つい最近も、三州足助屋敷に増設した「亜細亜交流館」の企画スタッフを全国から公募した。21〜46歳(平均30.7歳)の67名が応募し、第一次選考の小論文、集団面接。第二次選考の面接試験を経て、国際ボランティアとしてベトナム等への派遣経験を持つ岡村達司さん(38歳)が採用された。応募者の居住地をみると、足助町内1名、愛知県内17名、中京2名、関東36名、関西11名で、職業は、会社員40名、団体職員8名、教員3名、自営業2名、学生7名、その他7名であった。
香嵐渓、三州足助屋敷などによって、足助町の知名度が高く、しかも、豊田市、岡崎市近郊だということで、これだけの応募があるのであろう。
足助町のUIターン推進施策は、住居に対する支援が中心的である。これまでに述べてきたように、近隣大都市へ通勤できることが足助町へのUIターンにおける最大の魅力なので、UIターン者の就職(ないしは生計)をみると、1]会社づとめ、2]公的機関への勤務、3]土木工事従事(臨時的なもの)、4]パート・フリーター、5]年金生活といった順序になっているとのことである。また、UIターン者の住宅事情をみると、多い順に1]一戸建ての持ち家、2]実家に同居、3]公営1戸建て賃貸住宅となるという。
したがって、足助町は、町営宅地分譲を、昭和63年に6区画、平成7年に31区画、平成11年に1区画というように整備している。ホームページでも、表6の3区画を売出している。一区画当たりの価格は、決して小額ではないが、広い面積に魅力を感ずる人が少くないであろう。
また、町営宅地分譲のみならず、各地域に宅地分譲(2戸2戸作戦)を奨励している。これは、町内各地域の活性化を図るとともに小学校の廃校や複式学級化を避けるためである。
(注)過疎化・少子高齢化に伴い、足助町も小学校の児童数は大幅に減少している。昭和30年に15校80学級2,676人であったものが、昭和61年には72学級895人に減少し、61年度限りで2校を閉校、平成6年度限りで2校、平成8年度限りで1校閉校のやむなきに至り、平成12年4月現在10校622人と、35年間で77%の減少となっている。