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教育医療

Health and Death Education, Jan. 2001 vol. 27 No.1

 

いのちはめぐる

 

私は昨年一年間、21世紀へのメッセージとして、いのちの循環をテーマに活動してきました。(財)ライフ・プランニング・センターではじめた『新老人運動』や2000人もの聴衆を集めた『葉っぱのフレディ』の音楽劇はその最たるものです。

高度成長や技術革新による急速な物質文明の到来は、一方において人のこころに甚大な被害を及ぼしました。世紀末に起きたさまざまな社会現象や少年犯罪の頻発に、多くの人が胸を痛めていることでしょう。私は、新しい世紀を迎えるにあたって、いのちの尊さを再認識し、健やかなこころを育てていかなくてはならないことを痛感しています。そのためには、失われつつある家庭を取り戻さなくてはなりません。現代人は忙しすぎます。家族そろって夕食をともにすることもできないような社会では、健やかないのちとこころを育むはずの家庭は消滅しています。私は音楽劇『葉っぱのフレディ』を通して、家族の触れあいを取り戻す運動につなげていきたいと企てているのです。

『葉っぱのフレディ』の作者であるバスカーリアは、「たとえ一枚のかえでの葉っぱであっても、次の世代にいのちを伝える使命がある」ことを伝えたかったのだと思います。さらに私の脚本では、これを3世代の家族が一緒に見て、みんなで「いのち」について考える、語りあえるものにしたいと思いました。音楽劇『葉っぱのフレディ』は、私のこのような祈りを込めた作品なのです。

また、20世紀の負の遺産である戦争体験を語り継ぐことは、21世紀にこの悲劇を繰り返さないためにも、大切なことだと考えています。そのためには、戦争体験のある75歳以上の方たちにもっと発言の場を提供し、その力を発揮してもらいたいと考えています。私のはじめた新老人運動は、人々が健やかないのちを育む社会をつくっていくために、新老人世代が全面的にバックアップしていこうというものなのです。

次の世代に何を残せるかというのは、楽しい夢です。フランスの教育学者、ジャン=ジャック・ルソーは、その著『エミール』に、子供をだめにする一番の方法は、欲しいものをなんでも与えることだと書いています。物質文明がいかに子供に悪影響を与えてきたかを考えてみてください。子供はもっと自然に返ることが必要なのではないでしょうか。人は自然と共生してこそ、いのちの尊さや美しさ厳しさを知るのだと思います。

いのちはめぐっていきます。さまざまな社会経験、人生経験を経た新老人と子供たちとの触れあいは、いのちの循環です。そのように考えると、私たちはどのように齢を重ねていくかということをもっと真剣に考えなければならないと思います。年を重ねるにつれて体は病み、記憶力は衰え、体力も減退していくことでしょう。しかし、こころを満たすスピリット(魂)は、いまを生かされているという感謝とともに、ますます磨かれていかなくてはなりません。土の器である肉体は滅んでも、私たちの魂は次の世代に受け継がれていくのです。健やかな心を育み、よいこころと習慣を次の世代に伝えていきましょう。私たちがどのように生き、どのように病み、どのように死ぬかということが次の世代に受け継がれていくのです。

時には静かに自分のこころに目を向け、いのちの鼓動を感じてみましょう。生きとし生けるすべてのいのち、過去から未来へ、自然と宇宙の理のなかで、いのちはめぐるということを考えていきたいと思います。

LPC理事長 日野原重明

 

 

 

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