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2000年(平成12年)

平成11年横審第119号
    件名
旅客船ベイドリーム火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成12年7月26日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

吉川進、猪俣貞稔、平井透
    理事官
井上卓

    受審人
A 職名:ベイドリーム機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定・履歴限定)
    指定海難関係人

    損害
左舷機関室の防音・防熱の内装、電線、ビルジポンプ等が焼損、左舷発電機等が濡れ損

    原因
逆転減速機の油圧ホースの点検不十分

    主文
本件火災は、機関室見回りの際、逆転減速機の油圧ホースの点検が十分でなかったことによって発生したものである。
機関整備業者が、逆転減速機の油圧ホースに振れ止めを取り付けなかったことは本件発生の原因となる。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年2月11日11時10分
京浜港横浜区
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ベイドリーム
総トン数 162トン
全長 29.10メートル
機関の種類 過給機付2サイクル16シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,765キロワット
回転数 毎分2,170
3 事実の経過
ベイドリームは、平成元年7月に進水した、双胴型FRP製旅客船で、S株式会社が借り入れて千葉港南区の同社専用桟橋を起点として京浜港横浜区の大桟橋ふ頭、みなとみらい桟橋及び同港東京区日の出桟橋を結ぶ定期便又はチャーター便に就航し、主機として米国ゼネラルモータース社が製造したGM16V−92TI型と称するディーゼル機関と、新潟コンバーター株式会社が製造したMGN332E−13型と称する逆転減速機(以下「減速機」という。)とを、各舷機関室に1組ずつ装備していた。

機関室は、上甲板下の両舷胴内に位置し、船首側に空調機械室が、船尾側に舵取機械室がそれぞれ区画され、両舷とも船首寄りに主機と減速機を、船尾寄りに補機及び配電盤を配置し、主機及び補機の排気管が天井付近で船尾側隔壁を貫通し、機関室への入口と立て梯子(はしご)が船首側及び船尾側に設けられていた。また、各舷に通風機を1台ずつ備え、両舷の天井付近が共通になっていたので、通常、通風機1台ずつを給気と排気にする組合せで運転されていた。
主機は、各列8気筒のV型シリンダ配置で、各列船尾側に過給機を取り付け、過給機入口及び出口排気管が船尾側に張り出していた。
減速機は、ゴム弾性継手を介して主機によって駆動され、前進用及び後進用の2系列の減速歯車に湿式多板型油圧クラッチ(以下「クラッチ」という。)を組み込み、クラッチを操作してプロペラの回転方向を切り替えるもので、ケーシングにためられた潤滑油が潤滑油ポンプで23ないし25キログラム重毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に加圧されてクラッチ作動油となり、前進又は後進の作動ピストンに作用してクラッチ板を押し付けるようになっており、同ポンプ左舷側に同油圧の検出口が設けられていた。

指定海難関係人R株式会社エンジン事業部東京営業部船橋事業所(以下「R社」という。)は、米国T社デトロイトディーゼル部門の日本総代理店であるR株式会社の事業所として、舶用機関の販売、修理、整備などを行っており、ベイドリームの建造に際して、主機と減速機をそれぞれ製造元から受け入れ、減速機については、ケーシング上面の点検蓋(ふた)の上に作動油圧の遠隔指示のための発信器及び圧力低下警報用圧力スイッチを取り付け、同油圧の検出口との間に長さ約700ミリメートルの油圧ホースを接続したが、同ホースの振れ止めを取り付けることなく、ベイドリームに搭載した。
油圧ホースは、内径4.8ミリメートル外径12.44ミリメートルで、耐油性のゴムホースの上にステンレス網と耐摩耗性のゴムが巻かれ、表面をあじろ織の繊維で覆われていた。

ところで、減速機は、ケーシング上面に潤滑油冷却器が置かれ、その船首側に前示発信器と前示圧力スイッチが取り付けられたので、油圧ホースが同冷却器とケーシングの間を通る箇所で点検蓋の締付ボルトなどに接触し、ベイドリームの就航後、クラッチの嵌入(かんにゅう)及び離脱の際の作動油圧の変動や機関振動の影響で、接触していた箇所のあじろ織繊維が擦り切れて毛羽立ち、その下のゴムにも摩耗を生じていた。
R社は、ベイドリームの就航後、入渠に際して主機の点検及び整備を請け負っていたが、減速機については直接点検を依頼されず、平成10年2月の第一種中間検査の際にもメーカー代理店が点検を実施したので、同機を納入して以来、油圧ホースの点検の機会がなかった。
ベイドリームは、乗組員が同型船2隻と併せて一括公認の形式で雇入れがなされ、日替わりで乗船する勤務形態を採っており、勤務に当たった機関長及び一等機関士が、運航日には機関の始動及び停止作業並びに運転中の計測及び見回りなどの運転管理に、また運休日には専らこし器、潤滑油の取替えなどの整備に当たっていたが、減速機の油圧ホースが詳しく点検されず、同ホースの表面下でゴムの摩耗が進行するまま運転が続けられていた。

A受審人は、平成2年から一等機関士として、同4年からは機関長としてベイドリーム及び同型船2隻に交替勤務で乗船し、平成11年2月に入って同型船のうちの1隻が入渠したので、ベイドリームを含む2隻の機関長として定期便に乗務し、同月11日ベイドリームの乗務に当たり、千葉県船橋市高瀬町の係船場所で08時20分に機関室各部の点検を開始し、同時40分発電機を始動、09時ごろ主機を始動し、同時10分まで主機の点検を行ったのち、機関室から操舵室に上がって出港に備えた。
ベイドリームは、A受審人ほか3人が乗り組み、09時40分前示係船場所を離桟して千葉港南区の専用桟橋に立ち寄り、旅客16人を乗せ、船首1.3メートル船尾2.1メートルの喫水をもって、10時00分同桟橋を発し、主機を毎分回転数1,200(以下、回転数は毎分のものとする。)として京浜港横浜区の大桟橋ふ頭に向かい、同時20分船橋航路出口の灯標を通過して1,900回転に増速した。

A受審人は、10時30分主機の排気温度が整定したころ機関室に赴き、各部の点検と計測を行ったが、減速機の油圧ホースを十分に点検しないまま、機関室を離れた。
こうして、ベイドリームは、10時45分東京湾アクアラインの海ほたる付近で乗客への遊覧説明のためいったん1,200回転まで減速したが、5分ほどで再び1,900回転まで増速したところ、かねてから油圧ホースのあじろ織繊維の下でゴムが摩耗していた左舷減速機の油圧ホースが破孔し、潤滑油が噴出して主機過給機の入口排気管に降りかかり、11時10分横浜大黒防波堤東灯台から真方位132度1.64海里の地点で、同油が断熱材のすき間から入って高温の排気管に触れて発火し、操舵室の警報盤で左舷機関室の火災警報が吹鳴した。
当時、天候は曇で風力2の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、直ちに左舷機関室後部の入口に向かい、同入口ハッチを開いたところ、内部から黒煙が吹き上がり、手もとの消火器を煙の方向へ噴射したが効果がなく、ハッチを閉鎖して操舵室に戻り、左舷機を停止し、両舷機関室の通風機を停止した。

ベイドリームは、火災警報の発生直後に緊急通報するとともに乗客を避難誘導し、11時30分ごろ来援したタグボートに乗客を移乗させたのち、仮泊可能な地点までえい航され、同時45分ごろ救援の海上保安庁特殊救難隊員が移乗して機関室の消火に当たり、鎮火ののち京浜港横浜区の同庁海上防災基地に引き付けられ、精査の結果、左舷機関室の防音・防熱の内装、電線、ビルジポンプなどが焼損し、左舷発電機などが濡れ損しており、のちいずれも修理された。
R社は、本件後、同種油圧ホースを耐摩耗性が高く振動の影響を受けにくいものに変更、取替えを行い、振れ止めの措置をとった。


(油圧ホース破孔についての考察)
本件は、減速機油圧ホース表面の摩耗により破孔が生じて潤滑油が噴出したことによって発生したものであるが、その経過について検討する。
1 器物への接触による摩耗
油圧ホースは、減速機への取付状況を示す写真では、本件発生当時、器物に接触していたことを確認できず、また、A受審人に対する質問調書中の供述記載及び同人の当廷における供述でも、本件当時、油圧ホースが器物に接触していなかったと述べている。同ホースが常に器物に接触していたものでないことは、油圧ホースの可撓(かとう)性から十分あり得る。すなわち、メーカー代理店などが減速機の定期的な点検と整備を行う都度、潤滑油冷却器と油圧ホースは取外しと取付けが行われ、振れ止めのない油圧ホースは、圧力発信器の取付ボルトの締め方や油圧検出口へのホース口金の締め込み方で、冷却器台やボルトなどに接触するか否かが変わる状況であったと考えられる。したがって、本件当時は、油圧ホースが器物と接触していなかった

としても、以前のある期間の接触によってゴムの摩耗が生じていたと考えることができる。
2 破孔への進展と摩耗部の点検
油圧ホースについての検査調書では、表面のあじろ織繊維が擦り切れ、ゴム部は、破孔部付近以外でも鋭く切られたような状況を呈しており、ゴムの摩耗が破孔につながり易い状況にあったことがうかがえる。したがって、接触による摩耗がいったん生じた箇所にその後の運転による振動が加わり、破孔に進展したものと考えられる。一方、油圧ホースの取付位置は、潤滑油冷却器の陰になる部分にあり、あじろ織繊維が毛羽立っている状況ではあったが、取り付けられたままの同ホースゴム部の点検をするには、運休時の点検などに負うところが大であると言わなければならない。


(原因)
本件火災は、機関室見回りの際、減速機の油圧ホースの点検が不十分で、表面が摩耗していた同ホースから作動油が噴出し、主機過給機入口排気管に降りかかって発火したことによって発生したものである。
機関整備業者が、減速機の油圧ホースに振れ止めを取り付けなかったことは本件発生の原因となる。


(受審人等の所為)
A受審人が、航行中の機関室見回りに当たり、減速機油圧ホースの点検を十分に行わなかったことは、作動油の漏れの何らかの兆候を見逃したもので職務上の過失がないとは認め難いが、同ホースが就航以来、長期間にわたって使われ、日替わりで乗船勤務する機関士による運休日の点検でも同ホース表面下の摩耗箇所が明確に見いだされていなかった点に徴し、懲戒するまでもない。
R社が、主機と減速機を納入する際、油圧ホースに振れ止めを取り付けなかったことは、本件発生の原因となる。
R社に対しては、本件後、同種の油圧ホースを耐摩耗性が高く、振動の影響を受けにくいものに変更し、同ホースの振れ止めなどの措置をとっていることに徴し、勧告しない。


よって主文のとおり裁決する。






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