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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年1月27日13時20分 小笠原諸島南西方海域 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五千栄丸 総トン数 19.93トン 登録長 14.90メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 478キロワット 回転数
毎分1,350 3 事実の経過 第五千栄丸(以下「千栄丸」という。)は、昭和52年11月に進水した、主として九州から本州の太平洋沿岸でまぐろはえ縄漁に従事するFRP製漁船で、主機として三菱重工業株式会社が製造したS6R2F−MTK−2型と称するディーゼル機関を装備していた。 千栄丸は、長船尾楼付き2層甲板型で、上甲板の下が船首側から船首タンクに続いて、1番、2番及び3番各魚倉、更に機関室、船員室が区画され、1番、2番各魚倉の船底及び船員室後部に燃料タンクを配置し、船尾楼に操舵室、漁具庫、賄室が区画されていた。 機関室は、下段中央に主機を、その船首側に40キロボルトアンペアの補機駆動発電機2組を配置し、主機を囲むように左右両舷と船尾側に燃料タンクが、主機の左舷側通路にビルジポンプ、燃料移送ポンプ、燃料こし器が、同室右舷側燃料タンクの船首側に雑用ポンプが、同室船首端の3番魚倉上に冷凍機、配電盤、バッテリーなどがそれぞれ配置され、同室後部の船員室と左舷側通路の2箇所に引き戸の出入口を設けていた。また、同室左舷側燃料タンクの上に容量500リットルの燃料サービスタンク(以下「サービスタンク」という。)が置かれ、補機及び主機に使用する燃料を、各燃料タンクからいったん燃料移送ポンプで移送して溜(た)めるようになっており、サービスタンクからオーバーフローしたものは同室左舷側燃料タンクに落ちるようになっていた。 主機は、直列配置のシリンダに船首側を1番として6番まで番号が付され、一体型シリンダブロックにシリンダライナが挿入された上にシリンダヘッドを載せて締め付けられ、同ブロックの左舷側には6気筒分が一組に組み立てられた燃料噴射ポンプを取り付け、一方、シリンダヘッドの右舷側には排気集合管を、同集合管の中央上部には過給機をそれぞれ取り付けていた。また、シリンダヘッドの直上には、機関室後部出入口からバッテリー設置場所まで縞(しま)鋼板製の通路板が渡されていた。 主機の燃料は、サービスタンクの軽油が、機関室船尾側及び左舷側各燃料タンクの壁に沿って取り付けられた配管を通して沈殿槽及び一次こし器に至り、呼び径12ミリメートルの銅管で主機の供給ポンプに吸入され、あらかじめ加圧されたのち燃料噴射ポンプに入り、同ポンプから各シリンダごとに燃料高圧管を通して燃料噴射弁に送られるようになっていた。 主機燃料の銅管は、機関室船尾側燃料タンク沿いに敷板の下を通り、主機左舷側で立ち上がって供給ポンプに接続されていた。また、燃料高圧管は、圧力配管用炭素鋼管製で、シリンダヘッドの左舷側に取り付けられた燃料噴射弁に袋ナットで締め付けられており、同弁頭部に嵌(は)まり合う部分にはパッキンが使用されず、金属接触で油密が保たれるようになっていた。 A受審人は、千栄丸の建造以来、機関長として乗り組んでいたが、兼務する漁労長の職務が忙しかったこともあり、B指定海難関係人に機関の運転と整備を行わせ、自らはB指定海難関係人が甲板上での作業に従事しているときや船橋当直中に燃料の移送をするために機関室に入るのみで、機関室内の点検、見回りを行っておらず、機関に異状が生じたときには詳細に報告するよう同人に指示しなかった。 B指定海難関係人は、機関員として機関の運転と整備を行い、実務上の判断をほとんど任されており、主機の整備を整備業者に依頼するなどの業務も自ら行っていた。 千栄丸は、平成9年1月に宮崎県串間市の定係港で漁獲を水揚げしたのち、機関室下段の左舷側補機から出火し、短時間で消し止められたが、電線及び配電盤を含む電源装置が焼損し、いずれも取り替え修理され、その後は絶縁状態が良好に保たれていた。また、平成9年には主機のシリンダヘッドとシリンダライナとの接触面で排気漏れを生じたことが2度あり、いずれも帰港後にガスケットを取り替え、シリンダヘッドの当たり面を削正して修理が行われた。 主機は、同年12月の操業中に燃料噴射弁の高圧管締付け部から燃料が滲(にじ)むように漏えいしていたが、B指定海難関係人が袋ナットを増し締めし、その後はときどき拭き取る程度の微少な漏えいであった。また、そのころ、燃料こし器から供給ポンプまでの銅管が、敷板の下で主機台板と接触し、機関の振動のために擦れて光っているのを同人が認め、のちにウェスを巻き付け、ずれないようロープで固定するなど、摩耗に対する措置がとられた。 千栄丸は、A受審人、B指定海難関係人ほか4人が乗り組み、操業の目的で、船首1.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、平成10年1月10日09時00分千葉県銚子港を発し、同月13日に小笠原諸島海域に至って操業を開始し、まぐろ約12トンを漁獲して操業を切り上げ、同月26日23時00分主機を回転数毎分1,000(以下、回転数は毎分のものとする。)にかけて帰港の途につき、翌27日06時ごろ主機を1,100回転に増速して北上を続けた。 A受審人は、機関を増速したのち、水揚げ漁港を決定するために市場の担当者と電話で連絡を行ったが、相手不在のため午後の連絡を待つこととしていったん船橋を離れ、12時から昼食をとったのち13時ごろ再び昇橋した。 B指定海難関係人は、船橋当直ののち交替して12時30分から昼食をとり、13時ごろ機関室に入って燃料移送ポンプを始動し、主機の潤滑油量と燃料高圧管の漏れ具合に変化がないことを確かめ、同ポンプを止めるために再び戻るつもりでいったん機関室を出て船尾の便所に入り、用を足したのち後部甲板上で甲板員らと雑談していた。 こうして、千栄丸は、機関室が無人で航行中、同室内で何らかの原因で大量の燃料などの可燃物が発火して一気に燃え上がり、27日13時20分ごろ北緯23度30分東経139度30分の地点において、作業道具を取りに左舷側通路に回った甲板員が機関室出入口から炎と煙が激しく出ているのを発見した。 当時、天候は曇で風力2の東北東の風が吹いていた。 B指定海難関係人は、甲板員の叫び声を聞いて海水ホースを取り、機関室出入口から消火しようとしたが、すぐに発電機が停止して海水が出なくなり、他の甲板員らが後部居住区側から消火器を同室内部に向けたものの効果がなく、またA受審人は、船橋で市場の担当者と電話で連絡中、船橋に煙が侵入してきたので異状に気付いたが、発火場所を確かめる暇もなく、電話の相手に火災発生を伝え、まもなく火勢の強さを見た他の甲板員が救命いかだを投下したので、二人とも他の乗組員とともにいかだに乗り移り、のち全員が来援した自衛隊の航空機に救助され、その後、千栄丸は沈没した。
(原因に対する考察) 本件は、機関室から出火し、発見された際には、既に出火場所の確認や機関室に入って消火作業のできる状態ではないほど火勢が激しかったとされるものである。 以下、発火と炎上の可能性のある場所及び各装置の状況について検討する。 1 電源装置及び電線の漏電 本船は、平成9年1月に補機の原動機から出火して機関室火災事故を起こし、補機、電線、配電盤、電動機など焼損した機器、部材が修理業者により取り替えられ、あるいは乾燥修理がなされた結果、電源装置全体の絶縁状態が十分に高められ、運用開始後には海水消火による絶縁不良など火災事故の後遺症は見られず、本件当時、電源装置の運用面で、火災事故の原因となる漏電の箇所はなかったものと認める。 また、主機左舷側に燃料移送ポンプ及びビルジポンプが設置されており、いずれも交流220ボルトのかご形誘導電動機が駆動し、前示火災事故ののち乾燥修理されており、構造上、直流機のようなスパーク状の発火源がないことから、燃料が降りかかることがあったとしても直ちに発火につながることは考えられない。 2 発火源としての主機各部の状況 (1) シリンダヘッド周辺の排気漏れ 主機は、平成9年にシリンダヘッドとシリンダライナとの接触面からの排気漏れを2度生じ、いずれもシリンダヘッドを外してガスケットを取り替え、当たり面を削正して修理が行われている。B指定海難関係人は、本件当時の操業中にも再び排気漏れを生じ、帰港後に修理をする予定であったとしている。しかも、前年に漏えいしたものと同じ5番及び6番シリンダであったとしているが、同部に排気が漏えいした跡があったと述べている点、直前の見回りの際に異状がなかったとの供述からは、運転によるシリンダ内の燃焼音が際立って外部に聞こえるほどの漏えいに至っておらず、排気漏れは微少にとどまり、重大な発火源になるものではなかったと認める。 (2) 過給機及び排気管 過給機は、タービンケーシング及び出口管に防熱材を巻かれ、特に防熱材の取付けが緩んで高温部が露出していた状況は認められておらず、燃料装置のある左舷側からは、シリンダヘッドよりも更に大きな距離を隔てており、更に、主機シリンダヘッドの真上には縞鋼板製の通路板が船首尾方向に取り付けられ、左舷側からの燃料などの飛散(ひさん)を遮蔽(しゃへい)する状況となっている。すなわち、燃料が勢いをもって大量に降りかかることでもない限り、短時間での発火と炎上につながる火源とはならなかったと認める。 3 主機燃料の漏えい (1) 燃料噴射弁の高圧管 燃料噴射ポンプの出口と各シリンダの燃料噴射弁の間は、高圧管で配管され、同弁入口を六角状の袋ナットで締め付け、その六角形状のうえからゴムキャップが取り付けられていた。B指定海難関係人は、本件当時、継手から漏えいした燃料がゴムキャップの裾(すそ)から同弁頭部に滲み、滴下していたと供述しており、締付面の当たり不良などの状況があったことが考えられる。また、平成9年暮れに袋ナットの締め付けが不十分と考えて増し締めをしているが、本件発生の航海では増し締めをしていない。 高圧管の袋ナットの締付けは、前示金属接触による油密を保つための締付け力が規定され、振動等で急激に緩むことは通常考えにくく、逆に、締付け過大になったときには、締付けないしは増し締めからの時間経過が大きくないうちにき裂などに発展すると考えるのが妥当である。本件当時は、出港後増し締めは行っておらず、締付け部からの滲みは続いていたものの、袋ナットに破壊的な変化が生じ、それによって燃料が飛散することになったとは考えられない。 (2) 銅製の燃料管 B指定海難関係人は質問調書で、サービスタンクから主機の供給ポンプまでの銅製配管が敷板の下で主機台板と擦れ合っていたと供述し、また、燃料管の漏えいで燃料が飛散すると通路に置かれたポンプに降りかかる可能性も供述しているが、当廷では、銅管の接触を認めたのが、平成9年暮れごろで、そのまま放置していたところ、本件発生前の操業の初期に接触部が光っていたのを見て当該部にウェスを巻き、ロープで固定したと述べている。その後、数回にわたりウェスの固定状況、著しい濡れのないことを確認しているので、直前に主機の潤滑油量を点検した際に異状を認めていないこと、当該部に加わる圧力が、サービスタンク油面高さによる1ないし2メートルの落差であることなどと併せて、当該部には燃料が飛散するような漏えいはなかったと考えるのが妥当である。 すなわち、本件当時千栄丸では、機関室内での可燃物の発火と炎上に至る経過を、明確に見出すことはできない。そこで、更に本件の短時間での出火という結果につながる経過を考えてみる。 さて、機関室という閉塞された、しかもいくつかの発火源と可燃物が存在する場所において、出火する経過には、 〔1〕 発火源の熱量が大きいこと。 〔2〕 発火源に接触する可燃物の量がある程度多いこと。 〔3〕 可燃物が発火源に降りかかるか、あるいは発火源に断熱材や布等が巻かれているところに多量にしみ込むなど、接触状態が成立する。 などの条件が揃(そろ)う必要があり、そこで煙すなわち可燃ガスが発生し、 〔1〕 発火点、引火点の条件が満たされ、空気と混合して可燃ガスが発火する。 〔2〕 更に可燃物が加わって燃焼が拡大する。 という経過が続き、周囲のFRP材に着火して機関室内部が炎に包まれるという状況が経験的に考えられる。千栄丸の同室においても同じ経過をたどったと推認される。 しかし、B指定海難関係人が主機の潤滑油量点検や燃料移送ポンプの始動を行ったのち、小用を足すためにいったん後部甲板に上がり、わずか5分から10分ばかり後に発見したときには、消火器による消火活動が全く効果を望めないほどの火勢であったと強く主張し、その時間経過と結果に大きな隔たりがある。また、昼食後、人目の多い環境の中であったにもかかわらず、発火前の煙の目撃もなく、前示の推認経過とは全く別の状況があったのかとの疑問も生じるが、既に検討してきたことでは、それらの不整合を埋めることができない。 したがって、本件発生の原因を明らかにすることができない。
(原因) 本件火災は、操業を終えて航行中、機関員が機関室で主機の点検と燃料移送ポンプの始動後、いったん機関室を出て後部甲板にいる間に、機関室から出火したことによって発生したものであるが、その原因を明らかにすることができない。
(受審人等の所為) A受審人の所為は、原因とのかかわりを明らかにすることはできない。 B指定海難関係人の所為は、原因とのかかわりを明らかにすることはできない。
よって主文のとおり裁決する。 |