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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年7月7日05時30分 長崎県対馬東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五恵比須丸 総トン数 16トン 全長 19.95メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 314キロワット 回転数
毎分1,910 3 事実の経過 第五恵比須丸(以下「恵比須丸」という。)は、昭和62年10月に進水した、いか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、主機として株式会社小松製作所が製造したEM665A−A型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の遠隔操縦装置、計器盤及び警報盤を備えていた。 主機は、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付けられ、動力取出軸でバッテリー充電用発電機、操舵機用油圧ポンプのほか、集魚灯用発電機などをそれぞれ駆動できるようになっていた。 主機のピストンは、球状黒鉛鋳鉄製の一体形で、ピストンリングとして2本の圧力リングと1本のオイルリングを装着し、特殊鋳鉄製のシリンダライナとの摺(しゅう)動面がクランクの回転によるはねかけ注油方式で潤滑されていた。 主機の潤滑油系統は、総量68リットルの潤滑油が、クランク室底部油だめから直結の潤滑油ポンプで吸引して加圧され、潤滑油冷却器から同油こし器を経て同油主管に導かれ、各軸受などの潤滑とピストン冷却に供給されたのち、油だめに戻って循環するようになっており、クランク室から機関室天井にある煙突の船首側までオイルミスト管が配管されていた。また、潤滑油系統には、同油圧力が設定圧力以下になると、操舵室の警報盤に組み込まれた赤ランプが点灯し、警報ブザーが作動する潤滑油圧力低下警報装置が備えられていた。 A受審人は、就航時から恵比須丸に乗船して機関の保守管理に当たり、主機については約3箇月ごとに潤滑油と同油こし器エレメントを取り替え、適宜同油の補給を行い、月平均360時間の運転に従事していた。 ところで、主機は、平成6年2月ごろ就航後初めてのシリンダライナ交換を含む開放整備が行われたものの、その後、無開放のままであったことから、出漁を繰り返すうち、いつしか1番及び2番シリンダのピストンリングが固着摩耗して燃焼ガスがクランク室に吹き抜けるようになった。 A受審人は、同9年11月ごろ主機クランク室からのミスト量が増加し、潤滑油消費量も増加してきたことを認め、また、2番シリンダのシリンダヘッドと同ブロックとの合わせ面付近から漏水が生じたことから、業者に点検を依頼したが、ピストンリングの交換など本格的な開放は5年ないし6年ごとに行えばよいものと思い、ピストン抜出しを含むシリンダの開放整備を行うことなく、折損したシリンダヘッドボルト1本と同ヘッドガスケットなどを交換したのみで修理を済ませ、主機の運転を続けていた。 恵比須丸は、操業を繰り返すうち、次第に燃焼ガスの吹抜け量が増加し、1番及び2番シリンダのシリンダライナとピストンの潤滑が阻害されるようになり、かき傷が生じるとともに、潤滑油消費量がさらに増加する状況となった。 こうして、恵比須丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、船首0.7メートル船尾1.6メートルの喫水をもって、翌10年7月6日15時00分長崎県志多賀漁港を発し、対馬東方沖合の漁場に至って操業を行っていたところ、1番及び2番シリンダにおいて燃焼ガスが大量に吹き抜け、検油棒挿入口及びオイルミスト管から潤滑油が噴出するようになり、翌7日05時ごろ水揚げのため、漁場を発進し、福岡県博多漁港へ向けて主機を回転数毎分1,900の全速力にかけて航行中、シリンダライナとピストンが焼き付き始め、潤滑油量の不足から全シリンダのクランクピン軸受及び2個の主軸受に焼付きを生じ、05時30分沖ノ島灯台から真方位295度13.2海里の地点において、潤滑油圧力低下警報装置が作動するとともに、主機が異音を発して停止した。 当時、天候は晴で風力1の北西風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、前部甲板で漁獲物の箱詰め作業中、主機の異音に気付いて機関室へ赴き、主機周辺に油が飛散していることを認め、冷却後、再始動を試みたが、始動できなかったので、航行不能と判断し、僚船に救助を要請した。 恵比須丸は、僚船に曳航されて志多賀漁港に引き付けられ、主機を開放した結果、1番及び2番シリンダのシリンダライナとピストンの焼付き、全クランクピン軸受及び2個の主軸受の焼損、クランク軸及びシリンダブロック軸受部にかき傷をそれぞれ生じており、のち主機は換装され、また、主機潤滑油の浸入した集魚灯用発電機のコイルの巻換え修理などが行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機クランク室からのミスト量が増加するとともに、潤滑油の消費量が増加した際、シリンダの開放整備が不十分で、燃焼ガスの吹き抜けを生じたまま運転が続けられ、ピストン及びクランクピン軸受などの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機クランク室からのミスト量が増加するとともに、潤滑油の消費量が増加するのを認めた場合、燃焼ガスの吹き抜けが生じており、ピストンの潤滑が阻害されるおそれがあったから、業者に依頼するなどして、ピストン抜出しを含むシリンダの開放整備を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、ピストンリングの交換など本格的な開放は5年ないし6年ごとに行えばよいものと思い、シリンダの開放整備を行わなかった職務上の過失により、燃焼ガスの吹き抜けによる潤滑阻害を招き、ピストン、シリンダライナ及びクランクピン軸受などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |