天からの贈り物
-第92回-
野村祐之
(青山学院大学講師)
21世紀を越えて
21世紀も早くも2カ月目を迎えました。とはいっても今世紀の世界は環境、人口、エネルギー、食料、民族問題、それに日本でも経済、教育をはじめ難問山積、その真っ只中で育っていく子供たちが「わたしたちの将来、ろくなことなさそうだね」という思いに押し潰されてしまうのではと心配です。
憂鬱な21世紀は過去にまわし、輝く未来、22世紀のビジョンを描こう!というのが僕の提案です。
22世紀なら夢も希望も何でもありです。そしてその夢を実現するためには21世紀の半ばまでに何をしておくべきか、そしてそのためには21世紀の初めには何をしておかなければならないか、そして今ここでは何をなすべきかと考えるのです。つまり21世紀を暗い未来社会ではなく、理想実現へのプロセス、輝く22世紀にとっての誇り高い過去と捉えるのです。
22世紀といったってそんなに先のことではありません。いま6歳のわが家の娘がきんさん・ぎんさんの年齢に達するころには22世紀になっているわけですから。
まあ、医学が進んでも皆がそこまで長生きできるかどうかはわかりません。それでも彼女たちが22世紀の世界をプランし、建設する世代であることは確かです。
いまわれわれ大人にできること、それは彼ら22世紀の建設者の幼児体験を豊かなものにしてあげることではないでしょうか。それはきっと明るい未来像につながっていくはずです。
21世紀の到来は大きな節目として日本のマスコミでもとかく話題になりましたが、欧米では新世紀の到来はあまり話題にならなかったようです。昨年暮れから新年にかけてアメリカにいましたが新聞、雑誌、テレビでもほとんど取り上げていませんでした。
スウェーデンの友達に至っては「ああ、それはもう去年やっちゃったから」とケロッとしています。新世紀の到来といえば百年に一度のこと。去年やったとかいう問題ではないだろう、と問いただすと、「どの年だって百年前から数えりゃちょうど百年目。なにも今年に限ったことじゃない」といわれてしまいキツネにつままれた思いです。
ひょっとすると21世紀到来を今年まじめに取り上げたのは日本くらいのものだったのでしょうか。
アメリカで入手したカレンダーのひとつを手に取ってみると今月、つまり2001年2月のところは5761年6月となっていました。実はこれユダヤ教の暦で、今年は天地創造以来5761年目だとか。
イスラム暦では今月は1421年11月だそうですし、仏教の暦によれば2543年11月。これはお釈迦さまの入滅を基準にしており、たとえばタイ国ではこの暦が使われているそうです。
そしてイエスさまの誕生を基準にし、教皇グレゴリウス13世が制定したキリスト教の暦では今月は2001年2月となるわけです。
アメリカはキリスト教人口が多く歴代の大統領もリンカーン以外はみな正統派クリスチャンですが、ミレニアムだ、新世紀だと声高にさわがない理由には他宗教の人たちへの配慮もあるようです。
クリスマス時期にも「メリークリスマス」とか「クリスマス・セール」といった広告はまず見当たりませんし、日曜日だけ赤く印刷されたカレンダーもありません。赤はキリストの血、日曜日はキリスト復活の記念日ですからキリスト教にとってのみ聖日なのです。
ちなみにユダヤ教の安息日は土曜日ですし、イスラムの人たちにとっては金曜日が聖日です。
そこへいくと日本はアメリカ顔負けなくらいキリスト教の暦一本でやってるわけで、今年も間もなく2月14日、聖バレンティヌスの殉教記念日も全国の若い女性に忘れられることはないでしょう。
まあ、楽しければ何でもあり、というのもひとつの行き方ではあるでしょうが他文化、他宗教、他の価値観への感受性、配慮といったことも大切にしたいと思います。
インドネシアでの味の素問題でまさにそれが問われたわけで、同じ類のことは欧米でも起こりえるのです。次回はそれについて少し考えてみることにしましょう。
(つづく)