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2000年(平成12年)

平成12年函審第15号(第1)
    件名
(第1)漁船第三十八正栄丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年6月16日

    審判庁区分
地方海難審判庁
函館地方海難審判庁

大山繁樹、酒井直樹、大石義朗
    理事官
里憲

    受審人
A 職名:第三十八正栄丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
4番シリンダ吸・排気弁のプッシュロッドが曲損、残りの排気弁と右舷側吸気弁の弁傘が折損脱落、同シリンダのシリンダヘッド触火面に打痕、ピストン頂部に欠損、ピストンピン、連接棒に曲損等

    原因
主機潤滑油の交換周期不適切

    主文
本件機関損傷は、主機潤滑油の交換周期が不適切であったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年11月20日10時00分
北海道襟裳岬北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十八正栄丸
総トン数 19トン
登録長 16.84メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 404キロワット
回転数 毎分1,350
3 事実の経過
第三十八正栄丸(以下「正栄丸」という。)は、昭和54年5月に進水した、さんま棒受け網及びすけとうだら刺し網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したS160−ST2型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機のシリンダには船首側から順に番号を付していた。
主機の吸・排気弁は、4弁式の材質がいずれも耐熱鋼製(材料記号SUH3)のもので、各シリンダヘッドには、吸気弁が船首側左右に、排気弁が船尾側左右に配置されていた。

主機の潤滑油系統は、油受内の潤滑油が直結の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の機器名については「潤滑油」を省略する。)によって吸引加圧され、こし器、冷却器及び調圧弁を経て主管に送られ、主軸受、カム軸受、ピストン冷却及び弁腕注油の各系統に分かれ、それぞれ各部を潤滑あるいは冷却した後、油受に戻るようになっており、各系統のうち弁腕注油系統は、シリンダヘッドに導かれた潤滑油が、ロッカーアーム軸及びロッカーアームの油孔を通って吸・排気弁の弁頭に注油され、弁棒、バルブローテータ及び弁バネに流れるようになっていた。また、ピストン冷却系統は、各シリンダのシリンダライナ下方の架構隔壁に取り付けられた冷却ノズルから潤滑油が噴出し、アルミニウム合金製のピストンを内側から冷却するようになっていた。
ところでこし器は、2筒式のこし筒内に金網のエレメントを装着したもので、エレメントの目詰まりが進行して入口と出口の差圧が1.5キログラム毎平方センチメートルに達すると、圧力及び流量を確保するため逃し弁が開き、潤滑油がエレメントをバイパスして主管に送られるようになっており、機関メーカーでは、取扱説明書でエレメントの掃除を主機の運転時間500時間毎に行うよう注意を促していた。なお、同説明書には、潤滑油の交換を主機の運転時間400時間毎に行うよう記載されていた。

A受審人は、正栄丸が建造されたときから船長として乗り組み、操船のほか主機の運転及び保守管理にも当たり、各漁期における主機の運転時間は年間約700時間であった。
A受審人は、主機潤滑油の性状を管理するに当たって、こし器エレメントの掃除を漁期に入る前と漁期中に1、2回行い、機関メーカーが注意を促している所定の周期で行っていた。しかるに同人は、潤滑油の交換を、漁期に入る前の準備作業において新替えするだけで大丈夫と思い、潤滑油の交換を適切な周期で行わず、潤滑油が機関メーカーの所定の周期を大幅に超えて使用され続けた結果、汚損劣化の進行によりスラッジを生じるようになり、このためエレメントが、スラッジなどで目詰まりして逃し弁が開くことがあり、汚損劣化した潤滑油がエレメントをバイパスして流れ、いつしか、弁腕注油系統の油孔にスラッジなどの不純物が付着堆積して潤滑油の流れが阻害され、特に4番シリンダの左舷側排気弁への注油が不足気味になっていた。

こうして正栄丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、平成9年のさんま棒受け網漁を終えて回航の目的で、同年11月19日09時00分、岩手県宮古港を発して北海道浜中町散布漁港へ向かい、主機を回転数毎分1,300の全速力にかけて北上中、かねてより注油不足になっていた前記排気弁が、弁棒案内部における潤滑不良で膠着するようになり、動きの悪くなった同弁がピストンに叩かれているうち弁傘付け根付近で折損し、脱落した弁傘がピストンとシリンダヘッドに挟撃され、翌20日10時00分襟裳岬灯台から真方位057度25海里の地点において、主機が不同回転を生じて回転低下した。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、海上は平穏であった。
A受審人は、操舵室で単独当直中、異音に気付いて甲板員に主機を停止させ、機関室に赴いて原因の究明に当たったところ、4番シリンダ吸・排気弁のプッシュロッドが曲損しているのを認め、同弁の損傷を推定したものの船内での修理ができないので減筒運転で散布漁港に向かうこととし、同シリンダの燃料噴射弁、プッシュロッドなどを取り外して再始動を試み、主機が始動できたので回転数毎分750の微速力で続航し、翌21日06時00分同港に入港した。

A受審人は、業者に修理を手配して点検した結果、前記損傷のほか、4番シリンダの残りの排気弁と右舷側吸気弁の弁傘に折損脱落、同シリンダのシリンダヘッド触火面に打痕、ピストン頂部に欠損、ピストンピン、連接棒に曲損、シリンダライナに縦傷及び過給機のタービン動翼に欠損が認められ、のちこれら損傷部品を新替えした。

(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状を管理するに当たり、潤滑油の交換周期が不適切で、同油の長時間使用により生じたスラッジなどで弁腕注油系統の油孔が閉塞し、注油不足となった4番シリンダの排気弁が膠着してピストンに叩かれたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、主機潤滑油の性状を管理する場合、潤滑油の汚損劣化が進むとスラッジとなって潤滑油系統の油孔に付着堆積し、流量を減少させて各部の潤滑あるいは冷却を阻害させるおそれがあったから、潤滑油が著しく汚損劣化した状態で運転されることのないよう、潤滑油の交換を適切な周期で行うべき注意義務があった。しかるに同人は、漁期に入る前の準備作業において新替えするだけで大丈夫と思い、潤滑油の交換を適切な周期で行わなかった職務上の過失により、同油の長時間使用で生じたスラッジなどにより弁腕注油系統の油孔が閉塞し、注油不足となった4番シリンダの排気弁が膠着してピストンに叩かれ、弁傘が脱落してピストン、シリンダヘッド、シリンダライナ及び過給機を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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