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2000年(平成12年)

平成11年神審第100号
    件名
漁船開進丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年7月12日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

西林眞、阿部能正、西田克史
    理事官
杉崎忠志

    受審人
A 職名:開進丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定・履歴限定)
    指定海難関係人

    損害
1ないし4番主軸受及びクランク軸が焼損、台板に熱変形による亀裂

    原因
主機始動前の潤滑油のプライミング不十分

    主文
本件機関損傷は、主機始動前の潤滑油のプライミングが不十分であったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年8月31日22時10分
兵庫県香住港
2 船舶の要目
船種船名 漁船開進丸
総トン数 80トン
登録長 26.25メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 507キロワット
回転数 毎分720
3 事実の経過
開進丸は、昭和59年9月に進水した沖合底引き網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したT220A−ET2型クラッチ式逆転減速機付ディーゼル機関を装備し、各シリンダには船首側から順番号が付されており、操舵室に設けられた遠隔操縦装置により主機の運転操作ができるようになっていたが、主機の発停は機関室で行われていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室油だめ(張込み量約200リットル)の潤滑油が、直結潤滑油ポンプ(以下「直結ポンプ」という。)により吸引加圧され、複式こし器及び油冷却器を経て主機入口主管に至り、主軸受及びクランクピン軸受などを順に潤滑して再び油だめに戻る主経路と、同ポンプ出口で分岐した同油が、主機上方に設けられた張込み量約500リットルの補助タンクに送られ、オーバーフロー油が油だめに落ちる側流経路とを設けていたほか、主機始動前のプライミング等に使用する目的で、電動の予備潤滑油ポンプ及び手動のウイングポンプが備えられ、油だめから主経路に送油されるようになっていた。

A受審人は、平成8年6月末に機関長として乗船したが、まもなく後任の機関長が乗船したため、同年8月に機関員となり、主に甲板部の作業に従事していたところ、後任機関長の退職により同10年6月再び機関長になったもので、主機始動前の潤滑油のプライミングに当たっては、ウイングポンプで行えば十分足りるとして予備潤滑油ポンプを使用していなかった。
B指定海難関係人は、昭和61年4月から甲板員として約3年間乗船したのち、平成5年8月に再び甲板員として乗船していたところ、翌6年5月からは機関員となり、機関の取扱い実務に従事していたが、1人で主機を始動した経験がほとんどなかった。
開進丸は、例年9月初めから翌年5月末まで操業を繰り返し、6月から8月までを休漁期として船体及び機関の整備を行っているもので、平成10年7月に第1種中間検査工事を施工し、主機については全数のピストン抜きを含む全開放整備及び潤滑油の新替えが行われ、同月27日に工事を終了し、香住港城山灯台から真方位160度440メートルの同港西浜泊地の岸壁に左舷付けで係留した。その後、同船は、翌8月中頃から陸上電源をとり、漁業設備や漁具の整備が続けられたが、その間主機を運転する機会がほとんどなく、同月31日の午前中に魚倉へ砕氷を積み込んだのち、夜間の出漁に備えて同日23時00分までに集合することとし、乗組員全員が帰宅した。

ところで、主機は、長期間の休止中に、軸受などの潤滑各部が油切れの状態になっていたり、直結ポンプや油冷却器などの潤滑油配管内の潤滑油が自然に油だめに落下して空気が滞留しているので、始動前にターニングと同油のプライミングを十分に行い、同油配管内の空気を抜いて潤滑油を充満させるとともに、潤滑各部に油膜を形成しておかないと、始動したとき同油配管内が充油されるまでの間油圧不足となり、同部の潤滑が阻害されるおそれがあった。
A受審人は、出港前に主機の暖機運転を約1時間行うようにしており、同日22時ごろに帰船する予定であったところ、急用ができて少し遅れることになったので、夕方B指定海難関係人に電話連絡し、主機を始動しておくよう指示したが、機関の実務経験が長いので大丈夫と思い、同人に対し、始動前準備として潤滑油のプライミングを十分に行うよう指示しなかった。

B指定海難関係人は、同日21時35分に帰船したところ、すでに付近の同業船が主機を始動していたことから、早めに始動準備に取り掛かったが、ウイングポンプを軽く動かしたのみで、潤滑油を送り出す手応えがあるまで作動させてプライミングを十分に行うことなく、同時45分主機を始動し、停止回転数の毎分270で暖機運転を始め、始動後の運転監視を行わないまま、約1分後に機関室を出て船を離れ、買物を兼ねて自宅に忘れ物を取りに帰った。
こうして、開進丸は、潤滑油のプライミングが不完全で、潤滑各部に油膜が形成されない状態のまま主機が始動され、さらに同油配管内が充油されるまでの油圧不足から、主軸受の軸受メタルにかき傷が生じ始め、機関室が無人のまま主機の運転が続けられるうち、前示軸受メタルに生じたかき傷が進行して主軸受とクランク軸が焼き付き、クランク室内の潤滑油が高温となって多量のオイルミストが発生する状況となり、22時10分に帰船したB指定海難関係人が煙突付近のミスト管から白煙が上がっているのを発見した。

当時、天候は晴で風力2の南南西風が吹き、港内は穏やかであった。
B指定海難関係人は、機関室に駆け込んで主機を停止し、同機が著しく過熱しているのを認め、在船していた船主に状況を報告したうえ、整備業者に連絡した。
一方、A受審人は、22時30分ごろ帰船して事後の措置に当たった。
開進丸は、出漁を取り止め、整備業者により主機の開放調査が行われた結果、1ないし4番主軸受及びクランク軸が焼損し、台板に熱変形による亀裂が生じていることが判明し、のちクランク軸、台板、主軸受メタル等すべての損傷部品を新替えして修理された。


(原因)
本件機関損傷は、長期間にわたる休漁後、出漁準備のために主機を始動する際、始動前の潤滑油のプライミングが不十分で、潤滑各部に油膜が形成されない状態のまま始動され、さらに同油配管内が充油されるまでの油圧不足から、主軸受の軸受メタルにかき傷が生じたまま運転が続けられたことによって発生したものである。
主機の始動前準備が適切でなかったのは、機関長が無資格の機関員に主機の始動を行わせる際、始動前準備として潤滑油のプライミングを十分に行うよう指示しなかったことと、同機関員が潤滑油のプライミングを十分に行わなかったこととによるものである。


(受審人等の所為)
A受審人は、長期間にわたる休漁後、出漁準備のために無資格の機関員に主機の始動を行わせる場合、潤滑油配管内に潤滑油を充満させるとともに潤滑各部に油膜を形成しておく必要があったから、始動前準備として潤滑油のプライミングを十分に行うよう指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、機関員が機関の実務経験が長いので大丈夫と思い、始動前準備として潤滑油のプライミングを十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により、潤滑各部に油膜が形成されない状態のまま主機が始動されて主軸受の軸受メタルにかき傷が生じ、主軸受及びクランク軸等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、主機の始動前準備として潤滑油のプライミングを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。

B指定海難関係人に対しては、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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