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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年6月14日13時00分 対馬海峡東水道七里ケ曽根 2 船舶の要目 船種船名
漁船大日丸 総トン数 4.9トン 全長 13.0メートル 幅 2.80メートル 深さ 0.90メートル 機関の種類
ディーゼル機関 漁船法馬力数
90 3 事実の経過 大日丸は、まぐろ流し一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首0.5メートル船尾0.7メートルの喫水をもって、平成10年6月14日04時30分長崎県壱岐島勝本港を発し、同港北西方沖合11海里ばかりの七里ケ曽根の漁場に向かった。 ところで、大日丸は、昭和62年7月に進水した一層甲板船で、甲板の側縁は高さ60センチメートル(以下「センチ」という。)のブルワークで囲われ、甲板下は船首側から順に船倉、1番魚倉から4番魚倉までの縦4列の前部魚倉、機関室、5番魚倉及び6番魚倉の縦2列の後部魚倉が配置され、3番及び4番の各魚倉は船体中心で、5番魚倉は船体中心より右舷側でそれぞれ仕切られ、船倉及び各魚倉の木製倉口縁材は高さ10センチで、いずれもFRP製のさぶたがかぶせられていた。甲板上には船体中央やや船尾側に高さがその前部で1.6メートルその後部で2.1メートルの操舵室があり、船首部に高さ3.7メートルの前部マスト、船尾部に高さ3.0メートルの後部マストが設けられていた。両マストと操舵室上部のレーダー用架台との間にはそれぞれワイヤロープが張られ、前部甲板の同ロープにい力釣り用の集魚灯が13個、後部甲板の同ロープに同灯が5個吊り下げられ、同灯の下方に当たる後部甲板上部には、昼間は甲板上からの高さ2.0メートルの位置に縦方向の長さ2.0メートル幅1.4メートルのオーニングが展張されていた。 また、大日丸は、昭和62年12月25日に受検した日本小型船舶検査機構九州支部による第1回定期検査において、横揺れ周期の計測が行われ、復原性に関する注意書が発行されていた。同書には、同船が標準とすべき横揺れ周期の値は3.8秒以下となること、検査の際に測定した横揺れ周期は3.5秒であり、同周期による復原性の判定は復原性のおおよその傾向を知るものであるから、この結果を過信しないようにすること、運航に当たっては波や風の方向にも注意して操船し、大舵をとったりしないこと、燃料油、漁具、漁獲物等の積み過ぎに注意するとともに重量の大きなものは甲板下等できるだけ低い位置に積むようにすること、漁獲物は片荷にならないように、移動しないように積み付けることなどの復原性に関する注意事項が記載されており、A受審人はこのこ とを承知していた。 発航に先立ちA受審人は、3番魚倉の右舷側に砕氷300キログラム、操舵室下に当たる機関室下部両舷の容量550リットルの各燃料タンクにそれぞれ400リットルのA重油及び5番魚倉内の船体中心付近の清水タンクに90リットルの清水を搭載し、テレビ放送によって漁場付近海域に海上風警報が発表されていることを知った。 A受審人は、05時10分ごろ漁場に至って時間調整を行ったのち、06時00分若宮灯台から真方位295度10.6海里の地点において、水深50メートルの海中に重さ62キログラムのストックアンカーを投じ、直径14ミリメートル長さ4メートルの先付けワイヤロープにシャックルで連結した直径16ミリメートルのナイロン製錨索を80メートル延出して船首部かんぬきの左舷側に係止し、折からの海潮流によって船首を南西方向に向けて錨泊し、自ら船尾部左舷側に位置して乗組員を同右舷側に配置し、それぞれ釣り糸を用いて操業を開始した。 A受審人は、10時00分ごろ北東風が吹き出して次第に強まり、それまで穏やかだった海上に風浪が立ち始め、12時00分ごろから風向が北北東に転じて風勢が増し、波高2メートルないし3メートルのうねりが押し寄せる状況となり、付近で繰業する漁船のほとんどが七里ケ曽根を離れて帰航し、周囲に比較して水深が浅いため波が高起することのある同曽根において波浪が高くなってきたことを認めたが、漁模様が良かった上、潮が速くなる時刻に当たっていたことから更に漁獲を期待できるものと思い、自船の復原性に関する注意事項を勘案し、速やかに操業を中断して波浪の影響のない海域に避難するなど、波浪に対する配慮を十分に行うことなく、船首を多少左右に振り、波浪を右舷後方から受けながら操業を続けた。 A受審人は、漁獲したまぐろ約100キログラムを砕氷及び海水と共に3番魚倉の左舷側に入れ、錨泊したまま操業を続行中、13時00分前示錨泊地点において、高起した波浪を右舷後方から受け、大日丸は、船体が左舷側に大傾斜して復原力を喪失し、船首を南西方に向けて左舷側に転覆した。 当時、天候は雨で風力5の北北東風が吹き、潮候は下げ潮の初期で、付近海域には北東方向に流れる海潮流があり、波高約3メートルの北東方向からの波浪があった。 また、同月13日17時00分巌原測候所から壱岐地方に強風、波浪注意報が、同時35分福岡管区気象台から対馬海峡に海上風警報が発表され、いずれも翌日に継続されていた。 転覆の結果、機関、航海計器等にぬれ損を生じ、魚倉のさぶたを流失したが、のち僚船によって勝本港に引き付けられ、修理費の関係から売却された。また、A受審人ほか1人は、転覆した大日丸の船底につかまっていたところ、僚船に救助された。
(原因) 本件転覆は、対馬海峡東水道の七里ケ曽根において、海上風警報及び波浪注意報が発表されている状況下、錨泊して操業中、波浪が高くなった際、波浪に対する配慮が不十分で、波浪の影響のない海域に避難する時機を失し、高起した波浪を右舷後方から受け、左舷側に大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、対馬海峡東水道の七里ケ曽根において、海上風警報及び波浪注意報が発表されている状況下、錨泊して操業中、波浪が高くなってきたことを認めた場合、速やかに操業を中断して波浪の影響のない海域に避難するなど、波浪に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、漁模様が良かった上、潮が速くなる時刻に当たっていたことから更に漁獲を期待できるものと思い、波浪に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、錨泊したまま操業を続け、高起した波浪を右舷後方から受けて船体を左舷側に大傾斜させ、復原力を喪失させて転覆を招き、大日丸の機関、航海計器等のぬれ損を生じさせ、魚倉のさぶたを流失させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |