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2000年(平成12年)

平成11年仙審第40号
    件名
漁船第二十一明神丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成12年5月31日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

根岸秀幸、上野延之、長谷川峯清
    理事官
山本哲也

    受審人
A 職名:第二十一明神丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
4番シリンダのクランクピン軸受メタル等が焼損等

    原因
主機潤滑油の性状管理不十分、燃料噴射ポンプの噴射時期の調整不十分

    主文
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が十分でなかったことと、燃料噴射ポンプの噴射時期の調整が十分でなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年11月11日08時40分ごろ
北海道襟裳岬南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十一明神丸
総トン数 99.57トン
全長 34.76メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 625キロワット(計画出力)
回転数 毎分900(計画回転数)
3 事実の経過
第二十一明神丸(以下「明神丸」という。)は、昭和48年3月に進水し、いか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、ダイハツディーゼル株式会社が製造した6DSbM−22FS型ディーゼル機関を装備し、各シリンダを船首側から順番号で呼称していて、クラッチ式の減速逆転機を介して推進器を回転するようになっていた。
主機のピストンは、径220ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋳鉄製ピストンクラウンとアルミニウム鍛造製ピストンスカートとの組立式で、ピストンクラウンに3本のピストンリングが、ピストンスカートに2本のオイルリングがそれぞれ装着されていた。

また、主機のクランク軸は、全長が2,982ミリ、ジャーナル部の径が200ミリ及びピン部の径が165ミリで、表面に高周波焼入れを施した炭素鋼一体型の鍛造品であった。一方、同クランクピン軸受メタルは、軟鋼製裏金にアルミニウム合金を圧接した薄肉完成メタルで、斜め割りセレーション合わせとなっている連接棒大端部に組み込まれ、同大端部と軸受キャップとが呼び径30ミリのニッケルクロム鋼製連接棒ボルト2本で締め付けられていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめ(以下「油だめ」という。)の潤滑油が、直結潤滑油ポンプによって吸引・加圧され、潤滑油冷却器を経て圧力調整弁に至って分岐し、一方が、潤滑油こし器を経て主機入口主管に至り、主軸受、カム軸受等を潤滑したのち油だめに戻るようになっており、他方が、容量約900リットルの別置きの潤滑油槽に流入し、同槽をオーバーフローした潤滑油が油だめに戻る、いわゆるセミドライサンプ方式となっていた。

ところが、明神丸は、圧力調整弁から別置きの潤滑油槽に流入する系統に三方コックをいつしか設けて同槽をバイパスさせ、圧力調整弁からの潤滑油を油だめに直接循環させるように変更し、また、別置きの潤滑油槽を主機の潤滑油の補給用小出しタンクとして用いるなど、ウエットサンプ方式として使用していたので、機関メーカーでは、油だめの潤滑油を機関の使用時間が700時間から1,200時間で新替えするよう推奨していた。
明神丸は、平成3年7月にB(同8年に有限会社R漁業を設立して船舶所有者名義を同社に変更した。)が中古船を購入して以来、毎年5月中旬から翌年2月末までの期間に、日本海全域及び太平洋側の三陸沖から北海道沖合の広い海域で、主な水揚港を青森県八戸港に定めて1航海が約1箇月及び主機の使用時間が月間250時間の操業を繰り返し、毎年4月ごろの休漁期には必ず入渠・上架して船体及び機関の整備を行っていた。

A受審人は、中古船の明神丸を購入して以来機関長として乗船していたもので、入渠中の機関整備作業も可能な限り乗組員の手で行うようにしており、2年ごとの定期的検査時には主機を常に開放してピストンリング等を新替えしていたが、検査の無い入渠時にはシリンダヘッドを開放して吸・排気弁のすり合わせ整備などを行うにとどめていた。
ところで、A受審人は、主機潤滑油の取替え基準として、年間2回を目処に油だめ内を掃除したのち同油を新替えするようにしていたものの、漁撈作業の忙しいときなどには、約1年間潤滑油を取り替えず、潤滑油の性状が著しく劣化した状態のまま、操業を繰り返すこともあった。
また、A受審人は、同10年4月の合いドックで入渠中、いつものとおりシリンダヘッドを開放して吸・排気弁のすり合わせ整備などを行ったうえ油だめの潤滑油を新替えするとともに、それまでの操業中に他のシリンダと比較して排気温度が上昇傾向を示して気がかりであった、4番シリンダの燃料噴射ポンプの噴射時期の調整を、自ら同ポンププッシュロッド頂部シムの厚さの変更で試みたところ、基準範囲内に調整できなかったものの、噴射時期の調整は操業しながらでも寄港時にできるので大丈夫であろうと思い、整備業者に依頼するなどして燃料噴射ポンプの噴射時期を十分に調整することなく、合いドックでの整備作業を終了させていた。

明神丸は、同年5月中旬いつものように八戸港を発し、新潟県沖合の漁場で操業を開始したのち、主に日本海での操業を繰り返していたところ、4番シリンダが噴射時期の遅れの影響などから燃焼不良気味となり、吸・排気弁の弁座に燃焼残滓物を噛み込み始めて燃焼不良が更に進行し、やがて同シリンダのピストンリングが摩耗・固着するなどして、同シリンダに燃焼ガスの吹き抜けを生じるおそれのある状況となっていた。
一方、A受審人は、機関を月間250時間ほど使用する前示の操業に従事し、やがて機関の使用時間が潤滑油の取替え基準を超えるようになったが、漁模様が忙しいこともあって、油だめの潤滑油を新替えしなかったことから、潤滑油性状劣化の影響から潤滑阻害されたクランク軸の各軸受が過熱し始める状況となったまま、引き続き操業に従事していた。

こうして、明神丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、船首2.00メートル船尾2.80メートルの喫水をもって、同年11月6日08時00分岩手県大槌港を発して北海道渡島半島沖合の漁場に至り、操業を開始したものの漁模様が思わしくないため同月9日早朝同漁場を発し、機関の回転数を毎分800にかけて約9ノットの全速力前進で太平洋側の漁場に移動中、潤滑油性状劣化の影響を受けて主機の各軸受が過熱気味であったところに、4番シリンダが燃焼ガスの吹き抜けを生じたことから、多量の燃焼残滓物が油だめ内の潤滑油中に混入し、潤滑油こし器が急激に目詰まりして潤滑油圧力が急速に低下し、同シリンダのクランクピン軸受メタルが焼き付き始め、翌々11日08時40分ごろ北緯41度10分東経143度36分の地点において、潤滑油圧力低下の警報が作動するとともに4番シリンダのクランクピン軸受メタルなどが焼き付いて主機が自然に停止した。
当時、天候は曇で風力4の西風が吹き、海上には若干の波浪があった。
A受審人は、自室で休憩中機関の警報音及び停止音に気付いて機側に赴いたところ、過給機の給気囲いフィルター付近が燃えているのに気付き、持ち運び式粉末消火器などで鎮火させたのち、機関のターニングを試みたものの重くて回らず、クランク室のドアを開放して4番シリンダのクランクピン軸受メタルの焼損を認め、減筒運転の措置を施して同月13日08時30分八戸港に自力で入港した。
明神丸は、八戸港において修理業者に依頼して主機を精査したところ、クランク軸が4番シリンダ以外のクランクピン部及び同ジャーナル部にも過熱の影響によって硬度が低下していること、また、熱変形した4番シリンダの吸気弁の弁座から高温の排気が逆流して過給機の給気囲いフィルター付近で着火したことなどが判明した。

その後、明神丸は、当時が漁模様の最盛期であったことから、クランク軸を船内でラッピング修正したうえ、4番シリンダの連接棒、クランクピン軸受メタル、吸・排気弁及び弁座などを取り替える応急措置を施して出漁し、翌11年2月末漁期を終えた時点で、クランク軸を中古品と取り替え、また、燃料噴射ポンプの噴射時期の調整を行うなど本修理を施した。

(原因)
本件機関損傷は、機関の運転管理にあたり、主機潤滑油の性状管理が不十分で、同油の性状が劣化してクランク軸の各軸受が過熱気味となっていたことと、特定シリンダの排気温度が上昇傾向を示すようになった際、燃料噴射ポンプの噴射時期の調整が不十分で、燃焼不良の進行によって燃焼ガスがクランク室油だめに吹き抜けたことから、潤滑油こし器が急激に目詰まりして同油圧力が急速に低下したこととによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、特定シリンダの排気温度が上昇傾向を示すようになり、燃料噴射ポンプの噴射時期を基準範囲内に自ら調整できない状況となった場合、噴射時期を調整しないまま運転を続けると燃焼不良を進行させることがあるから、燃焼ガスの吹き抜けを生じさせることのないよう、整備業者に依頼するなどして燃料噴射ポンプの噴射時期を十分に調整すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、噴射時期の調整は操業しながらでも寄港時にできるので大丈夫であろうと思い、整備業者に依頼するなどして同噴射時期を十分に調整しなかった職務上の過失により、4番シリンダに燃焼ガスの吹き抜けを発生させ、潤滑油こし器を急激に目詰まりさせて同油圧力の急速な低下を招き、同シリンダのクランクピン軸受メタルを焼損させるとともに潤滑油性状劣化の影響で過熱気味であったクランク軸を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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