08ミリ、全計測点平均で約0.11ミリの摩耗量であり、左舷機はシリンダライナを新替えしたBバンク8番を除いた嵌合部隙間は最大0.15ミリ、最小0.095ミリ、全計測点平均が約0.13ミリであった。 一方、R社は、両舷機のいくつかのシリンダで嵌合部隙間が運転限界値をわずかに超える状態であったが、今回は全開放整備ではなく、W5でたまたまシリンダライナの開放整備を行うことになったもので、1年後に全開放整備を予定していたので、そのまま継続使用することとした。 (8) 冷却清水防錆剤の濃度管理状況 R社は、全高速旅客船の乗組員に対し、月1回主機冷却清水を全量入れ替え、毎月2ないし3回防錆剤アンチコリットの濃度計測を行い、同濃度を3ないし5パーセントに保つよう指示していたところ、就航当初からシリンダヘッドなどからの水漏れが頻発して冷却清水量に神経を使っていたスーパー2の乗組員から、防錆剤を規定の濃度にすると冷却清水の泡立ちが激しく、膨張タンク付液面計の水位が確認しにくいとの意見が寄せられたため、T社に対し泡立ちの防止対策について申し入れを行った。 これに対し、T社は、フラッシングが不完全で出荷時添加された防錆剤が除去しきれず、アンチコリットと混ざって化学反応を起こすことが泡立ちの原因であるとし、サービスエンジニアを何度か訪船させ、冷却清水のフラッシング要領のほか、防錆剤の濃度計測を頻繁に行って規定の濃度を維持するよう回答した。しかし、規定濃度を下回ったまま運転を続けると、クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部に生じる腐食摩耗を急激に進行させることを具体的に説明せず、濃度管理の重要性をR社に指導しなかった。 一方、R社は、T社から十分な回答が得られなかったにもかかわらず、その後も申し入れを継続するなどして泡立ちの防止対策を講じることなく、防錆剤濃度の規定最小値を維持していれば問題ないものと思い、同7年以降、当分の間同濃度の最大を3パーセントに保つよう乗組員に指示し、その後の濃度管理状況を確認しなかったため、スーパー2では、防錆剤濃度を規定値内に保つことが徹底されず、さらに同9年に入ってからは、定常的に3パーセントを下回ったままで運転される状況となっていた。 (9) 本件発生に至る経緯 スーパー2は、同9年に入って冷却清水防錆剤の濃度が低下した状態で主機の運転が続けられたことから、クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部においてフレッティングコロージョンが激しくなって孔食を伴うようになり、クランクケース穴の摩耗が急激に進行して嵌合部隙間が増大したため、爆発に伴うシリンダライナの過大な膨張と収縮が繰り返され、フランジ下R部に繰り返し曲げ応力が作用して材料疲労が進行し、同部を起点とする水平方向の亀裂が生じ始めた。 こうして、スーパー2は、機関長A及び一等機関士ほか2人が乗り組み、同9年4月2日08時40分洲本港を発し09時05分泉州港に寄港した。そして、乗客44人を乗せ同時09分同港を発して大阪港大阪区第2区に向け、両舷主機を航海速力の回転数毎分1,900にかけて航行中、同時15分右舷機のAバンク6番シリンダライナに生じていた前示亀裂が進行して燃焼室へ貫通したことから、燃焼ガスが冷却清水側に噴出して同水温度が上昇し、警報装置が作動した。 操舵室で運転監視に当たっていたA機関長は、機関室に急行させた一等機関士から水漏れはないとの報告を受けた直後、機関室監視用のモニター画面で右舷機膨張タンク付近から水蒸気の発生を認めたので、両舷機とも回転数を毎分700に減速したところ、スーパー2は、同日09時20分泉北大津南防波堤灯台から真方位263度4.2海里の地点において、Aバンク6番シリンダライナが抜け落ちて連接棒が折れ、ピストンが割損して右舷機が停止した。 当時、天候は晴で風力2の北北東風が吹き、海上は穏やかであった。 スーパー2は、左舷機のみで大阪港に入港し、乗客を降ろしたのち修理地に回航され、Y社において調査した結果、クランクケース穴が最大で0.80ミリほど異状摩耗しており、右舷機はAバンク6番のほか、Aバンクの1、2、7、8番及びBバンクの4、5、6番の計7個のシリンダライナで、左舷機は6個のシリンダライナでフランジ下R部に亀裂を生じていることが判明し、両舷機ともクランクケース及び全数のシリンダライナが新替えされ、右舷機については打傷を受けたクランク軸、全数のピストン及び折損した連接棒2本などを新替えのうえ修理された。 (10) 事後の措置 ア R社 R社は、本件発生後、冷却清水防錆剤の濃度を3パーセント以上に維持するよう各船に指示した。 その後、同社は、同10年4月に明石海峡大橋が開通したことに伴って需要が減少したことから、全所有船を売却して旅客定期航路事業を廃業した。 イ T社 T社は、本件発生後、これまで積極的に公表していなかった、他社船で発生した主機クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部における異状摩耗の事例を顧客である船主及びサービス工場に開示するとともに、異状摩耗の発生要因とその状況及び防止するための保守管理方法を具体的に説明するなど、同種事故の再発防止策を講じた。
(原因についての考察等) 本件は、新造後約4年間、約18,770時間の運転で、クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部が異状摩耗し、多数の同ライナにおいてフランジ下R部に亀裂を生じたもので、その原因について考察する。 1 上部嵌合部の隙間管理 嵌合部隙間の運転限界値については、機関の全開放整備の時点で各シリンダの平均で0.12ミリ、最大で0.15ミリの限界値以下であれば、次の全開放整備までの間安全に運航できるとT社では指導していた。このことは、全開放整備のとき限界値に至らないまでもある程度隙間が増加していた場合、次の全開放整備までに限界値を超える可能性は高いが、それは運転上問題にしないと解することができる。 スーパー2の主機は、平成7年4月に行われた1回目の全開放整備において、右舷機ではシリンダライナ外径が計測されていないが、同ライナの摩耗量はクランクケースに比べればかなり少なく、同年の左舷機計測値と同程度とみなすことができるから、全シリンダとも嵌合部隙間が運転限界値を下回っていることになり、一方左舷機では運転限界値を超えたシリンダがあったものの、1年後にオーバーサイズのシリンダライナに新替えするなどの措置がとられているので、両舷機とも次の全開放整備まで安全に運航できる状況にあったといえる。 また、右舷機において、同8年の各クランクケース穴径の計測値とフランジ下R部に亀裂を生じたシリンダ番号とを比較してみると、同隙間が限界値以下であった5個のシリンダにおいても亀裂を生じており、両者には因果関係が認められない。 したがって、R社、S社及びY社が、全開放整備の中間年にあたる同8年にシリンダライナを新替え又は同ライナの抜出し点検を行った際、計測の結果、いくつかのシリンダで嵌合部隙間が限界値を超えていた場合、同隙間を調整しておくことは望ましいが、そのまま継続使用したことをもって隙間管理が不十分であったとはいえない。 なお、S社が、同8年に右舷機のシリンダライナを全数新替えした際、前年に引き続いて同ライナ外径を記録していなかったことは、機関修理業者として極めて遺憾であるが、シリンダライナの新替えによって嵌合部隙間は改善されているので、同社の所為が本件発生の原因をなしたとは認めない。 2 冷却清水防錆剤の濃度管理 主機は、その構造上クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部に生じるフレッティングコロージョンを抑制する目的もあって冷却清水に防錆剤が添加されており、同8年5月の開放整備後約1年で嵌合部隙間が0.70ミリ程度異状摩耗した点と、冷却清水防錆剤濃度計測記録において翌9年初めから防錆剤濃度が3パーセントを下回ったまま運転されていた状況とから、防錆剤濃度が同嵌合部の腐食摩耗増大に多大な影響を与えたことは明らかである。 R社が、T社に対する申し入れを継続するなどして冷却清水泡立ちの防止対策を講じないまま、防錆剤濃度の規定最小値を維持していれば問題ないものと思い、同7年以降、当分の間同濃度の最大を3パーセントに保つよう乗組員に指示し、その後の濃度管理状況の確認を行わず、同濃度が規定値を下回ったまま主機の運転を続けさせたことは、本件発生の原因となる。 一方、T社が、防錆剤の濃度を3ないし5パーセントに保つよう指導した際やR社からの申し入れに対し、同濃度が規定値を下回ったまま運転を続けると、前示嵌合部に生じる腐食摩耗を急激に進行させることを具体的に説明していれば、異状摩耗を防止できたものと考えられ、濃度管理の重要性を十分に指導しなかったことは本件発生の原因となる。 3 冷却清水温度の警報装置が作動した際の措置 本件は、シリンダライナのフランジ下R部に生じた亀裂が進行して燃焼室へ貫通した際、貫通部分がわずかであれば、冷却清水側に噴出する燃焼ガスは少量で冷却清水温度への影響はほとんどなく、冷却清水温度が上昇して警報装置が作動した時点では、すでに貫通部分がかなりの範囲に広がっており、多量の燃焼ガスが噴出していたものと考えられ、警報が作動した際、乗組員が直ちに主機の回転数を下げる措置をとったとしても、その後の減速運転中にシリンダライナが脱落することは十分起こり得る。 また、右舷機の調査に立ち会ったZサービスエンジニア作成の事故報告書写には、「ピストン胴部及びシリンダライナの破片には、ピストンが焼き付いた痕跡が認められなかった。」旨記載されている。 一方、乗組員が、同温度上昇の原因を調査した際、短時間のうちに、シリンダライナの亀裂という機関内部で発生した異状事態を察知することは、極めて困難である。 したがって、T社側補佐人の、「警報装置の作動後、乗組員が原因を的確に判断せず、約5分間高速運転を続けたために、ピストンが焼き付きを起こし、シリンダライナの脱落に至った。」とする主張は認めることができない。
(原因) 本件機関損傷は、船舶所有者が、乗組員に対する主機冷却清水の防錆剤濃度管理の指示が適切でなかったことと、機関製造代理業者が、船舶所有者に対する同防錆剤濃度管理の重要性の指導が十分でなかったこととにより、同防錆剤濃度が低下したまま主機の運転が続けられ、クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部にフレッティングコロージョンによる腐食摩耗が急激に進行して同嵌合部隙間が増大し、爆発に伴う同ライナの半径方向の過大な膨張と収縮が繰り返され、同ライナのフランジ下R部に曲げ応力が集中して材料が疲労したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為) R社が、高速旅客船の運航管理に当たり、乗組員に対して主機冷却清水防錆剤を規定濃度に維持するよう適切に指示しなかったことは、本件発生の原因となる。 R社に対しては、本件発生後、旅客定期航路事業を廃業していることに徴し、勧告しない。 T社が、U社の日本総代理店としてアフターサービス業務に当たり、R社に対し、主機冷却清水防錆剤の濃度が規定値を下回ったまま運転を続けると、クランクケースとシリンダライナとの上部嵌合部に生じる腐食摩耗を急激に進行させることを具体的に説明せず、濃度管理の重要性を十分に指導していなかったことは、本件発生の原因となる。 T社に対しては、本件発生後、顧客である船主及びサービス工場に対し、同嵌合部異状摩耗の発生状況及び異状摩耗を防止するための保守管理方法を具体的に説明するなど、同種事故の再発防止策を講じている点に徴し、勧告しない。 S社の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |