|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年11月28日09時20分 五島列島小値賀島東岸 2 船舶の要目 船種船名
漁船正進丸 総トン数 19.42トン 登録長 16.24メートル 機関の種類
過給機付4サイクル8シリンダ・V形ディーゼル機関 出力 95キロワット 回転数
毎分1,150 3 事実の経過 正進丸は、昭和55年1月に進水した、専ら若松町から長崎県三重式見港への活魚運搬に従事する木製漁船で、主機として、アメリカ合衆国キャタピラー社が製造した、3408TA−S型と称するディーゼル機関を装備し、船橋に主機の回転計、潤滑油圧力計などの計器及び潤滑油圧力低下などの警報装置を備えていた。 主機は、呼称出力382キロワット同回転数毎分2,100(以下、回転数は毎分のものを示す。)の機関に負荷制限装置を付設したものであるが、いつしか同制限装置が取り外され、航海全速力の回転数を1,500として運転されていた。 主機の潤滑油系統は、オイルパンに約70リットル入れられた潤滑油が、直結の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の機器・管等については「潤滑油」を省略する。)で吸引加圧され、全速力時約3.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の圧力で、冷却器及びこし器を経て主管に至り、主管から主軸受、ピストン冷却、過給機等に分岐して供給されたのちそれぞれオイルパンに戻って循環し、主管の圧力が1キロ以下に低下すると潤滑油圧力低下警報装置が作動するようになっていた。また、主管から過給機に至る管(以下「過給機潤滑油供給管」という。)は、外径15.88ミリメートル(以下「ミリ」という。)、肉厚1.65ミリ、長さが約1メートルの低炭素鋼製で、同管には幅25ミリ厚さ0.8ミリの軟鋼製バンドで振動止めが施されていた。 A受審人は、平成6年1月正進丸所有者となって船長として乗り組み、機関の責任者を兼ねていたもので、1航海約11時間所要の航海を月間約12航海行っていた。主機の運転管理については、船橋で始動する前に潤滑油量及び冷却清水量を点検した際、通常1週間で約1.5リットル消費の潤滑油を補給するほか、3箇月ごとに潤滑油を取り替えていたところ、潤滑油の消費量が徐々に多くなったので、同10年5月開放整備を施行したが、その後は始動前の点検以外はほとんど機関室に入らず、主機回りの漏油の有無などは点検せず、同機に付着した油などの汚れを掃除することもなかった。 主機は、開放整備直後は潤滑油の消費がほとんどない状態であったが、運転中の機関振動でいつしか過給機潤滑油供給管の振動止めバンドが切れ、さらに、同管の過給機取付け部から約50ミリのところに亀裂が生じ、潤滑油が漏れ始めて消費量が著しく増加し、同年11月ごろには約15時間の運転で約1.8リットルの消費となった。 A受審人は、過給機潤滑油供給管からの漏れに気付かず、また、潤滑油量点検時に減っていれば補給しているので問題ないものと思って潤滑油消費量の著しい増加に疑念を抱かず、潤滑油管を点検しなかった。 正進丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、同年11月28日04時00分長崎県土井ノ浦漁港を発し、07時50分同県前方漁港近くの養殖場のいけすに着き、活魚約5トンを積み、船首1.20メートル船尾1.60メートルの喫水で、三重式見港の魚市場に向かって主機回転数1,500として進行中、09時16分ごろ過給機潤滑油供給管の亀裂が進行して同管が折損し、同部から潤滑油が噴出して過給機への給油が絶たれ、過給機軸受が焼き付いて給気不足となり、主機の回転数が約1,400に低下した。 船橋当直中のA受審人は、主機回転計を見て回転数が徐々に低下するのに気付き、潤滑油圧力計を見たところ、約2キロで、さらに低下するので操縦ハンドルを停止回転位置まで下げて主機のクラッチを切ったところ、通常の停止回転数約500で回ることから、約半年前に開放整備をしたばかりであるので計器の異状と判断し、再度クラッチを入れて全速とし、煙突からの黒煙を確認しないまま主機の運転を続けた。 こうして正進丸は、潤滑油の噴出が続いてポンプが空気を吸いこみ、同日09時18分ごろ潤滑油圧力低下警報装置が作動したが、なお主機の運転が続けられ、全主軸受及びクランクピン軸受などが焼損し、09時20分小値賀港黒島南防波堤灯台から真方位066度2.2海里の地点において、主機が異音を発して自停した。 当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、機関室に赴いたところ、クラッチカバーの上に多量の潤滑油が降りかかっていること及び過給機潤滑油供給管が折損していることを認め、潤滑油を補給後再始動を試みたが、主機は各軸受が焼き付いて回らず、救助を要請した。 損傷の結果、正進丸は、僚船により三重式見港に引き付けられたが、のち廃船処理された。
(原因) 本件機関損傷は、主機潤滑油の消費量が著しく増加した際、潤滑油管の点検が不十分で、過給機潤滑油供給管の亀裂折損部から潤滑油が漏洩するまま運転が続けられ、主軸受など各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機潤滑油の消費量が著しく増加した場合、潤滑油管の亀裂などによる漏油を見逃すことのないよう、潤滑油管の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、潤滑油量点検時に減っていれば補給しているので問題ないものと思って潤滑油消費量の著しい増加に疑念を抱かず、潤滑油管の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、過給機潤滑油供給管に亀裂が生じて潤滑油が漏れていることに気付かないまま運転を続け、全主軸受及びクランクピン軸受などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |