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吟詠のさらなる発展のための提言

舩川利夫先生に聞く

吟詠上達のアドバイス―第44回

 

華やかな吟剣詩舞の舞台で、高い本数の吟詠家が珍重される中にあって、今回は男女を問わず中・低音の音域を持つ吟者の立場を援護する意味合いを含め“よい吟詠と音域(本数)”について考えてみます。

 

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舩川利夫先生のプロフール

昭和6年生まれ。鳥取県出身。米子工業専門学校卒。箏曲家古川太郎並びに山田耕作門下の作曲家乗松明広両氏に師事、尺八演奏家を経て作曲活動に従事。現代邦楽作曲家連盟会員。若くして全日本音楽コンクール作曲部門一位、NHK作曲部門賞、文部大臣作曲部門賞などを受賞されるとともに平成4年度(第8回)吟剣詩舞大賞の部門賞(吟剣詩舞文化賞)を受賞されている。数多い日本の作曲家の中でも邦楽、洋楽双方に造詣の深い異色の作曲家として知られる。おもな作品に「出雲路」「複協奏曲」その他がある。また、当財団主催の各種大会の企画番組や吟詠テレビ番組の編曲を担当されるとともに、夏季吟道大学や少壮吟士研修会などの講師としてご協力いただいている。

 

高い音域への憧れ

先日、財団の年中行事に関連した吟詠の録音に立ち合いました。その内の一人、五十の坂を少し越した男性Aさん、若いときから美声で4本(洋楽の“へ短調”と同音程で、上のドA♭は楽に出す)がご自慢でした。でもこの日のAさんは高い声が思うように出ません。聞けば最近ノドを痛めたそうです。で、私はAさんに申しました。「次からは調子を1本下げたほうがいいですよ。4本で朗々と吟じたのは“むかしのこと”と割り切ることが大事ですよ」と。Aさんは心なしか淋しそうな表情を浮かべました。

この“淋しそう”が今の吟界の雰囲気をよく物語っています。つまり、高い音域が出なくなれば一流吟士といえない、といった先入観が全体を支配しているかのようです。

そうそうたる顔ぶれの少壮吟士を見れば、女性は8本、男生は4本が主流、コンクールで上位入賞する人に中・低音域は殆どいない…。これでは生まれつき低い声の持ち主は気が滅入ってしまいますね。

吟詠に限らず、声を出して歌う「歌」について考えると、低い声より高い音声のほうが何かと陽が当たりやすい条件が整っています。目立つ、高ぶる感情表現に向いている、明るい感じを与える、などの他に、人の耳は生理的に(一定の限度はあるが)より高い音、より速いテンポに快感を覚えるようにできていることが大きい。(これに関連して財団が、今年の武道館大会合吟コンクールから、プログラム上に出吟者の本数=音程=を記入しないことを決めたのは、生理的ハンディと先入観を排除するよい方策だと思います。)民謡歌手のスター、洋楽の男性三大テノール、女性では歌劇のプリマドンナと呼まれる歌手など、みな高音域で名を成しています。それに全人口の中で高音域できれいな声を聞かせる人はほんのわずかですから、歌好きな人にとっては一種の憧れ心理が働くのでしよう。

吟詠に限ってみても、吟題となる漢詩の内容は士気を鼓舞、歓喜、悲憤…と感情の高ぶりを表現したものが多く、やはり全般に高い音声に適していることは確かです。

 

 

 

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