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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年7月9日06時00分 和歌山県梶取埼沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二十一末廣丸 総トン数 74トン 全長 28.30メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 507キロワット 回転数
毎分680 3 事実の経過 第二十一末廣丸(以下「末廣丸」という。)は、第2種の従業制限を有し、遠洋まぐろ延縄漁業に従事する平成5年4月に進水したFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が同年に製造したM220−EN2型ディーゼル機関を装備し、主機の各シリンダには船首側から順番号が付されていた。 主機の冷却は、間接冷却方式で、直結の冷却清水ポンプにより清水冷却器から吸引加圧された冷却清水が、各シリンダのシリンダジャケット及びシリンダヘッドなどを冷却し、出口集合管を経て再び清水冷却器に環流しており、また、運転中出口集合管で通常摂氏70度前後の冷却清水温度が同85度まで上昇すると警報装置が作動し、機関室及び操舵室の各警報盤でそれぞれ警報音を発するとともに、警報ランプが点灯するようになっていた。 一方、主機の冷却海水系統は、主機の船首側に設置された電動の冷却海水ポンプにより、船底弁から吸引加圧された冷却海水が、空気冷却器、潤滑油冷却器及び清水冷却器を順次冷却したのち、船外に排出されるようになっていた。また、主機には、潤滑油系統に直結潤滑油ポンプのほか、主機発停時の通油に使用する目的で電動の予備潤滑油ポンプが備えられていた。 末廣丸の所有者でもあるA受審人は、平成8年6月から機関長として乗り組み、主機の発停及び各機器の操作を含め機関の運転管理に1人で携わっており、主機の始動に当たっては、まず予備潤滑油ポンプとともに冷却海水ポンプを運転させ、エアランニングを行ったのち、予備潤滑油ポンプを事前に停止してから、主機を始動するのを習慣としていた。 ところで、予備潤滑油ポンプ及び冷却海水ポンプの発停操作は、機関室中段左舷後部に設置の主配電盤に組み込まれた集合始動器、又は同室下段の各ポンプ近くのスイッチで行えるようになっていたが、同スイッチが天井の低い場所に設けられ、腰をかがめて近寄らなければならないこともあり、普段から機関室入口近くにある主配電盤上の集合始動器でスイッチ操作が行われていた。 また、集合始動器は、上から順に銘板、電流計、運転表示灯を兼ねる緑灯の照光式押しボタン型の始動スイッチ、及び一般押しボタン型の停止スイッチを縦一列に配置した各始動器が、盤面に配列されているもので、予備潤滑油ポンプと冷却海水ポンプとのスイッチ類が隣り合った位置にあり、スイッチ類はいずれも同型であった。 末廣丸は、毎年7月ごろから翌年5月末にかけ、中部太平洋を主たる漁場として操業を行い、1箇月ごとに国内諸港に生まぐろの状態で水揚げすることを繰り返しているもので、徳島県宍喰港を発してミクロネシア連邦付近の漁場で操業したのち、同10年7月8日和歌山県勝浦港に入港して漁獲物の水揚げを終え、乗組員を自宅に帰して休養させるため宍喰港に回航することになった。 翌9日04時30分ごろ、A受審人は、主機の始動準備に取り掛かり、機関室に入って予備潤滑油ポンプ及び冷却海水ポンプを運転し、主機ハンドル前の計器盤で各圧力が正常であることを確認のうえ、エアランニングを行ったのち、主配電盤に戻って予備潤滑油ポンプの停止スイッチを押そうとしたが、慣れた操作なので間違うことはあるまいと思い、ポンプの銘板を確かめるなどしてスイッチ操作を適切に行わなかったことから、同ポンプ停止スイッチの右隣りにある冷却海水ポンプの停止スイッチを押し、運転中の同ポンプを停止させた。 その後、A受審人は、04時40分主機を始動し、運転状態やビルジ量などを点検するため機関室内の見回りを行ったが、計器盤を一瞥(べつ)したのみで各圧力を確認しなかったので、依然として冷却海水ポンプを停止させたことに気付かないまま、甲板上の出港作業に加わるため、同時50分機関室を離れた。 こうして、末廣丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、空倉のまま、05時00分勝浦港を発し、主機を回転数毎分630にかけて航行中、冷却清水及び潤滑油の各温度が上昇し、冷却阻害となった6番ピストンが過熱膨張してシリンダライナとの摺動面に肌荒れを生じて焼付き始め、同ライナ下部の水密Oリングが溶損したほか、燃焼ガスがクランク室に吹き抜ける状況となり、同日06時00分梶取埼灯台から真方位171度3.8海里の地点において、機関室内に配管されているミスト抜き管の開弁状態となっていたドレンコックから大量のオイルミストが噴出して機関室に充満した。 当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、海上は穏やかであった。 船尾の野菜庫を掃除していたA受審人は、ふと前方を見たとき、機関室内に白煙が立ち込めているのを認め、急ぎ船橋当直者に主機を回転数毎分320の停止回転にするよう指示してから機関室に入ったところ、冷却清水温度上昇警報が作動していたので直ちに主機を停止し、点検の結果、6番シリンダライナ下部から冷却清水の滴下を認め、宍喰港への回航を断念した。 末廣丸は、修理のため引き返すことになり、潤滑油中の水抜きが行われ、微速力で勝浦港に帰着し、のち修理業者の手によって6番シリンダの焼損したピストン、シリンダライナ及び曲損した連接棒などを新替えして修理された。
(原因) 本件機関損傷は、主機始動前の通油を終え、電動予備潤滑油ポンプを主配電盤上の押しボタンスイッチで停止させる際、スイッチ操作が不適切で、同ポンプにかえて電動冷却海水ポンプの停止スイッチが操作されたことと、主機始動後の冷却海水圧力の確認が不十分で、同ポンプが停止したまま主機の運転が続けられたこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の始動準備としていずれも電動の予備潤滑油ポンプ及び冷却海水ポンプを運転し、通油後、主配電盤上の押しボタン式スイッチで予備潤滑油ポンプを停止する場合、同型のスイッチ類が配列されていたから、スイッチを押し間違えることのないよう、スイッチの銘板を確認するなどして、スイッチの操作を適切に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、慣れた操作なので間違うことはあるまいと思い、スイッチの操作を適切に行わなかった職務上の過失により、隣り合って配列された冷却海水ポンプの停止スイッチを操作し、同ポンプを停止させたことに気付かないまま主機の運転を続け、同機の冷却阻害を招き、6番シリンダのピストン及びシリンダライナなどを焼損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |