日本人から借金をして焼けた商館を建て直したものの、日本から受注した品物をヨーロッパで集める事が出来ず売上げはのびない。
それで去年、ラスは俺が私物として持ち込んだ三十九箱の阿片を見て、渡りに船とばかり買い入れた。中国では警戒されていた阿片も、この国ではまだ高価な珍薬だった。俺は遠からずオランダの隙をついて、日本と直接取引をしてやろうと考えているが、それまでラスとはキツネとタヌキの付き合いを続けなければならない。
ラスは眠そうな眼で鏡をのぞいて髭を整えていたが、俺の顔を見ると平然と言った。
「明後二十日には、規則通り抜錨して下さい」
「おい荷物は未だ積んでないのにいいのか?」
ラスは薄笑いを浮かべて答えた。
「抜錨しても出港してはいけません」
「……?」
「港口のパーペンベルグ近くに錨泊するのです。そこで遅れてくる荷物を待ちます」
オランダ人は長崎港口にある高鉾島(たかぼこじま)をパーペンベルグという名前で呼んでいた。
「なるほど、名目上だけ港内から去るんだな」
「その通り。残りの銅は将軍からの特別注文書と一緒に間もなく届きます」
「わかった。そうしよう」